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開戦の吸血鬼①




 陽の光に照らされた街が崖下に広がっている。それはまるで、光のベールが街を包み込み守っているようだった。

 いつもならここからでも、街を行き交う者達の姿が見られるのだが、今日はその人影すら見えない。

 そこには静寂が広がっていた。鳥の(さえず)る声と虫の泣く声が響き渡る。

 

 綺麗に敷き詰められた石畳と風情のある建物が立ち並ぶこの街は、1箇所だけ大きく抉れている。

 後で直すのは骨が要りそうだが、それ以上に苦慮することになるのは被害にあった住宅に住んでいた者達だ。暫く餓鬼狩り(ハンター)協会の避難所で過ごすことを余儀なくされるだろう。

 

 ここは紛れもなく、最古の吸血鬼が今まで見守り続けてきたであろう街、ミスティックヘイヴンなのである。


「……どうして……ここに……?」

「リアにこれを見せたかったんだ」


 俺は広大に広がる街を示した。

 

 リアが言っていた、自らの手で殺した人達が住んでいた村。それはちょうど、このミスティクヘイヴンの位置だとアレクシアが言っていた。

 リアはキョトンとした顔を浮かべている。いまいち容量を得ないのだろう。


「君はこの街で、沢山の人を見てきたはずだ。人に害されたというのにあの屋敷で過ごし、この街の発展をずっと見守ってきた。そしてたくさんの人間という種族を見て過ごす内に、醜いだけでは無いと知った。だから心の底から嫌いにはなれなかった」


 以前、リアが「人が嫌いで好き」と言っていたのを思い出した。人が嫌いなのは、自分の両親を(むご)たらしく殺されたから。人の闇の部分を幼いながらも目の当たりにしたから。

 

 しかし、嫌いだけでは居られなかった。人間という種族を憎み、恨むだけであったのなら、リアはこんなにも苦しむことは無かっただろう。

 

 どれ程の時をそうしていたのだろう。吸血鬼(ヴァンパイア)の寿命は、永遠とも言える。それは孤独であるのと同義では無いだろうか。過去の柵に囚われたまま、その長い時を生きてきたのか。


 リアは俺の横で立ち止まり、遠くをその美しい景観を見つめている。彼女は今、何を思っているだろうか。


「君は魔王の子だが、勇者の子でもある。つまり吸血鬼(ヴァンパイア)だが、人間でもあるんだ。人間は自分の親が殺されれば憤る。当たり前なんだよ」


 俺もミスティックヘイヴンを見つめた。今夜またアレクシア(やつ)が現れたら、この風景は変わっているかもしれない。そう思うと胸が痛んだ。


「君は何も悪くない。悪いのは、抵抗できない魔王と勇者を殺した人間達だ。そしてそれはもう過去の出来事。今更覆すことも変えることも出来ない。だが、未来は変えられる。過去に囚われてアレクシア(やつ)を見逃してしまえば、またあの時と同じことが繰り返されてしまう。そんなの俺が許さない。必ず止めてみせる覚悟だってある」


 俺はそこで一息入れてから更に続けた。

 

「人間とか吸血鬼(ヴァンパイア)とか、魔王だからとか勇者だからとか関係ない。リア、君が……君自身が守りたくて守ってきた場所なんじゃないのか?」


 最後にそう告げてから、黙ったまま何も口にしないリアに不安を覚えチラッと横を見る。が、その横顔を見た瞬間、ぎょっとした。

 ルビー色に輝くその瞳から、ポロポロと涙が溢れ落ちていたのだ。


「え!ちょっ……俺、悪いことでも言ったか……?」


 俺は慌てて怖々と尋ねる。傷つけてしまっただろうか。


「ううん……わたし……初めてだったから……そんな風に言って貰えるの……」


 ポロポロと次から次へと溢れる涙を、リアは拭おうともしない。嗚咽すら漏らすことなく、ただ涙だけが静かに頬を伝う。


「ありがとう……そうだよね。過去は変えられない。けど未来は変えられる……わたしはこの街を守りたい。これからも見守り続けたい……」


 女児のような可愛らしい容姿の吸血鬼(ヴァンパイア)は、ルビー色に輝く瞳から流れる涙で頬を濡らしながら、朗らかに俺に向かって微笑んだ。


 涙で顔がぐしゃぐしゃだというのに、無邪気に笑うその笑顔に見惚れている自分がいる。涙すらも美しい。

 

 しかし、俺は彼女に笑っていて欲しいと思う。甘い菓子を頬張り幸せそうに微笑む彼女の笑顔は、これ以上ない至福の笑顔だ。

 彼女から笑顔を消したくはない。いつまでも笑っていて欲しい。そう思うのは、無責任だろうか。

 俺はいつの間にか、すっかり心惹かれていたのだ。


「……俺は君の笑顔を守りたい……」

「え……?」

「あ、いや!なんでもない!そろそろグランの元に行かないと。あはは」


 俺は慌てて話を逸らした。

 思っていたことが、つい口をついて出てしまった。上手くごまかせたとは思えないが、ここはもう話を無理矢理にでも逸らすしかない!


 俺は苦笑いを浮かべながら、来た道へと戻った。

 いつの間にかリアの涙は止まっていた。


「カインよ待つのだ」

「?」


 リアは俺の腕を掴むと目の前が眩んだ。

 



 

「うぉ!?びっくりした!どっから現れたんだ!?」


 目が眩んだかと思えば、今度は目の前にグランが現れた。俺は目を丸くし、リアを目で訴えた。

 どうやらここは、餓鬼狩り(ハンター)協会の書斎のようである。


 テーブルの上にこの街ミスティックヘイヴンの地図を広げ、ソファーに鎮座しているグランがそこにはいた。三人掛けのソファーは、グランによって一人用と化している。

 

 突如目の前に現れた俺達に驚いて、グランは後ろに倒れ込んでいた。書斎で一人、考え込んでいた所に現れたんだから、その反応は当然だろう。なにせ俺ですら驚いているのだから。


「あ、悪い」


 実際は俺が悪い訳では無いはずだが、つい口をついて出てしまった。リアは、何でもなかったかのように振る舞い、当然のようにグランの向かいのソファーに腰掛けた。

 

 瞬間移動魔法を使うなら一言くらい言ってくれ……!


「別に構わんが……まぁいい、作戦会議をしよう」


 グランはリアをひと目見て、なにかを察したようでコホンと咳払いした。

 リアの瞳には、すでに迷いを感じられない。

 

 グランはテーブルに広げられた、ミスティックヘイヴンの街を見て唸っている。


「さっそくだが……。俺の今の魔力量では、到底この街全体を守りきるのは不可能だ。流石に魔力を使い果たしてしまった。今では恐らく1時間と持たないだろう」


 それほど昨夜の防御が、壮絶だったことが伺える。それも1日では回復しきらなかったという訳だ。

 グランは、手を組み続けた。


「そこで、この餓鬼狩り(ハンター)協会のみに重点を置こうと思う。それなら恐らく一夜くらいは守れるだろう。何も無ければ……だが」


 つまり、昨夜のように攻撃を許してしまえばどうなるか分からないということである。

 

 だがもう、戦える餓鬼狩り(ハンター)も兵士もそんなに多くはない。それにここだけと言っても、決して規模が小さい訳では無いのだ。

 四方からやってくる餓鬼を、全て退けるのは容易ではない。それをどう切り抜けるか……

 

 あれ、詰んでいないか……?


 例え、俺単体で一方向を守り抜いたとしても、残り三方向を誰が守り抜けるというのだろう?残りの動ける餓鬼狩り(ハンター)達だけで、守り切れるとは思えない。

 


「我が、魔族を召喚しよう」


 

読んで下さりありがとうございます!


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