表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

最古の吸血鬼①



 俺は、死んだのだろうか?

 

 目を開けると、そこに見えたのは一面の白い天井だった。

 俺は確か、大量の餓鬼と戦って腹に穴を開けられかなりの深手を負い、死は免れなかったはず。

 

 しかし、目の前に見えているのはなんだ?

 

 まるで、見慣れた病院の天井だ。

 そんなはずは無いと目を疑う。

 

 例え一流の治癒士の力を持ってしても、決して治せないはずの深手を負っていたんだぞ?

 

 まさか俺は既に死んでいて、今目前に見えているこれは天国で再現された病室の天井ということなのか。

 だとすると、天井の細かな傷まで精密に再現されている、ということになる。

 

 なるほど、それなら納得がいく。

 

 俺はボーッと天井を見つめながら、そんなことを考えていた。



 

 ガラガラ


 扉が開いた音が部屋に反響し響く。

 音がした方を向くと、入ってきたのはどうやら一人の治癒士だということが分かった。

 

「カイン、目が覚めたのね」

「レーナか」


 彼女のことを俺はよく知っている。

 そして、彼女がここに居るということは、俺はまだ天国には呼ばれていないということも、同時に示唆していた。

 

 彼女の名前は、エレナ・グランデ。この国随一とされる治癒士だ。膨大な魔力を有しており、それを器用に自在に操ることが出来る。

 彼女にかかれば、どんな傷もどんな病気も全て癒し、治せないものはないとさえ言われていた。治癒におけるスペシャリストである。

 

 その証として、頭に被っている帽子にはいつも、この世に唯一とされる『特級一流治癒士』のバッジが付けられている。

 そんな彼女は教会に所属しており、普段はそちらで仕事をしている。治癒魔法を極める者は、大抵教会に勤めていることが多いのだ。

 重傷患者がいる場合は、隣接している隣の病院で治癒魔法を行使することもある。

 

 そして、そんな彼女が親しげに呼ぶ名こそカイン・ヴァレスティア、つまり俺の名だ。

 

 彼女とはお互いの両親が、同じ餓鬼狩り(ハンター)ということもあって幼い頃からの馴染みだった。

 彼女の両親が、仕事先で亡くなったあとは、ひとつ屋根の下で、弟妹とともに過ごしたこともある。

 

 つまり一言で言うと、エレナ・グランデは家族のような存在ということなのだ。



 俺は体を起こし、深手を負ったはずの場所を触る。

 おかしなことに包帯すら、巻かれていなかった。一応、他のところも確認してみたが、かすり傷一つ見当たらない。

 なにより、全く痛みを感じないのだ。

 

 おかしい。あれが幻だったとは思えない。

 

「俺はどれくらい寝ていた?」

「5時間くらい……かな?」

 

 俺は耳を疑った。あの傷は致命傷だったはずだ。レーナの治癒魔法でも、既に手遅れだった。例え、あの後すぐにレーナが駆けつけていたとしても……だ。

 仮にレーナの魔法であの傷を治せたとしても、数日間は時間を要していたはず。

 

 レーナの治癒魔法も万能ではない。いくら魔力量が多いとは言え、あの傷を一夜にして癒してしまうなど人間業とは思えない。

 

「戦闘が終わって駆けつけたら、カインが倒れているのを見つけて……大怪我でもしているのかと思って焦ったのだけれど...」

 

 最初から傷などなく、ただ意識が無かったためにここへ連れてきた、ということらしい。

 

「むしろ、こちらが聞きたいくらいよ。一体何があったの?」



 

 俺は、自分の身に起こったことを全て話した。

 餓鬼の手によって、治るはずもないほどの深手を負ったこと。女児が現れ、街を取り囲んでいた数多の餓鬼が一瞬にして消滅したこと。

 

「で、気を失って気づけばここにいた」

 

 なるほどねと言い、レーナは顎に手を置いてなにやら考え込む。

 

「そういえば...」

「どうしたの?」


 俺は、ふと思い出す。

 そういえば気を失う直前、俺は彼女の瞳を見た。それは、とても朱い深紅の輝きを放っていた。

 

 そう伝えると

「それって……つまり吸血鬼(ヴァンパイア)!?」

 吸血鬼(ヴァンパイア)は基本、人に紛れて過ごしている。自分の正体がバレることを嫌う種族なのだ。

 

 レーナが、驚くのも無理はないだろう。昨夜のように姿を現すなんてことは、まず無いのだから。

 俺自信、自分の目で見た事だというのに、まだ信じることが出来ないでいる。

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)は、人との区別がほとんどつかずその容姿は、全く人と変わり映えしない。

 ただひとつ、見分けることができるとするのなら、空腹時の瞳だけだった。

 

「朱い深紅の瞳は、吸血鬼の証でしょ!?そんな危険な種族と出会ったの!?」

 

 吸血鬼は、空腹を感じると瞳が自然と朱く変化する。本人の意思で変えることは、決して出来ない。

 空腹時以外にも魔法を行使すると、決まって瞳が朱く染まるらしい。

 

 そしてさらに言うと、その空腹を超え飢餓状態のまま一定期間を超えると、自我を失った餓鬼となり、あらゆる種族を無作為に殺して回る化け物と化す。

 

「けど、俺は生きている。それに彼女は、餓鬼を()()俺を助けてくれたんだ。そんなに危険なやつじゃないのかもしれない」

吸血鬼(ヴァンパイア)なんて、危険なやつしかいないわよ。カインはすぐ信じすぎる癖、やめたほうがいい」

 

 しかし、彼女が俺を助けてくれたことに変わりは無い。お礼の一言くらいは、伝えたかった。

 

「レーナは異種族を疑いすぎだ。伝承や噂だけでその種族を毛嫌いするものじゃないさ」

「それは、わかっているけれど……まさか探す気なの!?」

 

 絶対やめたほうがいい!と言いつつも、俺が一度言い出したら聞かないことを知っているレーナは、半ば諦めて自分の持っている情報をため息混じりに話し始めた。

 

「子供の頃、両親に言われたことないかな。街の一番北の端にある屋敷には、絶対に近づいてはならないって」

「あぁたしかに。あそこには怖いモンスターが封印されていて、遊び半分で行ってもし誤って封印を破りでもすれば、大変なことが起きるからって」

 

 レーナは、頷き続ける。

 

「実は、最近あそこの近辺で、いるはずもない人影を見たっていう人がいたの」

 

 人影?幽霊でも見たのだろうか。

 

「オカルトなら聞かないぞ」

 

 まぁまぁ最後まで聞いてと、レーナはさらに続ける。

 

「その人すごく怖くなって、すぐにその場から離れたらしいんだけれど、その人が見たその人影っていうのが、全身真っ赤に染まっていたらしいの」

 

 全身が赤く染まっている……なるほど、つまり……

 

「その屋敷に住んでいるのは、封印されたモンスターではなく、俺が昨日会った吸血鬼(ヴァンパイア)かもしれないって言いたいんだな」

 

 まぁ要約するとそういうこと、と急につまらなさそうに手を広げるレーナ。

 

「それを聞いた時、ただの見間違いでしょって思ってたんだけど、カインの話を聞いたら、ひょっとしたらって思っちゃって...」


 街であった事件や噂のことはレーナに尋ねると、大抵のことはなんでも答えてくれた。なぜそんな詳しい情報を持っているんだと、昔聞いたことがある。

 レーナ曰く、毎日教会で人々の怪我や病気を癒す仕事をしていると、患者から()()()()や近所で流行っていることなど、情報があちらから自然とやって来るのだそうだ。

 それを一つ一つ覚えているのもすごい、と思うのだが。

 

 俺は立ち上がり、ベッドの横に丁寧に畳んで置いてある服を着る。

 

「ちょっと、まさか行く気!?」

「行かないと、真実がどうなのか分からないだろ?」

「だけど、本当に封印されたモンスターがいるかもしれないんだよ!?あなたが言い出したら聞かないことくらいわかっているけれど、さすがにそんな場所へ一人で行くのは危険過ぎるよ!」


 レーナは慌てて止める。

 確かにそれもそうだ。

 一人で未知の地へ行くことの危険さは、重々承知している。誰かを連れていった方が確かに良さそうだ。

 俺は冷静沈着に答える。

 

「あんな場所に行きたがるやつなんて、何年経っても現れないと思うぞ」

 

 なにせ、まだ物心ついたばかりの幼少の頃から、毎日耳がタコになるほど行くなと脅されてきた場所だ。両親もそのまた両親に、しつこく聞かされ続けてきたのだろう。

 そうやって、人々が遠ざけてきた危険な場所に、――俺のような者じゃない限り――どんな物好きが同行したがるというのか?

 

「それは...そうかもしれないけど...」

「あそこは一応、街の中だ。だからと言って絶対に安全とは言い難いし、念入りに用心はして行く。だが、もし本当に吸血鬼(ヴァンパイア)が住んでいたとしても、そう簡単には手出ししてこないだろ」

 

 他者への殺人行為は禁止とす。この法律がある限り、どんな種族も厳重に罰せられる。吸血鬼(ヴァンパイア)だって例外では無い。

 怪我をしない保証なんてどこにもないが、吸血鬼(ヴァンパイア)がこの街に住み続ける限りは、無為に手を出しては来ないだろう。少なくとも大事になるからな。

 

 俺はレーナに、終わったらここに戻るから、と伝えその場を去った。

 

 最後までレーナは、心配そうな顔をしていた。可能なら自分も行く、と言いかねない顔をしていた。

 もしそう言い出したのなら、付いてくるなと言うつもりだったが……杞憂だったな。

 まぁ、彼女には大事な仕事があるのだから、簡単には教会を抜け出せないだろうけど。



 

 病院を出ると目が眩んだ。太陽がサンサンと降り注ぎ、街を照らしている。

 

 ここは、ミスティックヘイヴン。

 

 近隣諸国の中で唯一、ドワーフやエルフ、獣人とも共存を実現している街だ。そんなに大きくは無いが、活気に満ちている。

 そしてこの俺、カイン・ヴァレスティアが生まれ育った、慣れ親しんだ街でもあった。

 

 おしゃれな石畳で舗装された道、風情のある家々が建ち並び、道端にはこれまたおしゃれな街灯が等間隔に並べられている。

 道行く人々は、人間のみならずエルフやドワーフ、獣人達も差別なく行き交っている。

 

 そして中には、鎧を着て持ち前の武器を腰や背に背負った者がいる。これは恐らく兵士だろう。街の治安を守るため、パトロールしているようだった。


 そしてこの街の大きな特徴は、餓鬼狩り(ハンター)協会(ギルド)の本拠地があるという事だ。

 住んでいる住人は、さほど多くは無い。が、この街に住む者の多くは、餓鬼狩り(ハンター)協会に所属している。

 餓鬼には自我がないが、それ故に知能も低い。危険も少なく、多くの収入を得られるのだから、就職先としては好物件だろう。

 

 とはいえ、危険な仕事に変わりは無い。生半可な気持ちでできるものでもないので、恐怖に負ける者だっている。

 そう言った者達は辞める者もいるにはいるが、昼に住人からの依頼をこなすだけの者が多い。

 そちらの方は収入こそ低めではあるが、かなり安全なのだ。まぁ、そう言った者達は餓鬼狩り(ハンター)とは言えないので、本当に餓鬼を弔っている者からは給料泥棒と言われている。しかしそれも歴とした立派な仕事である。収入がゼロより断然良いだろう。


 

 

 俺は、西へと歩き進む。北の屋敷へ向かうには、まず西へ行く必要があった。

 

「カインじゃないか!昨夜は街を守ってくれてありがとう!」

「カインは、この街の英雄よ」

「いつも本当にありがとう!」

 

 街の人々にすれ違う度、声をかけられる。俺はいつの間にか街の人々に名が知れ渡っていた。カイン・ヴァレスティアが、熱心に餓鬼狩り(ハンター)としての活動を行っていると、記者が取り上げたのだ。

 おかげで、ちょっとの行いをしただけでもこの通りという訳だ。

 

「いや、大袈裟だよ。俺は餓鬼狩り(ハンター)だからな。街を守るのは当然のことだ」

 それにしても、この広まり様は……

 

 どうやら、街を取り囲むほど数多いた餓鬼の脅威から街を守りぬいた英雄とされているらしい。

 なぜ、そうなっているのかは分からない。

 どうせまた餓鬼狩り(ハンター)協会のグランドマスターが、記者と共同し大袈裟にそう仕向けたんだろう。

 

 実際、その場に残っていたのは俺と数人の餓鬼狩り(ハンター)と兵士――しかも皆、重傷を負っていたり気絶していた――だけだった。必然的に、そう判断するしかなかったのだろう。

 

 後で、マスターに抗議しよう。

 わざわざこの場で否定してしまうと、要らぬ反感を買ってしまうことになるからな。


 

 すれ違う人々に声をかけられながら西へ向かい、街の端まで行ってから右に曲がってまたしばらく進む。

 開けた場所まで来てしまえば、さすがに人はいなくなっていた。

 

 やっとたどり着いたのは、例の屋敷であった。ここまで来るのに、こんなに一苦労するとは……

 

 丘の上に、そびえ立つその屋敷を、実は初めて見たのだが、なんとも立派な屋敷だった。

 こんなに大きな屋敷だというのに、街から一切見えないのが不思議だ。

 そんなに離れてもいないため、見えていてもおかしくは無い。丘の上にあるのだから尚更だ。

 しかし、こんな所まで来ると突然降って湧いたようにその姿が(あらわ)になったのだ。屋敷を初めて見たのは、これが原因だろう。

 

 不可視化の魔法でも、かけられているのだろうか?しかし、今こうして肉眼で見えている。

 

 一体どういう原理なのだろう。

 

 いや、考えても仕方がない。俺には、魔法の才が無いため、魔法の知識というものを持ち合わせていない。

 今度、レーナにでも聞いてみよう。


 

 それにしても、堂々たるその豪邸さは、都市にある王宮にも引けを取らないだろう。ただ、残念なのが少し古ぼけている点だ。

 今にもカラスが飛び交い、見えてはいけないものが見えてしまいそうなのである。

 

 今がまだ昼間でよかった。

 

 いや、待てよ?吸血鬼は、太陽の出ている間は寝ているという伝承がある。今訪ねてしまっては、逆に迷惑なのではないだろうか?

 しかし住んでいるのが、なにも吸血鬼と決まった訳では無い。そもそも誰も住んでいない可能性だってある。


 だめだ、ここで考えても(らち)が明かない。

 

 勇気をだして屋敷へと近づく。

 

 やはり、長年立ち入っては行けないと言われていた分、少しだけ恐怖で腰が引けてしまいそうになる。

 これはただの屋敷だ、と自分に言い聞かせ鞭打つ。

 そうして、屋敷の玄関先までたどり着いたのはいいのだが……

 

「呼び鈴..……どこだ?」

 

 どこを探してもそう言った類は見つからないのだ。扉の周りにも、かぼちゃの下にも、変なよく分からないモンスターの置物にも、どこにもそれらしいものは見当たらない。

 

 なるほどノックということか。

 

 そう思い、できる限り大きめに鳴るよう強くノックした。

 お陰で拳がとても痛い。それにしても、ボロボロな屋敷だと言うのに全く壊れる気がしないのは何故だ?


 

 しばらく待ったが、なにか出てくる気配は全く無い。期待はずれだったか。

 

 噂の真相は、「誰も住んでいませんでした」ではあまりにも軽率だろうか。中を調べてみるまで、それは断言できないだろう。

 

 もしかしすると、居留守をしているのかもしれない。下手すると、吸血鬼なら寝ているのかも。

 

 試しにドアノブに手をかけてみる。するとなんと、キィーっという軋む音と共に、ドアが開いてしまった。

 まさか開くとは思いもよらず、一瞬たじろいでしまう。

 

 そのまま、屋敷内へと歩を進めようとしていると

 

「我が主になんの御用でしょうか」

 

何者かが中から突如、現れた。


 

読んでくださりありがとうございます!


屋敷に住むのは本当に彼女なのか、現れた者は一体誰なのか...!?


次回に乞うご期待ください。

それではまた( ´ ▽ ` )ノ


追伸、誤字脱字を見つけましたらこっそり教えてください。こっそり直します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ