疾走の吸血鬼①
今夜は空がとても明るい。待宵の月が光り輝きそこにあるはずの無数の星が、今日は霞んで見えた。
しかし、この街の人々は今空など見ている余裕もなかった。すぐそこに迫っている脅威に、身を削る思いなのだ。
すぐそこに迫る脅威……それは餓鬼狩り協会のグランドマスターが、一番恐れていた事態であった。
協会随一を誇るカイン・ヴァレスティア。ミスティックヘイヴンの番人アメリア・リングハート・レヴァリアス。この二名を欠いた所を狙われてしまうとは。なんとも手痛い。
街に住む住民には、既に避難を促した。この協会の地下は、非常事態に備えて避難所となるよう設計されている。その為の備蓄も常々行っているのだ。
避難は最悪の事態を予見して、念の為のことであった。最悪この広い街を守らずとも、この協会だけに集中することも出来る。
しかし、壁の外で体を張っている者達がいる間は俺も寝を上げている場合じゃない。
「師匠!なんで俺はいっちゃダメなんだよ!?」
「ちょっとクー!グランおじさんは今は忙しいんだから、やめなさいよ」
「けど、俺だって力になれるかもしれないだろ!?」
餓鬼狩り協会の中心部に位置するこの部屋、マスター室にヴァレスティアの忘れ形見が押しかけてきていた。
避難所で大人しくしてくれるとは、正直思ってはいなかったが、この子達に何かあってしまってはあのカインどころか、俺の親友でもありかつての英雄ザラク・ヴァレスティアとその妻リリアにさえ顔向けできない。
「一応聞くが、なぜ戦いたいんだ?」
「だって、兄ちゃんいないだろ?兄ちゃんがこの街守れなかったら、他に誰が守れるっていうんだよ!だから俺も……」
この街は、餓鬼狩りがそれなりに多い。だと言うのに、この生意気小僧は今の一瞬で餓鬼狩りに喧嘩を売ったも同然だ。この場に俺たちと秘書以外、誰もいなくてホッとする。
「クー!あんたが行っても足手まといになるだけよ!」
「姉ちゃんは分かってない!俺だって強くなったんだ!」
キーラは賢い子だ。自分だって不安だろうに、クエンを守ろうと必死なのだろう。震える体に鞭打っているのが分かる。
これは、どうやってクエンを落ち着かせたものか……。
「まぁ落ち着きなさい、クエン。キーラの言う通りだ」
「なんでだよ!」
「それよりも、クエンには大事な任務があるだろう?」
「大事な任務?」
「カインはいつもクエンとキーラを守るために戦っている。それはキーラと共にクエンが居てくれるから思う存分戦えるんだ。けど今日はいない」
「だから俺が……!」
俺は首を横に振った。
クエンの気持ちは重々理解できる。未熟でも戦えるようになったのだ。少しでも役に立ちたいと願うのは、さすがカインの弟と言うべきか。
俺も可能なら前線に出てこの街を守りたいと、思わずにはいられない。だが、その思いは必死にしまい込む。
ここから一歩でも動けば、最大級防御魔法が溶けてしまう。そうなれば……言わずもがな悲惨な事態が待っていることだろう。
「クエンが行ってしまったらキーラの身に何かあった時、誰が守るんだ?」
「……」
クエンは、ここに来て初めて口を噤んだ。やっと分かって貰えただろうか。
「キーラを守れるのは今はクエンだけだろう?カインが戻ってきた時に、お前達がどうにかなっていたら悲しむのはあいつだ。違うか?」
「……分かったよ」
二人は大人しく部屋へと戻って行った。キーラは去り際、感謝を述べていた。あの歳でしっかりした子だ。
街を襲う脅威に、必死に立ち向かう者たちの姿がそこにはあった。だが、終わりの見えない脅威は餓鬼狩り達へ恐怖を植え付けるのにそう時間はかからなかった。
「ひぃ!来るなぁぁああ」
耐えられなくなった者から脱落していき、それがまた恐怖というウイルスとなって伝染していく。また一人……また一人と。
「おい!嘘だろ!こんなの防げるわけ…ぐぁあああ!」
恐怖に必死に抗っていても、すぐ隣で戦っていた者が次の瞬間姿を消す。そんな恐怖に耐えられる者が果たしているだろうか。
「グラマス、ご報告です!未だ、餓鬼の襲来は収まるところを知りません。しかしこちらは、餓鬼狩りの負傷者およそ57名、死者7名。兵士の負傷者63名、死者5名。これにより、ほとんどの餓鬼狩りと兵士が壁の中にいます!」
秘書が慌てた様子で、マスター室へと駆け込んでくる。焦っていても、しっかりと報告をするのだから、秘書の実力はいつ何時も信用に値するものだ。
だが、被害報告だけは聞きたくは無いものだった。
負傷者は、なんとかなる。この街に住む治癒士は、あのレーナを筆頭に皆、優秀だ。
聞きたくなかったのは、死者の方だ。優秀な人材達を既に12名も失ったということ。このままでは被害は拡大するばかり。
それに、ほとんどが壁の中にいるということは……
「つまりこの防御壁が失われれば、一向の終わりということか……」
日が昇るまで残り5時間……保てる自信はない。
なんとかして対策を練りたいが、何も思いつきはしない。日が落ちてたったの数時間で、手詰まり……か。
この時のために備えはしてきたはずだ。だが、この短期間で出来ることも少なかった。それを考えるとよくやった方だと思う。
諦めるつもりは毛頭ない。俺がこの防御壁を守り着れば良いだけなのだ。死んでも守り通さねば……。
日が落ち始めている。あいつが言っていたことが本当なら、恐らく今日辺りが山場だろう。
「時間が無い。リアの魔法で飛んでいけないのか?」
「無理よの。我のみなら可能だが、お主まで連れていくのには距離がありすぎる。せめて見える距離まで行かねば……」
あの時、リアは俺を黒い霧から切り離す為に瞬間移動魔法を使っていた。だから、ここからミスティックヘイヴンまで容易に移動できると思ったが……。甘い考えだったようだ。
魔法とは便利だが、都合のいい道具では無い。
リアだけでも街に行けば、きっと街は守られる可能性が高い。それでもリアが行かないのは、俺の安否を思ってのことだろう。
ヴァレスティアの忘れ形見。リアはそう言っていた。恐らく俺の両親を知っているのだ。だから、グランに生きて帰すと誓ったのだろう。
だが、俺はリアの足手まといになどなりたくはない。それに街の人々の命と俺の命、どちらをとるかなんて天秤にかけるほどでは無い。
「リア、だったら俺を置いて君だけでも行ってくれ」
「……正気かの?」
「あぁ」
「はぁ……言っておくがの。我は、無償で人間の味方をする英雄でも勇者でもない。なんの関わりもない者共の面倒など見る義理はないのだ」
「だが、あそこには……!」
「シャルのことなら大丈夫よ。あやつは防御魔法に優れておる。最悪の場合、あの街から逃げることも伝えておるしの」
「……」
「安心せい。なにも見捨てているという訳では無い。我はあやつの目論見が非常に気に食わぬ。故にこれ以上の被害は解せぬのだ。ただ、優先順位が違うだけの話しよ」
「俺の事なら心配しなくても……!」
「今は口を動かさず、足を動かすのだ。お主に何を言われても我は、変わらぬぞ」
俺はそれ以上口にすることが出来なかった。確かにリアが簡単に自分の考えを変えるはずはない。それに、説得する方法も思いつかなかった。
今はただ、街に向かって走るくらいしかないということか。
ここはミスティックヘイヴンの門の内側。簡易的なテントが建てられ、そこには多くの負傷した餓鬼狩りと兵士が横になっている。
その中に、必死に治癒魔法を施す者達がいた。街の中で少しでも治癒が使える者が招集されたのだ。人間のみならずエルフもいる。
エレナ・グランデにとって、それはとても心強いことではあった。これなら何とかなるかもしれないとさえ思っていた。だが、その考えが愚直だと思い知らされる。
この方はさっきも負傷していた。治癒魔法をかけたのにまた負傷してる……
外から戻ってくる度に、その顔が恐怖に染められていくのをレーナは感じていた。
きっと、直さなければこの方は外に行かなくて済む。そうしたら恐怖から逃れられるのに。
しかし、レーナにはミスティックヘイヴンの治癒士としての責務がある。治癒魔法を施さない選択肢がなかった。治癒を施され、喜びよりも恐怖の色が増していく者達を半ば無理矢理にでも門の外へと送り出す。
治癒士もまた、魔力のみならず心も疲弊していった。
もし、この場にカインがいてくれたなら……。餓鬼狩りも兵士もなにかとカインを頼りにしていた。レーナもそう願わずには、いられなかった。
「早くカイン、戻って来て……」
呟く言葉は届かないと知りながら、意図せず口をついて出てしまっていた。
防御壁が餓鬼により、四方から攻撃を受けているのがわかる。攻撃を受けそれを修復し、そして攻撃を受けまた修復……。これを繰り返せば魔力の消耗が激しいことは、グランが一番身に染みて分かっていた。
「く……これまでか……」
決して諦めた訳では無い。ただ、魔力が底をつきそうなのである。心と魔力は比例しない。気持ちが強くとも魔力が増える訳では無いのだ。
グランは、前線で戦う者たちに協会まで撤退するよう命じようとしたその時、何者かが侵入した。
「よくこれまで持ちましたね」
「何者!」
侵入者は、突如として部屋の端に現れた。どこから侵入してきたのかは分からない。扉も窓も開いた形跡がないのだ。
秘書が即座に武器を構える。こういう時の為に秘書には護身術を身につけさせていた。だが、グランは直ぐにそれを制した。
「君は……!」
「リア様のテリトリーを侵すものは、何人も許しはしません。あなたのその努力に免じて、わたしも助力致しましょう」
そこには、銀髪をツインテールにし、黒のメイド服を着たエメラルドグリーンの瞳をした吸血鬼、シャルロッテ・モンターナがいた。
「あなたにお力添え頂けるのは、願ったり叶ったりですね」
なにが起きているのか理解出来ていない秘書を置き去りに、シャルロッテはグランの背中に周り、その手をグランの背に添える。
その瞳が赤に染まったことを知り、秘書は再度短剣を構えようとしたが、グランが先程発した言葉と行動を思い出し、それを信じることにした。
日が暮れ、太陽の光が届かなくなると徐々に餓鬼の姿が見え始め、あっという間に俺たちの周りを餓鬼が取り囲んでいた。
襲い来る餓鬼を弔いながら少しずつ前に進むが、これでは街に着くのは一体いつになることやら。
「キリが無いの……カイン!」
リアにその小さな手を伸ばされ、俺は生唾を飲み込む。リアのその真剣な深紅の眼差しに、俺は大きく頷いてからその手を取った。
瞬間、周りの風景は姿を変える。と言っても森に変わりはなかった。そして餓鬼も先程と変わらずだった。
構わずリアはまた瞬間移動をする。何度も何度も……。
目まぐるしく風景が変わり、段々目が回ってきた。そうしてやっと止まったかと思えば、急に吐き気を催してしまった。木陰まで行き、上ってきた物をそのまま吐き出す。
「これくらいで貧弱にゃ」
「ヒンジャク、ヒンジャク」
こいつら……腹が立つ!瞬間移動自体が初めての体験なんだ。こうなってもおかしくは無いだろ!?
だが、言い返す気力もなくただ睨みつけるだけに終わった。
やっと落ち着きリアの元へ戻ると、リアも膝に手を置いていた。
「流石に連続は疲れるの」
「いや、助かったよ」
「リア様大丈夫かにゃ?」
「うむ……」
こいつ……!俺とまるで態度が違うじゃないか!確かにリアは主なので、先程の俺への態度と同じくは出来ないのだろうが。だったら俺にも優しくしてくれよ……!
まぁそれはそれとして……ここに来るまでの間、ずっと餓鬼がいたような気がする。これほどまでの餓鬼が、一体どこに隠れていたというのか……
俺は街の方角を見た。どうやらここは街を一望できる崖の上のようだ。お陰で街の全容が分かる。
街の四方を取り囲むようになにかが群がっていた。
餓鬼だ。ここからでは見えないが恐らく人鬼もいるだろう。
少なく見積ってもその数およそ5万。いや、ここまで来るのにも餓鬼や人鬼がいたことを加味すると、10万は下らない。
やつが言っていたように、計画は実行されてしまっていた。
街を守る最大級防御魔法は攻撃を受け、所々ヒビが入っていた。グランの魔力が尽きそうなのか、ただ修復が間に合っていないだけなのか。
どちらにせよ、かなり危険な状態だということが分かる。急がねば、取り返しのつかない事態が起きてしまう。
「最後の1回、行けるか?」
「我に出来ぬという言葉は存在せぬ」
リアはなんでもないとでも言うように立ち上がった。それは本心なのか、はたまた強がりなのか。
そして俺たちはもう一度飛んだ。
治癒士が続々と倒れる中、レーナだけは必死に治癒魔法を施していた。
「う……ぅ……くっ」
この者を治療するのはもう何度目だろうか。今回は腹に穴を開けていた。大量の血を既に流していた為、治してもこれ以上は貧血で戦えないだろう。
かと言ってほおって置く訳には行かない。
「大丈夫ですよ。今治しますからね」
これまでに数多くの者を治癒してきた。レーナの魔力も他の者より膨大とは言え、無限では無いのだ。いずれはそれも朽ちてしまう。
まずい……これ以上魔力を使い続けたら私まで倒れてしまう。
だが、彼女に治癒の施しを止めるという選択肢はなかった。例え自分が倒れても治癒し続ける。それが彼女の治癒士としての意地とプライドだった。
そんな折、テントの外が騒がしいことに気づいた。歓喜のようなそんな声だった。気になりテントの外へと飛び出す。
そこには人だかりが出来ていた。一体なんだろう?
テントの入口から人だかりの中央を覗き込むと、その隙間から見慣れた顔が見えた気がして、レーナは急いで人を掻き分けその中央へと向かう。
期待と歓喜が先じて気持ちが急いてしまっていた。この人だかりが煩わしい。もし本当に彼なのだとしたら……
そこに居たのは、黒髪短髪の金色の瞳をした一人の男だった。
「カイン……!?」
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