静寂の吸血鬼
リアから聞かされた話はおとぎ話として到底、後世に語り継げるような生易しいものではなかった。
魔王と勇者の伝承。
その二人から生まれた混血の子。
アメリア・リングハート・レヴァリアスは、魔王の称号を持つが、勇者の子でもある。
そして、アレクシアはそんなリアに恨みを持っている人間が転生した吸血鬼。
協会の簡易ベッドに横になった俺は、混乱した頭の中で先程の話を整理していた。
かつてこの世を魔族の手によって侵略していたのは、二世代前の魔王。そして、勇者と共に人間界も魔界も救ったのが前魔王のリリア・リングハート。
リアが世界最強と言われる所以がわかった。
勇者と魔王の子なら、そりゃ強くないわけが無い。
あれ……?ちょっと待てよ……。
よくよく考えたら、リアって……人間と魔族の子でもあるのでは?
つまり、純潔な吸血鬼ではない。
あまりの衝撃とたくさんの情報で、頭が追いついていなかった。
なるほど、そういうことか。
リアが人間の血を口にしないのは、自分が吸血鬼でもあり人間でもあるからだ。
リアが人間と同じような豊かな心を持っているのは、吸血鬼でありながら、人間でもあるから。
「自分の境遇を、後ろめたく感じることなんか……何も無いじゃないか……」
ところで、リアはなぜ自分が産まれる前のことも知っていたのだろう?
自分の両親が目の前で殺されたことを覚えているのは、百歩譲って理解出来る。しかし、産まれる前のことはさすがに知らないこと、なのでは無いだろうか?
魔王と勇者の話は、いつ、だれに聞かされたのだろう。
リアの語った内容は、鮮明でまるで実体験のようであった。どうも不自然な気がする。
だめだ。これ以上は頭が回らない……。
俺は、気づけば重くなった瞼に逆らえず、いつの間にか眠りについていた。
ここは……どこだ?
青々と生い茂る草原がどこまでも広がっている。むしろ草原以外何も見えない。
なぜ俺はこんな所にいるんだ?
そうだ。考え事をしていたら、眠ってしまったんだっけ。ならここは夢の世界……か。
「おぎゃーおぎゃー!」
幼子の泣く声が聞こえる。どこからだろう?
キョロキョロと辺りを見渡す。後ろを振り返ると、そこに一つの家が建っていた。そんなに大きくもなく木造でできた、どこにでもある普通の家。
瞬間、青々と茂った草原が火の海となった。そこにあったはずの家もそれに巻き込まれ跡形もなくなった。
「おぎゃー!おぎゃー!」
その間ずっと幼子の鳴き声がしていた。
俺は、家のあった方に足を進めた。ちゃんと近づいているのかよくわからない。歩けど歩けど、近づくどころかむしろ遠くなっている気がする。
そうしていると家の傍に何かがあるのが見えた。そちらに向かっていくと、それが次第に何なのか分かってくる。
幼子だ。
白いお包みに包まれ、幼子は一生懸命に泣いている。覗き込むと、その幼子は赤い髪をしていた。
傍には、亡骸が二人。とても言葉に言い表せないほど惨い姿をしている。両親……だろうか。
幼子が泣いているのは亡き両親を思ってか、それともお腹がすいてか……。
俺が幼子に手を差し伸べようとしていると、近くに黒猫が現れた。その黒猫は幼子に駆け寄り、幼子の頬を伝う涙をペロッと舐めとる。
すると、驚いた幼子は目を開け黒猫をひたと見据えた。
その瞳は赤く輝いていた。
黒猫に安心したのか泣くのをやめ、そして泣き疲れたのか幼子は眠りにつく。その間、黒猫は幼子から離れようとしなかった。
目の前が急に変化し、辺りには青々と生い茂る草原が戻っていた。
同時に一人の赤髪の女児がそこにいた。傍には黒猫もおり、一緒に草原を走って笑っている。
その笑顔は、とても純粋でなにも穢れがない。
彼女の心に蔓延る過去の闇は、その顔からは全く想像がつかない。
目の前の光景が次第に遠くへ行ってしまい、追いかけても追いかけても、追いつくことはなく離れていくばかりであった。
「ちょっとクー!静かにしてよっ」
「だって姉ちゃん!兄ちゃんが……兄ちゃんがここに……!」
遠くで声が聞こえる。
「そんなの見りゃわかるわよ。そのお兄ちゃんが寝てるんだから静かにしてよね」
段々と頭が覚醒し、現実に引き戻された。なんの夢を見ていたんだっけ。少し悲しいようなホッとするような、そんな感じだった気がする。
目を開けると、傍に妹のキーラと弟のクエンがいた。
「お「兄ちゃん!」」
キーラは泣きそうな、ホッとしたようなそんな顔を浮かべている。
クエンなんかは、すでに泣いていた。
「なんだよ二人して。俺はここにいるぞ?」
「にぃちゃぁぁああん!」
クエンは、体を起こした俺に抱きついてきた。こんなクエンの姿は初めてだ。どうしたのだろう。
「何でそんなに泣いてるんだよ?」
「お兄ちゃんが居ないからっていろいろとクー、頑張ってたの。それでお兄ちゃんの顔を見て、安心したんだと思う」
そうか……。クエンもキーラもこの非常事態に、気が張っていたんだよな。俺も居なくてきっと怖かったんだろう。
俺はしばらくそうして二人に寄り添った。
そろそろ時間が近づき、俺はその場から離れた。
二人には今夜また襲撃があるかもしれないことを伝えた上で、全てが終わったらもう少しいい家に引っ越そうと約束した。
コンコン
俺はグランの書斎へ向かった。扉をノックし中に入ると、そこにはまだグランしかいなかった。
「よく眠れたか?」
「あぁ……リアは?」
「まだ来ていない。時間はあるし、迎えに行ってくれ」
確かリアは屋敷に戻ると言っていたな。
チュンもシャミィも、黙ったままリアの話を聞いていた。そのあとは、俺の肩にずっといたチュンもリアの後を追って屋敷へと向かったようである。
ずっとリアは浮かない顔をしていた。屋敷でゆっくり休みたかったのだろう。
仕方ない。迎えに行くとするか。
陽の光はまだ高い。時間は十分にあるはずだ。
「わかった」
「カイン」
俺はその場を去ろうと扉のドアノブに手をかけていたところ、グランが俺を呼ぶので振り返った。
「なんだ?」
「アメリア様を頼む」
その顔は、真剣そのものであった。
ここに来るのも久しぶりだな。
街はシーンと静まり返っていた。
今夜の戦いに備えて街に住む人々は皆、協会の地下に避難をしている為、街には人っ子一人居ないのだ。
負傷者を治療している者達は、今でも汗を流して走っている。だがそれも、さすがにこんな街中まではやってこない。
そんな光景がまるで、嵐の前の静けさのように感じられた。
俺は例のごとく、呼び鈴もない扉をノックした。案の定、拳がじんじんと痛む。ほんと、何とかならないだろうか。
しばらくして、扉が開いた。本当にしばらく経ってからだ。もう一度ノックしようか迷っていたくらいである。
なんだか、いつぞやのデジャブのようにも感じられた。
扉から出てきたのは、メイド服を着た女性だった。とても不機嫌な顔をした、ツインテールのシャルロッテである。
「なんの御用でしょう」
とても冷たく棘のある口振りである。これまた相変わらずな悪態ぶりだ。
シャルロッテは、リアにとても溺愛している。そんなリアを俺が数日間、連れ出してしまったのだ。不機嫌になるのも当然か……。
「え、えっとー……リアは……」
リアと言葉にした瞬間に、とてつもない殺気を感じられた。あの巨大な斧こそ出てきていないが、この場にいるのが俺じゃなかったら殺気だけで気絶しているところだ。
「アメリア様は、いますかっ?」
俺は何故か敬語でそう尋ねた。しかもアメリア様なんて、今まで一度も言ったことがない。しかしシャルロッテから、それ以外は言わせないという空気を感じた。
「ちっ……アメリア様は現在、ゆっくりと休まれています。これまでの旅と戦いで疲れたのでしょう。今はそっとしておいて下さい」
今、舌打ちしたよな……?なんで俺はこんなに嫌われているんだ……。
「こ、これから作戦会議を行うから迎えに来たんだ」
「知りません。人間の問題でしょう?アメリア様を巻き込まないで下さいますか」
尚も食い下がらないシャルロッテのその言い方に、少し腹が立った。
「……お前の主が……」
「我の屋敷の入口で、騒ぐでない」
言い返そうとした刹那、リアは例のごとく俺の真後ろに現れた。
「リア!」
振り返るとリアは、いつもと変わらぬ態度であった。しかし、俺にはそれがとても不自然だと感じた。
尊大さと毅然とした態度はいつもと変わらないはずなのに、どこか履きを感じられないような。
「そうか作戦会議だったの。我もグランの元に向かおう」
「リア様!少し休まれてください。いくらあなたが強いお方だからと言って、疲弊しない訳じゃないのですから」
「だが、行かねばなるまい」
シャルロッテが、リアを必死に止めている。陽の元に出られないので、手を差し伸べることはしていないが、陽にあたるギリギリの所まで体を乗り出し、リアをなんとしてでも止めようと躍起だ。
俺もこのままリアを行かせては、いけないような気がしている。きっとリアは今でも過去の柵に囚われたままなのだろう。
「リア!その前に少し、散歩でもしないか?」
突然の申し出にリアは目を丸くした。
「……この期に及んで、一体何を言っているのですか。馬鹿なんですか」
後ろから棘のある批判の声が聞こえたような気がするが……気のせいだろう。
例え、このままリアが屋敷にいたってリアの心が癒されるはずもないのだ。
だったら、少しでもリアの心が晴れるよう行動したい。そう思ったのだ。
「景色のいい場所があるんだ。良かったら行かないか?」
長年ここに住んでいるリアなら、きっと知っている場所だろう。それでも構わない。
本当に気分転換になればいいのだから。
「わかった……」
リアは頷き、俺はリアの手を引いた。シャルロッテは物言いたげな顔をしていたが、恐らくなにかを察したのか口を噤んだ。俺にアメリア様を預けるのは不愉快のようで、鬼の形相で俺を睨んでいることをリアは知らない。
俺は道中、黙ったまま歩き続けた。街を出てすぐ傍の丘までそんなに時間はかからない。周りは森林ばかりで、それだけでも空気が美味しく居心地のいい場所であった。
だが、見せたいものはこれじゃない。
草木を掻き分け獣道とも言えない道を進むと、開けた場所にでた。
「リア、見せたいものはこれだよ」
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