囚われの吸血鬼②
「……ここから先は我が話そう」
やっと口にしたその声は、とても沈んだ声だった
「闇魔法を最も上手く使いこなせるのが、吸血鬼族。そしてその中に、魔王を超える者は決して現れぬが、それに匹敵する程の使い手は時折現れた。アレクシアも恐らくそれだろう」
闇魔法を吸血鬼が一番得意としているのは、なんとなくリアを見ていて気づいてはいた。
あのどこから出てきたか分からない目に見えない程の細い糸を操る魔法、そして瞬間移動。あれらはリアが使う闇魔法だろう。
反対にシャミィは、魔法とも呼べるか分からない能力を使っているところしか見たことがないし、チュンに至っては、契約魔法とやらで魔族を操っているだけだ。
それにしても、アレクシアが魔王に匹敵する力を持っているなんて……
俺は口をあんぐりと開けたまま、一つの疑問が生まれた。
「そんなもんどうやって倒すんだよ……」
俺は頭を抱えた。
詰まるところ、アレクシアは魔王みたいな存在、ということだろ?そんなやつ相手に力が通じるのは、勇者だけなんじゃないのか?
本当に勇者なんて存在するのかよ?他に誰がそんなヤバいやつを倒せるって……
……あれ?そういえば……
「世界最強の最古の吸血鬼……」
俺は呟き、リアを見つめる。
初めてあの屋敷へ訪れた時、シャルロッテが自慢気に話していた、最強の最古の吸血鬼。
世界最強ならもしかすると、あいつに対抗する術を持っているのかもしれない。
リアは、俯きがちに俺の疑問に答えてくれた。
「……我が、その名で呼ばれている所以……それは……我が魔王の称号を持つ者だからだ……我ならあやつを……悲しき魂の集合体を倒すことも容易だろう」
……え?……リアが、魔王……?
俺は目を丸くした。
かつてこの世界を蹂躙し、多くの人間を……エリフやドワーフ、獣人族を亡骸へと変えた、あの魔界の魔王がアメリア・リングハート・レヴァリアスだと言うのか?
「ちょっと待て。どういうことだ?リアが……魔王?」
俺はリアの顔とグランの顔を交互に一瞥し、最後にはリアの顔をじっと見つめた。
グランは全く驚いていないようだった。リアが魔王だということを知っていたのだ。知った上で黙っていた。
いや、こんな衝撃的な事実、安易に公表など出来やしない。例え俺を信頼していても、リアが恨みの対象になりうることもあった。だからグランは、口に出せなかったのだろう。
なるほど、あの時深く知ろうとするなと言ったのは、こういう事だったのか。
確かにあの時の自分なら、この事実を前にしてリアにどんな感情を抱いたか分からない。
「……我の過去に纏わる話だ……長いが聞いてはくれるか?」
リアは恐る恐る尋ねる。
今の俺ならどうだろうか?彼女の喜ぶ顔も、憤りも悲しみも俺は知っている。この目で見てきたものは、決して嘘偽りなどではないはずだ。
では、俺がここでとるべき行動は決まっているのではないか?
そう、己を信じること。そしてリアを……アメリア・リングハート・レヴァリアスを信じることだ。
俺が意を決して頷くのを確認すると、リアはゆっくりと話し始めた。
「これは人間に伝わる伝承に、一切記されていない話だ……」
魔界の王が先日、勇者の手によって亡くなった。あの方は、本当は侵略など望まない心優しい方だった。それが戦などという愚行に走ったのは、周りに付き従う眷属の言葉に耳を傾けてしまったからだ。
魔界は口が滑っても明るい世界とは言い難い。
草木は枯れ、空気は淀み、闇が蔓延る。至る所で、生死を分ける争いが絶えない。心が病み、荒んでいくのは当たり前であった。
反面、人間の住む世界は太陽の光が煌々と輝き、自然が豊かで空気も美味しい。眷属達が、人間の住む世界に対して妬み蔑み、破壊衝動を剥き出しにするのも無理も無い話である。
そして、その言葉に耳を傾けた結果、魔王は勇者の手によって殺されたのだ。
いや、もしかすると魔王もそれを望んでいたのかもしれない。魔王が勇者に殺されれば、眷属達は容易に手出しできなくなると踏んだのだろう。
確かに暫くはその作戦が項をなし、人間の住む世界に平和がもたらされた。
だが、それもいつまで持つか分からない。魔界の扉が閉じられない限り、魔族達はあちらへ行けてしまうのだから。
だが、私は知っている。その企みが表向きのものだと言うことを。
魔王も長く生き過ぎた。永遠とも言える生涯に段々と生気を失っていっていたのを、私はその隣で見ていたのだ。
死に場所を探していた。その為にわざと眷属の口車に乗ったのかもしれない。
「魔王様!魔王様!大変です!」
かつて魔王が住んでいた城、魔王城。魔界にそびえ立つ唯一のその城は未だに健在だ。そしてその城には、大広間がある。いつも魔王が鎮座していた大きく立派な椅子は、その大広間の一番奥の真ん中に置かれていた。
この城で唯一清潔に保たれ、かつて魔王が堂々とした佇まいと権力を、ここで眷属達に見せつけていたのだ。
「どうしたの?」
「魔王様!やつらが魔界の扉を潜ってしまいました!」
そんな椅子に腰掛けているのは、リリア・リングハート。この私だ。魔王が亡くなった今、いつまでもその席を空けておく訳には行かない。たちまち魔界は混沌へと誘われてしまうからだ。魔界の維持は、魔王にかかっていると言っても過言では無い。
「もう、その時が来てしまったのね」
私は頭を抱える。いつかは、この日がやって来ることを分かっていた。魔王とは言え、眷属の刃をいつまでも抑えられるとは思えなかったからだ。
「勇者は?見つかった?」
「い、いえ!探してはいますが、未だに……何しろ相手は光の魔法を使います。探索魔法では到底見つけることが出来ず……」
仕方がない。私は立ち上がり、入口へと足を運ぶ。
「魔王様、何処へ?」
「私もあちらへ行くのよ」
私はその場を立ち去る。早急に愚か者共を止めなければならない。
前魔王に連れられて何度か訪れたことはあった。だが、この先に足を踏み入れたことは無い。まだほんの小さな子供だった私は、ここに訪れることを夢見てきた。
しかし、この扉を前にするまで、そんなことすら忘れていた。
人間の住む世界へ行くのは、決して争いをする為では無い。愚行を働く眷属達へ、制裁を下す為に他ならない。
私は魔界の扉を潜る。
出来ればこんな状況で、訪れたくはなかった。
そこは、太陽が煌々と輝き、青々と生い茂る大自然が広がっている……とは、言えなかった。
空は赤黒く染まり、大自然は枯れ果て地面は干上がっていた。それはまるで、魔界のそれと大差なかった。
「魔王の言っていたことは嘘だったの?」
呟くが反面、これは眷属達が引き起こしたものだと考え至るに時間はかからなかった。とても悲しい現実に胸打たれる。ここはきっと魔王がかつて言っていたように、素晴らしい景色だったのかもしれないと思うと、胸が締め付けられた。
遠くの方で眷属達の気配がする。その近くには何者かの魔力も感じられた。恐らく戦闘が繰り広げられているのだろう。
私はその気配のある方へ、風を切って走り抜ける。
何も無い荒野に居たのは、一人の人間と数体の魔族だった。人間を取り囲むように、魔族がジリジリと詰め寄る。
魔族が一斉に襲いかかろうと牙を向いたその時、魔族の動きがピタリと制止した。
「ナ、ナゼカラダガウゴカナイ!?」
「辞めよ。争いは終わった。我らは負けたのだ。我の名において、これ以上の争いは許さぬ」
「マオウサマ!?ナゼココニ!」
私はゆっくりと近づいていく。中央にいる人間は、さらに警戒し武器を構え直した。
「申し訳ない、人族よ。我の眷属共が勝手な真似をした」
「貴公は何者だ」
「我は、リリア・リングハート。現魔王だ」
人間は目を見開き、警戒心をさらに強めた。さすがに魔王を前にして、安心はしてくれないか……。
「そなたは、人族としては強き魔力を感じる。さては、勇者殿か?」
光の魔法を扱う勇者。前魔王に話は聞いたことがあった。とても志しが強く勇ましい者だと。目の前にいる彼が、その勇者だと直ぐに察した。
「そうだ」
やはりそうか。確かに勇ましい男だ。これだけの魔族に囲まれ、更には私という魔王を前にしても尚、怯まずにいられるのだから。
「魔王殿が何故ここに?今度は何が目的だ」
「我は、単にこの愚者共を連れ帰りに来たのだ」
勇者はまるで信じていない様子だ。無理もないだろう。この愚者共がしてきたことを考えると、にわかには信じられないのも当然だ。
それに愚者とは言え、紛れもなく我の眷属であることに変わりは無い。このまま、見逃してくれるはずもなかった。
「取引をせぬか?」
「取引?」
ここは交渉をする他ない。
「この愚者共は、強制的に魔界へ返す。そして、その首に縄をかけ二度と我の命に逆らえぬよう躾けると誓おう」
「ナ、ナゼデスカ!マオウサマ!コンナヤツラナド、ワレラニカカレバ、ヒトヒネリニ……ヒッ!」
私が口を開いた眷属をキッと睨みつけると、怯み黙り込んだ。
「我の命に背きし愚者共よ。我は今、勇者と言葉を交わしておるのだ。その口を今すぐ閉ざしてやろうか」
そう言い放つと、それ以上言葉を発する者はいなくなった。
「……代わりにこの場は見逃してくれ、と?」
勇者が、我の言葉に怯まず淡々と尋ねる。
私は首を縦に振った。到底受け入れられるわけがないと思っている。かくなる上は勇者と一戦交える他無いだろう。
「悪いが、その取引に応じることはできない。既にその魔族共は、人間を手にかけた。許すまじ行為だ。百歩譲って貴公を見逃しても、この魔族共は見逃すことは出来ない」
なるほど、そういうことか。それならば……。
私は手を上げ、指をパチンと鳴らした。すると、魔族達は次々に地面に転がる。
「!?」
勇者は目を見開き、周りを見渡す。一体残らず倒れ、既に息絶えているのを確認すると、私に視線を戻した。
「貴公の眷属だったのでは……?」
「どの道、こやつらは生きて帰れぬだろう。それに我の命に背いたものなど、我の支配下には必要ない」
魔界で文句ばかり言う魔族達の、いい手向けにもなるだろう。これでまた、人間の住む世界に足を運ぼうなどという愚行をする者は少なくなる。
「そんなことより……ごめんなさい」
私は深々と頭を下げた。
勇者はさらに目を見開き、言葉を失っていた。まさか魔族が……ましてや魔王が頭を下げるとは、思わなかったのだろう。
私はなんの反応もない勇者が不安に思い、少しだけ顔を上げる。
「な、なな……!?」
勇者は慌てふためき、一歩後ずさりしていた。言葉が言葉になっていない。そんなに驚くことだろうか?
「何が言いたいの?」
「なんで、魔王が頭下げてるんだ!?」
「そんなに驚くこと?悪いことをしたら謝る。それはどの種族だって同じだと思うけれど」
人間は違うのだろうか。
「いや、待て。なんだその軽い話し方は。さっきまでの話し方はどこに行った?」
「?魔族は死んだのよ?横柄な態度をとる必要ないじゃない。それに勇者殿とお話するのに、あんな話し方じゃ警戒取らないでしょ」
勇者は言葉を失い、数分後やっと肩の力を抜いた。警戒するのを諦めたのだろう。これで話しやすくなった。
「本当にごめんなさい。魔王としてまだまだだったわ」
「魔族の破壊衝動は、容易に抑えられるものじゃない。本当に君の思惑でないのなら、これ以上謝らなくていい」
「そう。ありがとう」
再び頭を下げると、勇者はため息混じりに答えた。
やはり、私が見込んだ通りだ。勇者は話せばわかる人間だ。もしかすると、分かり合えるかもしれない。
「所で勇者さん。私は、魔族がまたこちらに襲ってこないよう扉を閉めたいと考えているの」
ふいの発言にまたもや勇者の目は、見開かれた。
「なぜそこまでする?扉を閉じれば、魔界は悲惨な結末を迎えるのだろう?」
確かに、扉を閉じてしまえば魔族の持つ破壊衝動は抑制できずに、至る所で争いが起こるだろう。そうなれば魔界は破滅の一途を辿る羽目になる。
「確かにね……けど私はこれ以上、人族と争いたくない。綺麗な大自然をこんな風に侵したくないの」
「にわかには信じ難いな。君には、破壊衝動というものがないのか?」
魔族は、大きく分けて3つに位分けされる。
一番下は下位魔族。知恵をほとんど持たず、言われるがままに動き本能のままに行動を起こす。
その上には、上位魔族。知識を有し、下位魔族を自由に従え魔力もかなり有している。
そしてそれらを従えているのが吸血鬼。大量の魔力を有し、それに勝る者は魔界に存在しない、絶対的な存在。
そしてそれらの頂点がこの私、魔王だ。
破壊衝動と言うのは、上位魔族までの魔族達のみに起こる衝動。故に吸血鬼には存在しない。
ただ、長寿故に無味乾燥な日々が飽き飽きしている。どんな小さな出来事でも、甘い蜜のように感じてしまうのだ。
その為、上位魔族の破壊衝動に乗ってしまう吸血鬼は少なくない。
「他の魔族と一緒にしないでもらいたいわ。これでも魔王なのよ。そんなものあるわけないわ」
「だが、本当にそれでいいのか?」
魔界が破滅する。それは私自身も消えてなくなるかもしれないということ。別にそれでも構わない。ただ一つだけ、願いが叶うなら……
「別にいい。魔界は魔界でどうにかするわ。人族を巻き込むのがおかしいのよ。でも、条件がある」
「なんだ?」
勇者が固唾を飲む。とんでもない条件を突きつけられるのだろうと思っているのだろう。
私は、目の前に広がる光景に言葉を失った。太陽が煌々と輝き地面を照らす。青々と生い茂った植物は、大自然を作っていた。裂けた地面を流れる水は、透き通りそこに住む生き物達の影が見える。
「泣いているのか……?」
気づけば涙が溢れていた。とても綺麗で美しい光景に、胸がいっぱいになった。
「魔王は、この景色に見惚れたんだね」
声を振り絞り出た言葉はそれだけだった。勇者はその後、私が満足いくまで景色を堪能している間、ずっと隣で同じように眺めていた。
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リリア・リングハートとは……!?
また次回に♪




