疾走の吸血鬼②
「カイン……!?帰ってきたの?」
「あぁ、待たせた」
街まで瞬間移動すると、すぐさま俺達の周りを人々が囲んだ。見渡せば、かなり悲惨な状況だと言うことが分かる。
骨折している者、五体満足にない者……。軽傷の者から重傷の者までいた。装備もボロボロで、ほとんどその意味を成していない。
人混みを掻き分けてやってきたのは、レーナだった。目元に隈が出来ており、とても疲れたような顔をしている。いつもはみんなを安心させるように、と笑顔を絶やさないレーナだが、今回ばかりは疲労を隠すことが出来ないでいる。
それほど、この襲撃が悲惨なものだと物語っていた。
「カインよ。我は一度グランの元に様子を見に行く。決して無理をするでないぞ」
「あぁ、分かってる」
いつの間にか、銀髪の姿になっていたリアは姿を消す。
チュンとシャミィは俺から離れようとせず、周りを警戒している。一言も口にしない所は、さすがリアと契約している魔族なだけあって優秀だ。人の前で話されちゃ、色々とまずいからな。
「あの人、誰?」
怪訝そうな顔で尋ねるレーナ。そういえば、会わせたことはなかったな。
「いや、えーと……その話はあとだ。レーナ、まだ力は残ってるか?」
「実はもうほとんど……」
レーナに軽い防御魔法を掛けてもらうつもりだったのだが、やめておいた方が良さそうだ。
「そうか。わかった。無理をするなよ。レーナまで倒れたら洒落にならない」
「分かってるわ。カインも気をつけて」
と言ってもレーナのことだ。無理をするのだろう。早くこの事態を何とかしなければ……
「カイン、さすがのお前でもあれだけの餓鬼を相手にするのは無理だろ」
横槍してきたのは、オルニスだった。
久しぶりに目にしたが、さすがに今日は真面目に仕事をしていたようだ。その証拠に身体は、かなりボロボロである。まぁ、こんな時にまで飲んだくれていたら、かなり目を疑うけどな。
オルニスの頭には包帯が巻かれ、腕や片足は骨折しているようでがっちりと固定されている。いつもの鎧は着ていなかった。これではもう戦場に行くのも無理だろう。
「俺はこの街を守りたいんだ。何がなんでも行くよ」
そう伝えるとオルニスは、「だけど、あの量だぞ」と渋った。俺は「安心しろ、俺は死なない」と伝え、門へと向かう。
オルニスは俺を心配しているのだ。隙を見て連れ込まれているだけだが、一応飲み仲間だからな。無理もない。他の者も同様、心配そう顔を俺に向けている。本当に大丈夫なのか、あんなのもう無理じゃないか、と。
だが、世界最強の吸血鬼リアが動いているんだ。俺も自分にやれることをやらなければ。ここで動かないで誰が街を救える?
「これは骨が折れそうだな」
餓鬼は、防御壁のすぐ側まで迫っており、今も破壊せんと攻撃を続けている。門の外に行くのにも苦労しそうだ。
「リア様が来るまで持ちこたえるのにゃ」
「チュンモ、カセイスル」
チュンとシャミィは小声でそう告げた。
「助かるよ。だが、あまり人に見られないようにな」
「合点承知にゃ」
俺は、門のそばに居る餓鬼に剣を振るった。
シャルロッテの力を借りても、グランの意識はギリギリ保っていられるかどうかであった。すでにグラン自身の魔力は底を尽いているのだ。
シャルロッテが補助として魔力を注いでいなければ、既に防御壁は破られ、この街は餓鬼の侵入を許していたことだろう。
「リア様、おかえりなさいませ」
顔を上げるとそこにいたのは、深紅の髪と深紅のドレスを着た少女だった。
「!?アメリア様!ということはカインも……?」
帰ってきたのか。グランは少し胸を撫で下ろした。これで何とかなるかもしれない、と少しの希望が見える。グランに頼るしかない現状に情けなく思えるが、長すぎる夜に一筋の光が差し込んだ。
「うぬ。今、壁の外で戦っておる。お主も、もう少し持ち堪えられるな?」
「もちろんです」
ここで諦めてしまえば、この街を守って逝った者に顔向けができないと言うものだ。
「シャルよ、我の不在中によくやってくれた。感謝する」
「いえ、リア様がご慈愛されているこの街をお守りするのが、私の務めです」
シャルロッテは胸に手を当て、頭を下げる。
「グランのことは、このままお主に任せる。抜かるなよ」
「はっ」
アメリア様は、その姿を消す。どうやってここへ来たのか、そしてどこへ消えたのか……まるで幻影だったのかと目を疑うほどだ。
「グラマス……一体この者達は……?」
その光景をただ、あんぐりと口を開け見守ることしか出来なかった秘書は、静かに問うた。
「あはは、詳しくは後で話すが安心しろ。皆、味方だ」
先程のは明らかに、吸血鬼だった。吸血鬼が人の味方をするとは到底思えないが、マスターの言うことなら、と黙って従う秘書であった。
門の前にいる餓鬼を次々に弔い退けると、俺の後ろの方から歓喜雀躍の如く、どよめく声が次第に高まった。地の底まで落ちていたであろう士気があがり、まだ動けるものが後から後から俺に続く。
シャミィは、人に気づかれないよう得意の技を使っていた。声を発するだけで直線上の餓鬼を一瞬で弔う、あの技だ。これだけの餓鬼がいれば、容易には気づかれないとは思うが、上手く人目を忍んで行動している。さすがと言うべきか、感服する。
チュンは恐らく反対側の人目につかないところから魔族を誘導し、攻撃を仕掛けているのだろう。先程から集中して一言も発していない。今ならイタズラしても気づかないのでは?
「多いにゃ!一体これだけの餓鬼、どこに隠れてたのにゃ!」
黒猫がボヤく。さすがの魔族でもこれは少々堪えるようだ。
「もう、お手上げか?」
「まさかにゃのにゃ」
その小さな体でよくやるよ。
俺は前から横からと襲いくる餓鬼を薙ぎ払い、弔っていく。次から次へとやってくるので、手の休む暇もない。
「しまっ……!」
体制が崩れたその刹那、後ろで餓鬼が牙を向いていたことに、半歩気づくのが遅れてしまった。
まずいこのままでは……!
しかし、その牙は爪は俺に届くことは無かった。目を凝らさないと見えないほど細い糸が、餓鬼を一瞬で灰にしたのだ。
「リア!早かったな」
銀髪の姿のリアが現れ、難なきを得た。またリアに助けられてしまったな。
「うぬ。カインよ、もう少し時間を稼いでくれるかの?」
「あぁ」
何をするのかは知らないが、俺はリアを全面的に信じる。きっとこの事態を好転する一手が、リアにはあるのだろう。
銀髪の姿の吸血鬼は再びその姿を消した。俺はそれを見届けてから、目の前の餓鬼に集中する。
日が昇るまであとどれくらいか。このまま、日が昇らないのでは無いだろうかと不安にさえ思う。
兎にも角にも今はリアを信じる他ない。
ちょうど餓鬼狩り協会の真上に位置する上空に我は佇んでいる。ここなら均等に魔法も仕掛けられよう。
「この辺でよいかの……もし同胞が外にいたら申し訳ない話だが、今はそんなことも言っていられぬ……許せ」
この街に、吸血鬼は我とシャルロッテのみ。そもそもそんな心配をしなくて良いことは、分かり切っている。ただ、この魔法は加減がかなり難しい。やり過ぎれば人ですらも害となる。
光線の灯火。
それは太陽を模した、神々しいまでの光を放つ魔法。鋭い光線を放ち、あらゆる生き物の皮膚をやけ焦がす凶器にもなりうる。
だがそれは、我にとっても不本意な話である。餓鬼がある程度弔うことが出来れば、それで良いのだ。
必要なのは集中力。太陽のように強く輝き、しかし人に害の及ぼさない程度の光。
凡人には、光線の灯火を模すことは不可能と言える。この魔法にこのような使い方があること事態、今となっては知る者すらいない。かなり危険が伴う故に高度な技術。試みていた者は既にこの世を去ってしまった。
「彼の者らに安らかな眠りを……光線の灯火」
静かに呟いたその直後、我を中心に街を太陽の如き光が放たれた。街を取り囲む餓鬼や人鬼は、予想外の光に避ける間もなく照らされ、次々に灰と化していく。
光が止む頃には、街を取り囲んでいた餓鬼や人鬼達のほとんどが弔われていた。あとは、木の影などで光線の灯火から逃れた餓鬼達が、ちらほら見える程度となった。
それらがまた、この街を襲ってくるまでには数分はかかるだろう。その間に人間達は体制を整えられる。グランの魔力もシャルによって、少しは補給出来るに違いない。
突如として現れた強い光。それは一瞬の閃光のようだった。中にはそれを直視してしまい、目が眩んだ者までいる。
「なんだ今の光は!?」
「おい、見てみろ!ほとんどの餓鬼が灰になっているぞ!」
「こんな力、見たことない……」
次第に人々は騒ぎ始める。無理もない話だ。その光によって、街の周囲にいた餓鬼や人鬼が灰と化してしまい、一瞬にして跡形もなく消え去ってしまったのだから。
「!?」
「なんですか今のは!?」
一瞬の閃光が、餓鬼狩り協会のマスター室にも照らされた。
グランは驚愕し、危うくその場から動くところであったが、瞬時に思いとどまった。
秘書は安全確認のためか、窓の外を見上げる。光のあった方角。そこには一つの影が見えた気がしたが、月明かりでそれが何かまでは分からなかった。
そしてその影はもう既にない。見間違いだろうか。
「今の魔法は、まさか……」
「リア様の……お力です……」
やはりアメリア様か。恐らくあの閃光で、街の周囲にいた餓鬼はほとんど弔われただろう。その証拠に、今は最大級防御魔法で張られた防御壁が、攻撃を受けている様子はない。
ところで、今の声はどこからしたのだろうか?
「えーっと……?」
キョロキョロと見回すと、先程まで俺の後ろにいたはずのシャルロッテが部屋の隅で縮こまっていた。
優秀な秘書ですら、その姿に戸惑っている。
「シャルロッテ殿、何をしているんだ?」
「ま、眩しいのです……」
それはいつもの淡々とした口調からはかけ離れ、ただか弱い女の子のように弱々しくか細い声だった。
「「……あー……」」
瞬間、合点がいった。
そういえば、吸血鬼は日の光に弱いんだったな。
なんという力だろうか。
街の周囲にあんなにいた餓鬼も人鬼も一瞬で弔われ、束の間の静寂が返ってくる。遠くにはまだ餓鬼の姿が見受けられるが、それでもこちらが立て直せる時間くらいはあるだろう。
閃光のような光のおかげで、半分目が眩んだ状態ではあったが、周囲の状況は瞬時に把握することができる程度だ。
「今のは、リアがやったのか?」
シャミィが傍まで駆け寄る。足音も立てずにやって来る様は、まるで猫そのものだ。誰が魔族と言えるだろう。
「リア様の光線の灯火にゃ。何度見てもお美しいのにゃ」
そう言って街の中央、上空を見上げる。その目にはなんの陰りもなく、心の底から崇拝しているようなそんな眼差しだった。
「こんなあっという間に……」
「リアサマガ、ツヨイノハトウゼン!」
チュンが誇らしげに胸を張る。
「カイン、無事かの?」
突如として現れたのは、銀髪のリアだった。先程まで上空にあった気配はいつの間にかなくなり、それは目の前に移っている。
「あぁ、大丈夫だ。それより今のうちに立て直せる。リア、感謝するよ。ありがとう」
「べ、別に大したことはしておらん」
なんでもないように、それでいて少し照れたように顔を逸らすリア。最強の吸血鬼は感謝されることに、慣れてはいないようだ。
「今のうちに立て直すんだ!」
どこからか、そんな声が聞こえてくる。
リアのおかげで皆の士気も戻った。あとは残党が来るまでになんとか立て直し、迎え撃ちながら夜が開けるのを待つのみだ。
「「!?」」
「この気配は……!」
安心したのも束の間、膨大な気配を肌身で感じる。それは街の上空。どこかで感じたことのある気配だった。
「我が行く」
「リア!?」
すぐさまリアが飛び出し、姿を消す。その気配は、既にその上空にあった。
何となく嫌な予感がする。このままにしてはいけないような……。
「くそっ」
俺は悪態をつき、そのままリアを追って駆け出す。上空にいる彼女らにどう対面するか、なんてことを考えるのは後回しだ。
「嫌な予感がするにゃ。この間は言えにゃかったんにゃが、あの気配、どこかで感じたことがある気がするのにゃ」
シャミィも後からついてくる。
「知ってるのか?」
足を止めずに、俺は黒猫に問いただす。
「分からにゃい。けど、そんにゃ気がするのにゃ」
曖昧な答えに俺は苛立ちを覚える。まぁ思い出せないのなら仕方がない。この場でとやかく言ってもどうしようも無いからな。
今はとにかくリアの傍に向かった方がいい。この胸騒ぎが、杞憂であるならいいのだが……。
「やっときたのね、アメリア・リングハート・レヴァリアス。あなたと二人きりで話したかったのよ」
ウェーブ状に長く伸ばした紫の髪と、マーメイドラインの黒いドレスを身に纏ったアレクシアがそこにいた。
我と同様、空中で佇んでいる。この魔力、まさかとは思っておったがやつは恐らく吸血鬼だ。
「貴様は何故このようなことをするのだ。このようなことを続けれておればいずれ、火の粉は己に向けられるのだぞ」
「そんな事どーでもいいわ。説教するのならどっかいってちょーだい。わたしはあなたと、そんな話がしたいわけじゃないのよ」
忠告のつもりで告げたのだが、それを吐き捨てるアレクシア。
一体なにが目的だと言うのだ。このような事をして、やつになにかメリットでもあるのか。それともただの破壊衝動とでも言うのか。
元より吸血鬼は魔族。魔族は、破壊衝動に囚われる者が多い。稀に、吸血鬼にもそのような者がいることにはいるが……
しかしそれは、あくまで破壊衝動であって、加虐心では決してない。
「だったらなんだって言うのだ。貴様は一体なんなのだ」
「まだ思い出せないの?私達悲しいわ」
思い出せない?我が何かを忘れていると?
じーっと見つめるが、あのような顔は一度たりともお目にかかったことがない。長年と生きているが、記憶力には自信がある方だ。
「あの時、私達は止めたのよ?それなのにみんなの意見を無視したのは、あなた達じゃない」
「なんの話しをしておるのだ」
やつの言葉が何一つ分からぬ。止めた?みんなの意見を無視したとはなんだ?それにかなり引っかかる言い回しをしている。
少しイラつきを覚えた。
「……そう、本当に忘れてしまったのね。まぁ無理もないわ。あなたは、ほんの小さな子供だったのだから」
こやつは我の小さい頃を知っている……?一体何者なのだ……。
「けれど、あなたは生まれ持ったその強大な力を持ってして、か弱き者達の命をその手で滅ぼした。それは何よりも罪深きこと」
「!?」
「故に……忘れるなんてことあってはいけないのよ!!!」
その言葉と同時に、体ごと吹っ飛ばされ先にあった建物を破壊する。黒い影のようなものが太く長く鞭のようにしなやかに動き、それが我に次から次へと無造作に打ち込んでくる。
「……くっ」
「あなたにとっては、些細なことだったんでしょうね!」
アレクシアの悲痛の声と共に何度も何度も打たれ続け、避ける間もない。
「私達を忘れるなんて許さないわ!」
「ぅ……」
やっとその手を止めたアレクシアは、瓦礫に埋もれた我に近づく。我は呻き声を上げ、容易には立ち上がれない。
この我が、このくらいの力に息絶えるなどありはしない。ただ、ある一つの可能性と真実に動揺し身体が上手いこと動かず、鉛のように重たい。それは我にとって忘れられない、忘れてはならない出来事であった。
「ねぇ、アメリア・リングハート・レヴァリアス?あなたが今まで生きてきて、必要とされたことある?独りぼっちで、誰もあなたを知らない。見ていない。気味の悪い容姿。吸血鬼としても半端者。それでいて人間からも愛されない。吸血鬼のみならず人間からも恐れられて……可哀想な子。でもあなたが悪いのよ?あなたが存在していることが、それだけで罪なの」
「……あなたは……あなた達は、もしかして……」
我は声を振り絞る。答えは分かっていた。ただ、信じたくないのも事実。しかし、受け入れなくてはならない真実。
「やっと思い出してくれたかしら?」
「……」
それは、我の疑問を肯定するという表れだった。
「もう終わりでいいんじゃないかしら?十分生きたじゃない。そんな辛い生活を無理に送らなくていいのよ」
アレクシアは、右腕を振りかざす。とどめを刺そうとしているのだろう。
我は目を閉ざし、身を任せる。容易に死ぬ事が出来ぬ身だが、この者の暴力に抗う気力をもう持ち合わせていなかった。
その腕が振り下ろされる。
「リア!!」
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最強のはずのリアがボロボロになるなんて……一体どんな過去があるのか?
また次回に♪




