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真実の吸血鬼




 それからというもの、魔界での仕事の合間、定期的に勇者の元へ訪れ、血を少し頂く日々が続いた。勇者の顔も見られるし、人間達の世界の景色を眺めることも出来て最高だ。

 

 あのあと、魔界へはすぐに帰ることが出来た。頭の中で魔界を思い浮かべるだけで戻れたのだ。瞬間移動とか言うやつだろうか。

 

 シャミィには、あまり人と関わるにゃ、と注意されたが魔界の存続の為に必要なことなのだから仕方がない。

 しかし勇者に会う度、高鳴るこの鼓動はなんだろう。アザメドの顔を見る度、ホッとする。それなのにこの心臓はざわついてうるさい。

 ある日、そんな私を勇者アザメドは真剣な眼差しで呼んだ。

 

「なによ?そんな顔して」

「その……君は魔族でありながらこちらの世界に慈しみを持っている。魔界と人間界、どちらも平和になったのは君のおかげだ」

「きゅ、急に何言いだすの?そんなのあなたのお陰でもあるのよ?」


 話の根幹が全く見えない。一体何が言いたいのか。

 もう日はすっかり暮れてしまい、月明かりだけが私たちを照らしていた。

 勇者アザメドは、言葉を詰まらせつつもなにかを真剣に伝えようとしている。

 

「俺は、その……君のそういう謙虚さに惹かれた。魔族で魔王という立場だが、俺とこうして話せているのはその謙虚さ故だろう」

 

 急に褒められて顔が熱くなる。逆上せてしまいそうだ。

 

「だから、そんな君をそばで見守りたい……」

「え?」

 

 突然の事で耳を疑う。それってつまり……

 

「俺と一緒に暮らしてくれないか?君は魔王で魔界の仕事があることも分かっている。だが、君のそばで君のことをもっと知りたい。そして、君を守りたいんだ、リリア。その志を、君の守りたいものを」

 

 胸が高鳴った。そんな風に思われていたなんて……。私達は確かに魔族と人間。本来なら相容れぬ存在。でも、もし交えることが出来たとしたら、双方の世界に共存の道があるかもしれない。

 

 新たな可能性が芽生えたがそれ以前に、私の気持ちは確かに、彼に心惹かれていたのだと気づいた。なによりもこの心臓がそう語っている。

 

「……うん……私からもお願い……します……///」

 

 恥ずかしくなって俯いてしまう。勇者……いやアザメドの顔を直視出来ない。

 だが、そんな思いはあえなく消え去ってしまう。

 

 アザメドは、私の頬に手を添え私の瞳をその熱い瞳でじっと見つめる。なんて綺麗な瞳だろうか。自然と目と目が合ってしまい、逸らしたいのに逸らしたくない。

 月夜に照らされ、ブルーサファイアに輝くその瞳は何かを欲しているような目だった。

 

 その何かを、私は知っているような気がする。

 

 お互いの顔が徐々に近づけられ、目を閉じる。次第に唇が触れ合った。とても柔らかいその口付けは、なによりも甘く感じられた。



 

 それからは毎日、とても幸せな日々を送っていた。朝起きると魔界へ仕事に行き、夜になれば彼のいる人間界に帰って、彼と共に夜を過ごす。

 

 そんな何も変わらない日々が幸せだった。

 そして、更なる幸福が待っていた。

 

「アザメド、聞いて欲しいの」

「どうしたんだ?改まって」

「私……お腹の中に赤ちゃんができたの……」

 

 アザメドの顔が、驚きから次第に喜びへと変化して行った。その夜は二人で共に夜が開けるまで、未来のことを語り明かした。

 

 魔族と人間の子など、今までに例がない。この先どうなるのか不安がないと言えば嘘になる。しかし、アザメドとならきっと何とかなるに違いない。そう確信めいた自信があった。



 

 次第にお腹の子が大きくなるにつれて、私の力が無くなっていくのを感じた。

 臨月を迎える頃には、魔法が全く使えなくなっていた。当然、魔界へ行くことも出来なくなっている。

 魔王として有るまじき行為ではあるが、少しも気にもとめなかった。例えこのまま魔法が使えなくなったとしても、構わないとさえ思っていた。

 

 あの日までは。



 

 そうして、お腹の子は無事に出産した。

 とても可愛らしい子だ。深紅のように赤い髪と瞳。見た目は私を引き継いだんだろうと嬉しくなったがその反面、心配の方が勝った。

 吸血鬼(ヴァンパイア)にとって、赤い瞳は飢えの象徴。

 

 ミルクだけでなく、アザメドの血も与えてみた。が、全て吐き出してしまっていた。ミルクに混ぜても同じことだった。

 もし、体の作りが吸血鬼(ヴァンパイア)そのもので、味覚だけ人間のものを引き継いでしまっていたら……

 

 この子は生まれながらにして、わけも分からず死んでしまう。そんな結末は到底受け入れ難い。

 

 だが、その心配とは裏腹に赤ん坊はとても元気よく育った。そして日々増大する魔力を感じた。

 生まれて間もない子供がこんなに魔力を有するなんて……将来はどんな強い子になるのか。

 赤ん坊は日々、一生懸命ミルクを飲み成長した。



 

 そんなある日のこと。

 夜更けになっても、アザメドが帰って来る気配がない。どうしたのだろう。

 

「仕事が長引いているのかなぁ……」

「おぎゃーーー!」


 頬杖をついて満月を眺めていると突然、我が子が泣き出してしまった。

 

「どうしたの?普段この時間に泣いたりしないのに……」

 

 不意に窓の外に明かりが見えた。

 それが火だと気づくのにそう時間はかからなかった。同時に煙があがる。その火は次第に大きく広がり、燃えているのはこの家だということに気づいた。

 

「火事!?どうして……」

 

 私は我が子を抱き抱え、急いで外に向かった。振り返ると既に火は家全体に燃え広がっていた。

 アザメドと暮らす家が……どうしてこんなことに。

 

 後ろに人の気配がして振り向く。そこには私を取り囲むように人間が何十人もいた。その手には、鎌やクワなどの農具やナイフなどを構えられていた。

 

 私は身構える。この人達は一体なに?家に火を放ったのもこの人達?どうしてこんなことをするの?

 一人の人間がなにかを引きずり、黙って近寄ってきた。そしてそれを私の足元に投げる。

 

 それを一目見た瞬間、アザメドだとわかった。

 

「嫌ァァァァァァ!!!」

 

 とても悲惨な状態だった。手足は折れ曲がりあらぬ方向を向いている。血は至る所にある傷から出ていた。


 アザメドは、もうそこにはいなかった。

 

 亡骸の前で私はただ泣いた。

 アザメドは勇者なのにどうして……。この世界を救った勇者で英雄で……こんな風にされていい道理は無いはずだ。感謝はすれど、こんな終わり方をさせるなんて……なんて酷いの……!アザメドが一体、何をしたって言うのよ!?

 

 同じ人間がやったとは思えない所業。

 目の前がぐるぐると周り、私は膝から崩れ落ちた。

 

 次第に憎しみが沸き上がり、人間達を睨みつける。瞳から流れる涙は止まることを知らない。

 

 許せない……許せない!許せない!許せない!ゆるせない!ユルセナイ!!!

 

「貴様らが悪いんだ!」

「俺たちの話を聞かずに、禁忌の子など産んだからだ!」

「勇者様に頼まれて、仕方なく居住は許したというのに先に裏切ったのはそちらだ!」

 

 人々は口々にそんなことを言う。

 どういうこと?勇者が居住許可を頼んだ?そんなこと私は何も聞いていない。

 そもそも、ここから他の場所へも行っていないのだ。魔族である私が外で受け入れられるとは思わなかったから。

 

 それに、禁忌の子とは……。

 

 きっとこの腕の中にいる子の事だろう。何故か分からないが、情報が漏れていたということか。人々の様子からして、家の中を覗き込んでいたのかもしれない。

 

 今の私は魔法を使えない。当然、魔力探知も使えていない。それでもいいと思っていた。ここは魔界じゃない。そんなに危険じゃないと踏んでいたからだ。

 

 だが、そんなの思い違いだった。

 

 こんなことになるのなら、せめてシャミィにだけはこの子のことを伝えておくべきだった。

 

「魔族は帰れ!」

「魔族を殺せ!」

「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」

 

 人々は互いに呼応した。

 

 だめだ。きっと私もここで殺されてしまう。

 でもこの子だけは守りたい。

 

 勇者アザメドと魔王リリアの大切な子。

 

 愛する我が子。

 

 私は、人間達を睨みつけた。必死に抗うように。

 そして、私は人間達に痛めつけられた。




 気づけば空は青く染まっていた。

 こんな状態になっても即死しないなんて……私は腕の中にいる我が子を見た。

 何度も取られそうになった。その度に抗い、傷つけようものなら必死で守った。

 そのおかげでこの子は無傷だ。

 

 けれどずっと泣いている。もう朝だし、お腹すいたよね。今ミルクを用意するから……もう少しだけ待ってね。

 

 私は最後の力を振り絞り、我が子に祈りを捧げた。

 僅かに我が子が光りに包まれる。これで我が子が守られますように……

 私の意識はそこで途切れた。




 そこまで話すとアメリア・リングハート・レヴァリアスは、俯いた。その姿からは到底、魔王だという覇気を感じられず、ただ心を深く傷めている少女のそれだった。

 

 俺は息を飲んだ。

 伝承に伝わるあの勇者にそんな話があったとは。グランは目を閉じて唇を噛んでいる。

 リアは重い口を開いた。

 

「人間達はもちろんそこで終わるはずもなかった。その矛先は、赤ん坊にまで向いたのだ。だが、その刃は赤ん坊には届かなかった。魔王に掛けられた最後の祈り。それは我が子を守る防御魔法だったのだ。しかし、それで諦める人間達ではなかった」

 

 リアは一息入れて、さらに続ける。

 

「赤ん坊は、内に秘めた魔力を暴発させた。当然のように周りにいた人間達は、1人残らずそれに巻き込まれた。だが、それは即死とまでは行かなかった。赤ん坊は自分の母親と父親が殺されてしまったことに怒りを覚え、憎しみを持っていた。即死させるのは嫌だったのだ」

 

 目を閉じ、何かを考え込むリア。

 まるで、自分が体験したかのように話していた。話す内容一つ一つが鮮明だった。魔王と勇者の名前を聞いた時から、なんとなく察していたが、この話はもしかして、もしかしなくても……。

 

「その赤ん坊の名は、アメリア・リングハート・レヴァリアス。リア……君、なんだな」

 

 リアは返事をしなかった。ただ、俯き唇を噛んだだけであった。それだけで答えは明白である。

 

 魔王リリア・リングハートと勇者アザメド・レヴァリアスの血を引く者。それがアメリア・リングハート・レヴァリアス。かつて、人間界と魔界を共に救った英雄の子。

 

 無惨にも目の前で殺された両親を前にして、まだほんの赤ん坊だったアメリアは、感情を押し殺すことなど到底出来るはずがなかった。

 今も当時のことを鮮明に覚えているのだから、トラウマとかいうレベルではないはずだ。


「我は、当時この地に住む人間を1人残らず殺した。この手で……己の感情のままに……。そして魂の集合体(アレクシア)は、その時に死んで行った人間たちの魂が転生した吸血鬼だ」

「なんだと……!?では、やつの狙いは……」


 グランが、今日ここにきて初めて驚きを見せた。

 

「どういう……ことだ?人間の魂が転生……?」


 リアは深く深呼吸をして、その問いの答えを話した。言葉を選びながら、ゆっくりと、しかし正確に。


「吸血鬼は、強い未練を残した人間の魂が転生した姿なのだ……」

「なん……だって……!」


 衝撃的な事実である。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の存在があまり明るみにされていないこの時代で、なぜ餓鬼が絶えず発生するのか疑問であった。

 

 人が死んで強い未練が残った魂が、吸血鬼(ヴァンパイア)となって()()()()で転生しているのか。それなら魔界の扉は関係ない。


「本来、魂が合わさることなど有り得ぬ話だ。しかしあの時、我に惨い殺され方をして恨みを持った人間の考えはひとつであっただろうの。そして偶然、魂の集合体(アレクシア)が生まれた……」


 俺は、しばらく言葉を失った。

 餓鬼は、人間の魂が吸血鬼(ヴァンパイア)となり、自我を失った存在ということ。


 そして長い年月を得て転生したアレクシアは、やっとリアに再会した。そして……


「……やつの……アレクシアの目的は……リアへの復讐を果たすこと……?」


 リアは、ただ黙って頷いた。


「それだけの為に、セレンティア村やラムホーン村……そして、サランに住む人々まで鬼にしたのかよ……!」


 俺は、この憤りをどこにぶつければいいか分からなくなった。いや、ぶつける相手は決まりきっている。

 その相手は、知っていながら教えてもくれなかったグランでも、魔王だと告げるリアでもない。


「俺はやつを許せない。伝承にしか残らないほど大昔のことを今更掘り起こし、更には多くの人達をその手にかけた……」


 どんな理由があろうと、少なからず関係の無い人々が犠牲になったのは事実。到底許される行為では無い。


「明日、またこの街に手を出すというのなら、その前に絶対止めてやる!」

「それはもちろんだ。だが、どうするカイン?俺はこの通り魔力が尽きた。昨夜のようにはこの街を守りきれん」


 リアが頷き、グランがそう答えた。

 グランだけではない。他の餓鬼狩り(ハンター)や兵士も疲弊している。怪我人も多く、動ける者も多くないだろう。

 そんな状態でまた、昨夜のような襲撃を受けてしまうわけには……


 全てが後手に回ってしまっている。原因を究明できず、三つの村を失った。やっと原因がわかったかと思われたのに、明日の襲撃は対処も虚しく終わるというのか。

 

 そんなことは俺がさせやしない……!この生まれ育ったこの街を、人々を俺が守らずして誰が守るというのか!


 


 その後、俺達は休む事になった。考えても見ればここ3日間、寝てすらいない。

 あれから、うーんと唸るだけだった俺達は、回らない頭を動かしても意味が無いということになり、午後をすぎてからまたこうして集まって作戦会議を立てよう、と言うことになった。


 俺は、餓鬼狩り(ハンター)協会の地下にある仮眠室で休むことにした。

 

読んで下さりありがとうございます!


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