開戦の吸血鬼③
突如として目の前の空間が歪み、切り裂かれた。そこから見えるのは、永遠にも等しいほどの闇そのものであった。そこから漏れ出る気配にビリビリと鳥肌が立ち、空気が冷たく凍る。それなのに冷や汗は止まらない。
そしてその歪みからゆっくりと何かが抜け出し、地面へと足をつける。それはまるで蹄のような形をしていた。足、胴、顔の順にその姿を徐々に現す。
獣の様な胴とその頭は……牛そのものであった。まるで牛が二足歩行で歩いている様だ。全長は優に3メートルはあるだろう。俺達人間は唖然と見上げることしか出来ない。
その手には巨大な剣を携えているが、それもかなり大きい。一振で周辺の家々が薙ぎ払われてしまうほどだ。
その牛が現れると後ろから続々と異形の姿をしたそれらが現れた。
頭から何匹もの蛇が生えた蛇女。3つ首の狼。上半身は人のような容姿に下半身が四足歩行の馬……。他にもこの世界にとっては、異形の姿をした化け物が次から次へと姿を現す。
「うわぁぁああ!」
「なんだこれは!!新手か!?」
唖然としていた餓鬼狩りや兵士が、顔を青ざめ後ずさりするが、その手にはしっかりと武器を構えている。そんなものはこの化け物を相手に意味が無いことは百も承知だろうが、ないよりはマシだ。
餓鬼に加え異形の者を相手にするのは、絶望以上の何者でもない。
「ま……魔族だ!!!」
そう、この異形の姿をした者達は魔族なのである。
以前、ラムホーン村で現れた魔族も見受けられる。つまり、この魔族達はリアの命令に付き従う魔族。さらに言えば、俺達の味方ということだ。
魔族達は、餓鬼狩り協会を背に守るような形で立ち塞がる。
魔族達は、襲い来る餓鬼を次々に弔っていく。蛇女は何をしたのか、餓鬼を石化させ破壊。三つ首の狼はその牙で次々と弔っていく。下半身が馬の魔族は餓鬼達をその脚力で蹴り倒していった。
それはもう圧倒的であった。手を出す隙もない。
「く、くるなぁ!」
そんな折、奇声が聞こえ振り向く。
餓鬼に取り囲まれた一人の餓鬼狩りが、尻もちをつき後ずさる。恐怖で体を起こすことが出来ずに腰を抜かしてしまったようだ。そんな餓鬼狩りに、今にでも餓鬼の猛攻が振るわれてしまうところである。
俺は、駆け抜ける。がしかし、この距離では間に合わない……!
そんな心配も束の間、傍にいた牛の顔をした巨体の魔族が、餓鬼狩りの周囲にいた餓鬼をその剣で薙ぎ払い一掃した。それを確認すると牛の魔族は、次の獲物へと視線を移す。
「え……」
襲われそうになっていた餓鬼狩りは拍子抜けした顔をしている。当然だろう。魔族に助けられるとは夢にも思わないだろうから。
「この魔族達は、俺達の味方だ!魔族の影に隠れ、自分の身を守りながら戦うんだ!」
俺の呼び掛けに餓鬼狩りと兵士達は一瞬戸惑いを見せたが、目の前の光景は嘘ではないと分かると、俺の指示通り魔族の取りこぼした餓鬼を弔っていった。
よし、これでここはなんとかなる……後はリア、君の勝敗にかかっている……!
「これでここはもうおしまいよ!さぁどうする?最強の吸血鬼さん?もしくは魔王とお呼びした方がいいかしら?」
魂の集合体は、優越感に浸り愉悦を露わにしている。
しかし、我は慌てることなどなかった。
「なにを呑気なことを言っておる?ちゃんと己の目で確かめてみよ。人はお主が思っているより、図太いのだぞ」
魂の集合体は、再び浮上し餓鬼狩り協会を見る。
そこで見えた光景は、自分の想像していたものと異なっていたのだろう。魂の集合体は、再び金切り声をあげた。
「どうしてなのよ!!!なんで受け入れちゃってるわけ!?魔族なのよ!?人間と相容れない化け物じゃない!!」
魂の集合体は、目の前の信じ難い光景に呆気にとられ、頭を抱えて取り乱した。
我が呼び出した魔族の影に人間達が隠れながら、魔族が逃した餓鬼に攻撃を仕掛けている。
我ですらその光景――てっきり人間達は防御壁の中に逃げると思っていた――に驚きを隠せないでいるが、恐らくカインが魔族は味方だと呼びかけたに違いない。
「……吸血鬼に転生し長い時を過ごすうちに、お主は人間の可能性と心を忘れてしまったのだな……」
魂の集合体は、キッと我を睨みつけわなわなと体を震わせている。
「あんたが悪いのよ!全部!私達が死んだのも!こんな穢れた姿になったのも!全部全部あんたが悪いのよ!アメリア・リングハート・レヴァリアス!!!」
そう言い放ち、我に迫ってきた。魂の集合体がお得意の黒い鞭のようなものを無作為に放つ。しかし、いずれも我には擦りすらせぬ。
「なんで、当たらないのよ!!!」
「お主は、我に生きていても辛いだけと言っていたの」
魂の集合体は、手を止める気がなさそうである。我は、やつが聞きたくなくても関係なく話を続ける。
「我は今までずっと、お主らを我のこの手で殺めてしまったことを悔いておった。悔いても悔いても悔やみきれはせぬ」
「だったら!ここで死んで!今すぐに!!!」
金切り声を上げながら尚も食い下がらない魂の集合体。
「しかし、我は知った。人間という素晴らしい種族を」
「黙れ!だまれ!!!」
我はやつの黒い鞭のようなものを腕で絡め取り、魂の集合体の動きを止める。
「離せ!!」
「我はずっと見てきた。人間という種族を。ここを離れ各地を周り、たくさんの人間に触れた。様々な思考を持っていた。実に面白い種族よ」
「離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ!!!」
我は一呼吸を入れて尚も続ける。
「そんな人間達と関わるうちに、守りたいと思ったのだ。己が壊してしまった種族を、恨むだなんて出来なかった」
「だからなんだ!!!それで許されると思っているのの!?」
我は首を横に振る。
「許されるとは思っておらぬ。むしろ許されない行為であった。だが、今お主がしていることは当時、我がしたことと同じことだと分からぬのか?今のお主は当時の我と同じよ。だから我はお主を止めねばならぬのだ」
「!?」
魂の集合体は動きを止め、目を丸くした。そして俯き、何かを考えている素振りをしている。
「……一緒……?私達が……化け物と……?」
我は不穏な気配を感じ取り、身構える。――何をしようとしておるのだ。
「あはははは!笑わせないで!私達は人間よ!化け物なんかじゃないわ!」
「……何を言っておるのだ……?」
先程、己を穢れた存在と言っておきながら、今度は人間だと主張し化け物ではないと言い張るか。我が魂の集合体を作り出したと言っておきながら、それでも人間だと。
矛盾している。
まさか、過度なストレスにより人格が崩壊し始めておるのか?
本来、一つの肉体に対して魂は一つだ。そこに複数の魂が宿ってしまえば、その肉体がいつまでも保っていられる保証などない。
人格はすぐに崩壊してしまうだろう。
今までは、我への憎しみのみで均衡を保っていただけであったのだ。そこへ、己への疑問も抱くようになってしまえば数多ある魂は、それぞれ異なる考えを持ちそこで対立してしまうことになる。
つまり今の魂の集合体は、とても不安定な状態ということにあるのかもしれぬ。
「私達は、人間……お前「あんた」のような化け物「吸血鬼」に何が「死ね!」わかる……!」
複数の人格によって、異なる言葉が口から発せられている。とても聞きずらく、全てを聞き取るには時間がかかってしまう。
それよりもなんだこの異質な気配は。段々と空気中の魔力を吸収していき、溜め込んでいる。それが今にもはち切れてしまいそうだ。
一体何をしようとしている?我は身構える。だが、何か違和感を感じる。いや、嫌な予感ってやつか……?
まさかこれは……!?
「待て!」
膨大になりつつあったその不穏な魔力を溜め込んだ魂の集合体は、やがて黒い霧のようなものを爆発させ飛散させた。それは猛烈な勢いで餓鬼狩り協会へと迫っていく。
魔族達が次々に餓鬼を弔っているおかげで、俺達はまだなんとか持ちこたえることが出来ていた。
このままいけば、ここを守り抜くことが出来るだろう。
欲を言えば街を壊すことなく守り抜ければ良かったのだが、さすがにそれは無理な願いのようだ。
「もう少し持ちこたえるんだ!怪我をした者はすぐに中に入って治療を受けろ!まだ動ける者は、力を振り絞るんだ!」
戦う餓鬼狩りと兵士達は悲鳴をあげる体に鞭を打って、士気をあげた。
絶対に生きてここを守り抜くんだ。誰一人として欠けることなく……!
リアが倒れない限り、俺達もここで諦めることは出来ない!
――カイン!――
どこかでリアの声がしたような気がして、満月の方を見上げる。そこにリアの姿とアレクシアの姿が見えた。
ここからだと丁度、赤黒い満月に重なって見える。
その刹那、アレクシアを中心に赤い満月が真っ黒に染まり闇に消えた。そしてそれが次第に勢いを増してこちらへと迫ってきている。
あれは、まさか!
サランで見たあの黒い霧……!
あれに触れてはまずい……!ここにいる全員が餓鬼になってしまう!
最大級防御魔法も、あれを防げるかどうか確証がない。そもそもあの勢いでは、今から防御魔法の中に逃げ込むことすら間に合わない。
くそっ何か手は無いのか……!
あのスピードでやって来ていては、回避のしようがない。恐らく逃げる間もなく、追いつかれて鬼と化すだけだ。
俺の思考がこれまでに無いほどフル回転している。目にも止まらぬ早さで迫ってくる黒い霧が、まるでコマ送りのように見えた。
何も打つ手がない。くそ、これまでなのかっ……!
俺は何故かこの時、勇者のことを思ってしまった。
リアの話では、勇者が魔界の闇を浄化したと言っていた。あの黒い霧は、闇そのものだと言えるのではないだろうか。
それなら、もしこの場に勇者がいたらきっとこの街は守られていたのだろう。
だが、この場にその勇者はいない。
あぁ……俺達はここで終わってしまうのか……。
黒い霧は俺達を飲み込み、餓鬼狩り協会をも全て飲み込んだ。
「カイン!!!」
黒い霧は我を、そして餓鬼狩りに兵士、更には餓鬼狩り協会をも飲み込んでしまった。
間に合わなかった!
この黒い霧は、人をも鬼へと変えてしまう言わば毒のようなもの。今頃、カインを含めた街の住人達は苦しみ藻掻いている頃だろう。そして、霧が晴れる頃には全ての人間が自我を失った鬼となっているのだ。
なんということだ……。
我がもう少し早く気づいておれば、魂の集合体を瞬間移動でこの場から遠ざけることも出来た。
いや、そもそもあやつを見かけた段階で遠くへ連れ出せばよかったのだ。あやつが黒い霧を発しない保証などどこにも無いのだから。
我はギュッと瞑り、唇を噛んだ。
考えが甘かった。後悔先に立たず。どれだけ悔いても悔やみきれぬ。我はまた過ちを繰り返してしまったのか。
さすがに最強とされる我でも時間を巻き戻す力は持ち合わせていない。ならばせめて、あやつをこの手で……
我は覚悟を決めてゆっくりと目を開けた。
そして、目に飛び込んできた光景に我は動きを止めた。
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