囚われの吸血鬼③
「ありがとう。もう心残りはないよ」
魔界に続く扉を前にして、私は勇者に別れを告げた。
勇者がこちらの世界から扉を閉じ、私が魔界から扉を閉める。そうすることで、長年人間の住む世界が魔族によって侵されていた時代に幕が閉じるのだ。
「そういえば、勇者殿。あなたの名前を聞いていなかったね」
勇者は一瞬躊躇い、声を絞り出す。
「俺は、アザメド……アザメド・レヴァリアス」
「そう」
この名を心に刻んでおこう。とても心優しき勇者の名を。
「それでは、さようなら勇ましい勇者アザメド」
私は魔界の扉へと足を踏み込む。
「ちょっと待ってくれ!」
あと一歩のところで魔界の扉に足を踏み入れるところで、腕を掴まれた。この期に及んで一体なんだ?
「いい考えがある。聞くだけ聞かないか?」
私は、その言葉にとても引かれた。心のどこかでこの勇者と別れるのが、名残惜しいと思っていたのかもしれない。
特に差し迫った状況でもないので、少しくらい聞いてもいいかと振り返り、頷いた。
勇者の語る事は、とても信じ難いようなものだった。それは一言で言うと、魔界の闇を取り払えるかもしれないというものであった。
魔族が人間の住む世界を闇へと変えられるように、勇者もまた、その光の魔法で魔界に蔓延る闇を取り払えると言うのだ。
だが、それには問題があった。必要とする魔力の量だ。
例え光の勇者と言えど、魔力の総量にも限度がある。それに、光の勇者が魔界の闇に耐えられる保証もない。
勇者にとってはかなり危険な行為だ。この場にもし、他の人間がいたとすれば、全力で止められていたことだろう。
しかし、私にとっては喉から手が出る思いだ。しかし、かと言って勇者が苦しむのは間違っている。
「勇者アザメド。とても嬉しい申し出だけれど、あなたにそんな危険な事はさせられないわ」
「だが、これしか方法がないと思う。こちらの世界も魔界も両方を救うためには」
こうして話し合い、分かり合えたからこそ出る言葉だった。
両方の世界を救う……そんな夢物語が、私達で築けるというの?
「では、私の魔力を使って欲しい。吸血鬼は、相手に魔力を分けることが出来るの」
吸血鬼の特権とも言えるだろう。まぁ、そんなことする吸血鬼は、他にいないと思うけれど。
「なるほど、それで魔力の枯渇を補うということか」
お互い信頼あっての提案だ。
「分かった。それでいこう」
「魔界では、あなたを絶対に守ると誓うわ。他の魔族に手出しなんてさせやしない。魔王の名において」
アザメドは頷いた。
魔界の扉を潜り、後から勇者が続く。何も変わらない魔界の光景に嫌気がさした。
「本当に酷いな、これは」
さすが勇者と言うべきか。魔界の中でも魔界の扉に近いこの場所は、闇が薄い方ではあるが、それでも少しも堪えている様子は無い。
「早速やるか」
勇者は、剣を取りだしそれに魔力を集めた。剣は次第に光を放つ。煌々と光輝くそれを力の限り地面へと差し込んだ。
「光の輝き!!」
刹那、その光は次第に地面を覆いつくし、やがて植物、空気、そして空をも浄化させて行った。それはとても神秘的なものであり、温かい光が自身の心も一緒に浄化されていくようであった。
その光景に見惚れていたが、はたと我に返った。こんな悠長に見惚れている場合では無い。
私はすかさず、勇者の後ろに周りその背中に手を添え、自身の持つ魔力を少しずつ勇者の背中に送り込む。
一気に流し込んでしまうと、耐えられずに人など容易に砕け散ってしまうだろう。そうならないよう、慎重に流し込んでいく。
自身の体に流れる魔力を、この手を通じて流れ出ていくイメージ。例えれば、別れていた川が一本の大きな川へと集約されていく……そんなイメージだ。
しばらくして、魔界に蔓延る全ての闇が取り払われた。ここも人間の住む世界と同様、青々と植物が生い茂り、空気は澄んでいた。
人間の住む世界と違うのは生えている植物の違いと、空を照らすものが太陽ではないということ。
私は自分の目を疑った。まさか魔界で、こんな光景が見られるとは到底思ってはいなかったのだ。
夢を見ているみたいだ。頬を軽く叩き、夢では無いことを確かめると胸が熱く、込み上げてくる。
「勇者アザメド、ありがとう!この恩は一生忘れない」
振り返り、涙を浮かべながら勇者に感謝を述べた。
「そうか、喜んでもらえて嬉しい……ょ」
「アザメド!?」
勇者は膝から崩れ落ちた。私は驚き急いで駆け寄る。闇に耐えられなかったのか!?
勇者がただ眠っているだけだと気づき、ホッと胸を撫で下ろす。恐らく、魔力を使い過ぎた反動だろう。
本来なら人間の住む世界に戻すべきところだろうが、野原に放置する訳にも行かない。仕方なく勇者を抱え、自分の城へと連れていくことにした。
「う……ぅん……ここは……?」
長い眠りから、目を覚ましたような気がする。たくさん寝たにしては、体がとても軽い。
周りを見渡すと、窓が1枚だけある簡素な部屋だった。壁に自身が愛用している勇者専用の装備一式と、剣が立てかけてある。
俺は、なぜこんな場所にいるのか?たしか、魔界の闇を取り払うことに成功して……
そうか、俺はそのあと気を失ってしまったんだな。
ぐー。
お腹の虫が鳴った。この部屋に誰もいなくてよかったとホッとした。
ここがどこか分からないが、とりあえず装備を身につけてこの部屋から出よう。
俺は部屋の扉を恐る恐る開けた。キィっと音を立てながら開いた扉の先に、一体の魔族が立っていた。それは一言にいうと、カエルの姿をしていた。
だが、それはとてもカエルと呼べるほど小さくはなかった。なんと、俺と同じ丈なのだ。
俺は思わず身構え、剣を抜く。が、抜いた瞬間拍子抜けした。
「ヒッ!お助けをっ!」
そのカエルの魔族は、俺が剣を抜いた瞬間に顔を手で覆い、身を屈めたのだ。
「お前は、何者だ」
「魔王様にお仕えするケロです!魔王様の命に従い、ここをお守りしていた次第であります!」
ケロ?変な名前だ。この魔族からは殺意も敵意も一切感じない。嘘をついている風でもなさそうだ。俺は握った剣を鞘に収めた。
「あ、あなた様が起きたら、魔王様の元へお連れするようにと仰せつかっております」
そうか、魔王の所へ案内してくれるならありがたい。
「では、連れて行け」
俺はケロとかいう魔族に案内されるがまま、後ろをついて行った。
廊下はとても綺麗とは言い難い。端に飾られた何かの像は埃がかぶり、天井には所々蜘蛛の巣があった。掃除は……あまり行き届いてはいないようだ。まぁ魔族が掃除している図も想像つかないが……。
ここは、恐らく魔界で間違いない。魔族がいて魔王がいるのだから。
「魔王様、お連れ致しました!」
その声に応じて開かれる大きな扉。天井まであるのは、大袈裟に魔王としての権力を見せつけるための作りなのか、もしくは……。
中へ進むと、そこはとても広い大広間だった。奥に見える影がとても小さく見えてしまうほどである。
そのまま歩き続けると、その影の正体が露わとなった。
「ご苦労。下がって良いぞ」
「はっ!」
ケロは、そそくさとその場を立ち去った。
この場には、俺と魔王、そしてもう一匹いた。それは、魔王が鎮座する肘掛に座っている。全身真っ黒の猫がなぜこんな所にいるんだ。
その猫は、サファイアブルーとルビー色のオッドアイの瞳で俺を見据えている。
「リリア様、こんにゃ弱い種族なぜ連れてきてしまったのですにゃ」
喋った!?
ただの黒猫では無いのか!
「シャミィ、言葉を慎みなさい。彼は魔界を救った勇者なのよ」
そう言われても、シャミィと言われた黒猫は疑いの目で俺を見据えた。しかし、それ以上言葉を続けるつもりもないようである。
「勇者アザメド。改めて感謝します。人間のみならず、私達魔族まで救って頂いて……本当にありがとう」
「困っている者に手を差し伸べるのが勇者の務めだ。例えその相手が魔族であり、魔王だったとしても」
その後、勇者は無事に人間の世界へと送り届け、そちら側と魔界側から同時に扉を閉めることに成功した。これで魔族は、人間の世界に行くことができなくなった。が、魔界では特に破滅する兆しも見られなかった。
魔界の闇が全て浄化されたことによって、魔界に住む魔族達の心も浄化されたのだ。それによって、魔族の持つ破壊衝動も消えてなくなった。
中には好戦的なものもいるにはいるが、私が魔界のルールを構築すると、そのルール内で力試しをしているようだ。
無為な争いは、無くなったのだ。
人間の世界のみならず、魔界にも平和が訪れた。……ように思われた。
それは、数日後に表れた。
吸血鬼達が、暴れ始めたのだ。他の魔族を襲い殺していく。それは自我が失われているようだった。
当初、理由がわからなかった。この現象は吸血鬼だけ。なぜなのか……。
私はそれに気づくのに遅れてしまった。気づいた頃にはすでにほとんどの吸血鬼が自我を失った化け物となり、他の魔族に殺された。残された吸血鬼は、私のみ。
吸血鬼が生きるのに必要なもの、それは人の血。自分だって関係がないわけがなかったのに、その問題に気づけなかったのだ。
なにせ、自分は魔王だ。魔王となった今、昔ほど喉の乾きを感じていなかったのだ。
考えてみれば自分も、もう何年も口にしていなかった。
このままではまずい。
魔王が餓死するなどあってはならない。せっかく魔界に平和が訪れたというのに、私が倒れてしまえばまた逆戻りになってしまう。
私は自然と、魔界の扉の前まで来てしまっていた。
だが、それは完全に固く閉じられてしまい開くはずもなかった。扉に触れるがなんの反応も示さない。
諦めるしか無いのだろうか……。
私は彼を思った。私が望み、彼が築いてくれた平和を私自身の手で壊してしまうことになるなんて……。本当にごめんなさい。
今あなたに会えたなら、どんなに喜ばしいことか。きっとあなたなら、またいい案を思いつくだろう。あの時のように。
「……ぇ?」
目を開けるとそこには、勇者アザメドが立っていた。
「魔王リリア!何故ここにいる!まさか、侵略しに……」
勇者は、剣を抜き今にも襲いかかる勢いだ。私は焦ってそれを制止した。
「ちょ、ちょっと待って!?誤解よ!少し話を聞いてっ」
怪訝そうな顔をする勇者だが、一応話を聞いてくれる気にはなったようだ。わたしは慌てて捲し立てる。
「魔界で少し大変なことになって、私じゃどうにも対処しきれなくなってしまったから、魔界の扉の前で勇者のあなたならどうするのかなって考えて、気づいたらここにいたの!」
今までに類を見ないほど、早口だったと思う。我ながらよく噛まずに言えたものだ。
「……とりあえず詳しい話を聞こう」
勇者はため息混じりに、部屋の中へ招き入れた。
少なくとも、誤解は解けたようでホッと胸を撫で下ろす。
周りを見渡すと、ここは大自然の中にポツンと一つの家が建っているだけの場所であった。
どうやらここが勇者の住む家のようだ。
私は勇者の後を追って、家の中へ足を踏み入れた。
中はかなり簡素なものである。木製でできた寝具とダイニングテーブルに椅子、それから煉瓦で作られた暖炉があった。
まるでログハウスだ。人間の住む家は魔界とそう変わりはしないんだな。
「そこに座ってくれ」
指し示したのは、ダイニングテーブルにある椅子だった。これまたなんにも装飾されていない、簡素な作りである。ただ座るためだけのもの、という感じだ。
私は大人しく座る。座り心地は可もなく不可もなくであった
「それで?」
勇者は、ベッドに腰掛けると言葉も少なく告げた。
先程の続きを話せと言っているようである。ならば、遠慮なく包み隠さず話そう。醜態を晒すようで、心苦しいが……。
勇者と別れてからこれまでの経緯を全て話すと、勇者アザメドは腕を組み、全てを理解した様子で唸った。
「なるほど、それで一族の危機と……」
「もうどうしようもなくて……苦しみ藻掻き、最後には遺体も残らないんだ。魔族達が怯えてしまって……」
「そうか……だが魔王である君は今ここにいるじゃないか」
ん?何を言っているの?
「だから、今こうしてあなたに相談しているんじゃない。ここに来たのだってただの偶然で……」
というか、私は魔界に帰れるのだろうか?
「だから君はここに居るだろう?なら心配ないじゃないか。だって君は吸血鬼で、俺は人間なのだから」
なにを言っているんだ?そんな当たり前なこと……
「あ」
あんぐりと口が開けてしまった。まさかそんな当たり前のことを見逃していただなんて。
「お惚けさんな魔王だな」
「んもう、からかわないでよ!」
勇者は微笑を浮かべる。
「ほら、食えよ。……言っておくが殺すなよ?」
「分かってるよ。恩人を殺してしまうほど恩知らずじゃありません」
勇者は首元を緩め、頭を傾ける。その首元に血が行き交うのが見えた。
私は喉を鳴らす。
久しぶりの食事だ。気づかなかったけれど、かなりお腹がすいていたんだ。
私は勇者の首にゆっくりかぶりついた。部屋中に上質な香りが漂う。とても良い香り……。そして、それを口に含み飲み込む。
なんて美味しいのだろう。今までたくさんの血を飲んできたが、これ程美味なものに出会ったことがない。
温かい血が、喉を通り胃を膨らませる。喉が熱い。いつまでも飲んでいたくなる。全て飲み干してしまいたい……!
私は自分の意思を無理やり剥がし、牙を抜いた。そこから滴れ落ちる血ごと傷口を舐めとる。そして傷口は、無かったかのように綺麗さっぱり消えてなくなった。
「傷口が……」
「私の固有能力よ。これを使って今まで誰にも気付かれずに血を頂いていたの」
腰に手を当て、得意に話す。
勇者はどこか困ったように微笑んだ。
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回想は次の回で終わります。
みなさんはもう予想着きましたでしょうか?




