囚われの吸血鬼①
「リア!」
瓦礫の下からリアの顔が覗いているのが見え、思わず声を上げる。傍には、セレンティア村やラムホーン村、更にはサランまでも壊滅に追いやった真犯人、アレクシアがいた。
黒い鞭のようなものを振りかざし、今にもその刃はリアへと向かわんとしている。
「にゃーーーーーー!!!!!」
シャミィがすかさず、アレクシア目掛けて声を発し自分の主から遠ざけさせる。アレクシアは瞬時に後退し、それを回避した。シャミィの直線上には、地面が抉られた跡が残る。
俺はリアの元へ駆け寄り、瓦礫を掻き分けリアを起こす。シャミィは、アレクシアに毛を逆撫で威嚇している。
「リア!大丈夫か?」
「リアサマ!」
「う……カ……イン……チュン……」
酷い怪我だ。全身のあちらこちらから血を流している。普段のリアなら、あんなやつに遅れを取らないはすだ。こんな傷を負うなど以ての外である。
リアらしくもない。一体何が……。
「私達の邪魔をしないでくださる!?」
アレクシアは歯を剥き出しにし、その顔に青筋を立てている。瞳は真っ赤に染まっていた。その牙からもアレクシアが、吸血鬼だと言うことが見受けられる。
これ程の気配を持っている理由に、納得がいった。
「貴様、吸血鬼だったのか」
「だからなんだって言うの?あなたには関係ないでしょう?そこをおどき!さっさとその女の息の根を止めてやるのよ!」
これ以上、リアを傷つけることは絶対に許さない……!
「リアは、生きていちゃいけないなんてことはない!」
「……なによ小物の癖に。調子に乗ってんじゃないわよ!」
今にもその黒い鞭で、切りかかろうとする勢いである。あんなものを食らってしまえば、俺など一瞬で粉々になってしまうだろう。
だがしかし、俺はアレクシアの手を制した。
「リアの瞳は、ルビーのように美しい!」
俺は、ここにいる全ての者の耳に聞こえるよう叫んだ。そして更に続ける。
「リアは決して己の力を過信し、他者を痛めつけたりしない!リアは尊大に振舞っているつもりのようだが、その言葉や態度に優しさを隠しきれていない。ただ不器用なだけなんだよ!」
アレクシアは、呆れたように目を細める。
「一体なんの話しをしているのかしら」
「リアは、吸血鬼なのに人の血よりも甘い菓子の方が好きなんだ!しかも、それを食べている時のリアの顔は世界で一番可愛い!」
リアは俺の腕の中で、目を丸くしている。リアという吸血鬼を語るには、これではまだまだ足りない。
「リアは餓鬼には悲嘆し、自分と契約した魔族達を大切にしている!そんなリアが恐れられているのは、周りが勝手に最強の吸血鬼だと揶揄するからだ!」
全ての言葉に嘘は無い。リアへの気持ちはこんなものでは少しも足らないが、それを言葉として全て言い表すことも出来ないのが歯がゆい。
「だからなんだというの?あんたの言うことは全て、誰にも知られることのない戯言よ」
アレクシアは鼻で笑いながら、すかさず反論する。が、俺にはそんな言葉も響かない。
お前はリアの何を知っていると言うんだ。
「違う!!知ろうとしていないだけだ!貴様はリアのことを知ったようなフリして、なんにも知らない!そんな貴様がリアのことを語る資格などない!」
締めくくりにそう言い放った。
俺はあの女を許せない。例え相手が自分より遥かに強者であったとしても、譲れないものがある。あの女はリアを傷つけすぎた。身も心も。
「黙って聞いていれば、好き放題言ってくれるじゃないの。私達の過去を知っても尚、同じことが言えるかしら?」
アレクシアは、髪をかき分ける。
私達とはなんだ?アレクシアとリアの……ということか?一体……
「なんのことだ」
「やめて……!」
必死に制そうと声を振りしぼるが、今のリアはあまり力も入っていない状態の為、その願いは虚空に掻き消された。
「その女はね、大昔……そう、ちょうどここにあった町を一夜にして無に返したのよ!全ての人間をその手で殺したの!」
「!?」
まるで悪魔のような笑いが響き渡る。
どういう事だ……。リアが人間を殺し、町を破壊した?餓鬼すらも慈しみ、苦しみから解放しようと行動するあの情の深いリアが?
何かの間違いだろう。例えそれが本当のことだったとしても、何か理由があったに違いない。
そもそもこんなやつの言葉を信じる必要などないのだ。全てこいつの虚言ということもありうる。
「あら?無駄話が過ぎたわね。もうこんな時間だわ。そろそろ帰らないといけないわね」
空が白んできていた。
アレクシアは俺たちに背を向け、指一つで何も無い空間に大きな扉を築いた。その扉は、キーっと言う音を立てながらゆっくりと開く。
あの時と同じだ。また逃がす訳にはいかない!
「待て!」
が、俺は今リアを抱えている。このまま放置してアレクシアを追うことは出来ない。とても歯がゆい状況だが、今は色々とこちらも立て直す必要がある。
「私は逃げたりしないわ。それより、あなた達こそ時間が必要なのではなくて?忠告よ、アメリア・リングハート・レヴァリアス。貴方の過去を、全て包み隠さず話す事ね」
横目で俺たちを一瞥し、不敵な笑みを浮かべる。こいつは俺たちを弄んで楽しんでいる。虚言を言い、惑わせているのだ。しかし、俺はそんなものに乗るつもりは毛頭無い。
精一杯、アレクシアを睨め返す。
「明日は満月ね……楽しみにしているわ」
「くっ……」
アレクシアは、手をヒラヒラとさせ扉の闇へ消えていく。次に会った時は、容赦しない。
浮遊している扉が消えたのを確認すると、シャミィはリアに駆け寄ってくる。チュンは、俺の肩から降りリアの頭の近くに着地する。
「リア様、大丈夫ですか?」
「ぅ……」
リアが上体を起こす。その小さな体から、血がドバドバと流れ落ちた。
「リア無理に起きなくていい」
「……申し訳ない……あんな者に遅れをとるなど……」
自身の回復魔法が、間に合っていないのだろうか?リアなら、それくらい簡単にやってのけると思っていたのだが。俺を助けたあの時のように。
それとも、自信を回復させることが出来ない……とか?
「イツモノ、リアサマジャナイ……」
チュンですら、リアの異変に気づいている。やはりリアらしくないということか。
シャミィがキッとチュンを睨みつける。余計なことは言うなと言いたげだ。チュンはそれに気づかず俯いている。チュンはチュンでリアを心配しているのだろう。
「リア様、失礼します」
そう言ってシャミィは、リアの膝に乗った。そしてシャミィの体が緑色の光に包まれる。その光が徐々にリアをも包み込んだ。
光はリアの傷を全て癒した。負ったはずの傷がどんどん消えてなくなる。まるで傷など負っていなかったかのように。
「シャミィ、ありがとう」
リアはシャミィの頭を撫でた。黒猫はこれ以上ないほど喜び、喉を鳴らしてその手に擦り寄っている。やはり猫そのものだ。
「ここにいつまでいても仕方がない。とにかくグランの元に行こうぞ」
立ち上がるリアのその言葉に、いつもの覇気と堂々とした振る舞いを感じられなかった。
恐らく、全てはリアの過去とあの女との関わりが関係しているに違いない。どこまでも許せないやつだが、確かにリアの過去は気にはなる。
自然と疑問は生まれるが、他者の過去にズケズケと首を突っ込むなどデリカシーに欠ける。
リアが自ら話すまで尋ねるべきではないだろう。
いろいろと聞きたいこともあるが、今はとりあえず全て呑み込むみ俺は首を縦に振った。
「そうだな。まずは報告をしよう。被害状況も知りたい」
俺達は、餓鬼狩り協会へと足を運んだ。
餓鬼狩り協会へ向かう道中、まだ明け方だというのに、人の往来が激しい。
治癒士が皆、魔力枯渇を引き起こし動けない状態なのだろう。包帯などの応急処置の道具を、まだ動ける兵士や戦闘に加わっていない餓鬼狩り達が、現場まで運んでいたのだ。
横を通り過ぎる俺達に、目もくれて居ないようだった。
リアはその姿を変えていない。当然、瞳も深紅のままだ。普段ならかなり目を引くはずである。下手すると兵士に刃を向けられていたかもしれない。
それすらも素通りしているのだから、かなり酷い状況なのだろう。
それにしても、なぜリアは姿を変えていないのだろうか。
深紅のドレスは置いといても、深紅の瞳は街の住人に、自分が吸血鬼であることを言いふらしているようなものだ。
リアはあれからずっと黙ったままである。なにか思い詰めている様子だ。もしかしたら自分の姿に、気が回っていないのかもしれない。
声をかけようとしたが、スタスタと先を行くリアに声をかける勇気が出なかった。その背中は手を伸ばせば届くはずなのに、いつもより遠く感じた。
俺達は、邪魔にならないよう避けながら餓鬼狩り協会のマスター室へと向かう。
シャミィの人を避けて歩く姿が、とても滑らかで無駄がない。本当に魔族かと疑ってしまう。
チュンなんかは、俺の肩で得意げに胸を張っている。人間相手に、マウントでも取っているつもりだろうか。
「おぉ、アメリア様。それにカイン」
扉を開け訪れた俺たちに、グランが安堵の声を漏らす。しかし、その声には覇気を感じられなかった。普段の煩わしい程の気迫がない。
俺達は中に入り、グランが鎮座するテーブルの前まで歩み寄る。シャミィはリアの足元に座り毛繕いを始めた。チュンは相変わらず、俺の肩から離れようとしない。
ここには、グラン以外誰もいないようだった。
「グランこそ大丈夫か?」
「おうよ。これくらいじゃくたばらん」
右手に力こぶを作り、元気な風を装うが明らかに力なく弱々しい。魔力を使い果たしたか。
リアは今もずっと黙り込み、一言も言葉を発しない。
「被害状況はどうなんだ?」
俺は真剣な眼差しで、恐る恐る尋ねる。知りたくは無いが、知っておかなければならないだろう。同胞の死は、心に留め置かなければ。
「負傷者は多数。今現在、早急に治療に当たっている。死者は……兵士、餓鬼狩り共に合わせて、12人……」
12人……。多い。俺は胸を打たれた。
この街はそんなに大きくは無い。兵士も餓鬼狩りも人材には頭を抱えていた。それなのに、12人も失うことになるだなんて……。
「今度はそちらの報告を聞こうじゃないか」
俺は我に返り、これまでの経緯を全て話した。
「それは、闇魔法だな……」
全て話し終えると、グランは考え込むように唸った。
「闇魔法?」
聞いた事のない言葉に、首を傾げた。
「闇魔法というのは、厳密に言うとこの世の原理から外れた魔法だ」
この世の原理から外れた魔法?確かにアレクシアが使っていた魔法は、何も無い場所に突如として扉が出現したり、人を鬼に変える霧を放ったりしていた。
そう言われてみると、この世に存在しないものばかりである。
「魔法は大きくわけて4つに区分される。火、水、風、土。俺達人間は、この4種の魔法を使い分け応用し、あらゆる魔法を生み出してきた。火は主に攻撃、水は治癒、風は自然を操り、土は物作りに長けている。しかし、この4種の魔法を自在に操れるのは人間だけだ」
グランは、立ち上がり窓の外を見る。まだ怪我人の対処は終わっておらず、応急処置が引き続き行われていた。
「エルフは水と風を操り、ドワーフは土を操る。獣人は、火を扱うのがとても上手い。だが、例外もある」
例外……?俺は怪訝な顔でグランの背中を見る。いつもは大きく見えるそれは、今はとても小さく弱々しく感じる。
グランは振り返り、続けた。
「かつて現れた勇者がそれだ。勇者は火、水、風、土を扱っていなかった。それよりも勇者にとって強力な魔法があったからだ」
勇者、それはかつて魔界の扉を閉じたとされる伝説の勇者。その勇者が4種の魔法では無いものを使っていた?
「勇者が使っていたのは、光だ。そして光が相対するのは……」
「闇……か」
グランは頷く。
「しかし、闇魔法は人間には使えない。勿論、エルフやドワーフ、獣人もだ」
だとしたら、誰が……
「そうか吸血鬼……」
「それも悪くない答えだが、正しくは魔族だ」
俺は合点がいった。勇者が魔族を退けることに成功したのは、闇魔法が苦手とする唯一の光魔法を扱えたからに他ならない。そして、吸血鬼は魔族だ。扱えるのも頷ける。
「闇魔法は、この世の原理に反したものだ。亜空間を作り、行きたい場所へ瞬間的に移動するなど原理に反しているだろう?」
火は、魔法がなくともこの世で作り出せるものだし、水は生きていく上で必要なものだ。風は自然そのものだし、土は造り手の腕にかかっている。
勇者が使った光魔法は例えれば太陽。凡人に太陽を扱うなど出来はしない。
反対に闇魔法は、この世に無いものを扱う。元より魔界という、この世界とは別の空間にいる者のみ使える魔法、というわけか。
「だが、その闇魔法もそれほど強力なものとなると、誰しもが扱えるわけではない。下位魔族は愚か、上位魔族ですら困難だろう。アメリア様程の実力があれば分からないが、アメリア様程の力を持つ者が他に現れるなど有り得ない」
だが、あの女は難なく使っていたぞ。吸血鬼が、生まれながらにして上位魔族に分類されることは何かの本で読んだことがあった。
いや……待てよ……吸血鬼は先に言った通り、上位魔族だ。だが、魔族に変わりは無い。
ではなぜ吸血鬼は、閉ざされたはずの魔界の扉を無視してこちら側で暮らしているのか。そして餓鬼はなぜ長年の間、絶えず出没していたのか。
餓鬼は吸血鬼が飢えに耐えかね、餓鬼と化す。ではその吸血鬼はどこから来ているのか?
近年、餓鬼の討伐数はほぼ変わらない。だが、吸血鬼はあまり見られない。あれだけ餓鬼を弔い続けてきた俺だって、吸血鬼に初めてであったのがリアだったのだから。
いくら正体を隠して生きているからと言っても、目撃情報が少なすぎやしないか。いや、むしろ無いに等しい。それほど隠し通すことに長けている、とも考えられるが……。
「では、あの女は一体なんなんだ?いや、そもそも吸血鬼とはなんなんだ」
吸血鬼について、謎が多すぎる。
こんなことを、リアの前で問いかけるのもおかしい気はするのだが、そんな疑問を拭いきれない。
グランは口を噤んだ。それより先は、言葉にするのを躊躇っているようだ。
「……ここから先は我が話そう」
やっと口にしたその声は、とても沈んだ声だった。
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それではまた次回に♪
「リア様の過去が明るみににゃるにゃ」




