憤怒の吸血鬼⑤
「え?」
月明かりが森を照らし、木々の隙間から星空も見える。
俺は何故ここにいるのか。
先程まで町の近辺にいたはずだ。そして、町があの謎の黒い霧に覆われて……
「何を惚けておる」
すぐ傍にリアがいた。森の奥をその深紅の瞳で睨んでいた。
「なぜ俺はここに居るんだ?確か町に……」
「危険を察知して、我がここまで連れてきたのだ。お主まで人鬼になってはたまらんからの」
黒い霧……そうか、あれが人鬼になった原因の霧か。リアは、餓鬼の記憶で見たからすぐにそれと分かったんだな。
「往くぞ」
リアはその瞬間、瞬く間に俺の目の前から消えた。なんという速さか。むしろ瞬間移動と言うやつか?
チュンのお陰で、リアの気配がここから数キロ離れた先にあるのが感じられた。おかげでこの暗さでも、俺たちが行かねばならない方角だと分かる。
俺はサランに向かって走った。
獣道程度しかない、草木の合間を縫って突っ走る。たまに木の枝に擦れて切り傷になるが、そんなもの構うものか。
「この先に良くにゃい気配がするにゃ」
「キヲツケロ、キヲツケロ」
黒猫も後を追って来ている。青い鳥は俺の肩で、落ちないようしっかりとしがみついていた。
確かに先程も感じた嫌な気配が、未だに肌を刺している。
きっとこの気配は餓鬼大量発生事件の原因、黒い霧で町を襲った犯人だろう。
先に開けた場所が見えてきた。そこに行けば町が見えるはずだ……!
森を抜けると、目の前に見えたのは町を覆う餓鬼の群れと、何者かと対峙するリア、そして嫌な気配の正体だった。
「あらぁ、ねずみが紛れているなと思っていたけれど、まさかあなただったとはね、アメリア・リングハート・レヴァリアス」
それは、ウェーブ状に長く伸ばした紫の髪とマーメイドラインの黒いドレスを身に纏い、ちょうど上空から地上にゆっくりと降り立つ所だった。
こいつ空を飛べるのか……!?
いや、そんなことは今はどうだっていい。それよりも、今リアの名前を呼んだか?
「貴様誰だ。我は貴様のような愚者を知らぬぞ」
リアは、女を前にして物凄い気迫だった。例のごとくチュンは俺の懐に隠れ怯えているが、顔だけは出して様子を伺っている。
黒猫はシャー!と毛を逆撫で、その小さな体で精一杯に威嚇をしていた。
「愚者だなんて、酷い言い方しないでもらいたいわ。これでも貴方のファンなのよ?」
それは、わざとらしく悲しい顔を見せる。なんとも癪に障るやつだ。手で口元を覆う仕草も、その甲高い声も俺の毛を逆撫でする。
「貴様!お前が村の人たちを人鬼に変えたのか!」
「じんき?……あぁあれのことね。そうだと言ったらどうする?」
口角をあげて、さも楽しそうに話す。なんなんだこいつは。一々腹が立つやつだ。
「許さねぇ」
「あら、怖いわぁ。でも、彼らが私の傀儡となる事で私の役に立てるのよ?彼らにとっても、喜ばしいことだと思わない?」
何を言っているんだ?まるで意味がわからない。
突然なんの理由も分からず、苦しみと痛みに襲われ人で無くなるんだぞ。それのどこが喜ばしいって?
「ふざけるなよ。誰がお前なんかの……!」
「貴方うるさいわね。貴方もわたしの傀儡になれば分かることよ」
「貴様の目的はなんだ」
リアが間に割って入る。冷静さを欠いてはいないようだ。その表情からはあまり感情を読み解くことは出来ないが、恐らくかなり怒っている。
深紅の瞳が、この女を鋭い目つきで睨みつける。
「目的?ふふ、分からないの?わたしはね、貴方の為にしているのよ、アメリア・リングハート・レヴァリアス」
「我の為……?我はそんなことを貴様に頼んだ覚えはないぞ。第一、貴様など知らん」
「確かに会うのは初めてよね。けど貴方は知っている。忘れたなんて、それこそ許せないわ」
女はそれまで楽しそうに話していたが、睨みつけるようにそう言った。
この女、リアのいったいなんなんだと言うんだ。
「私は、アレクシア。以後お見知り置きを」
アレクシアと名乗る女は、右の手のひらを胸に添え腰を折る。その姿は、可憐と優雅さが兼ね備えていた。
「さて、そろそろ次の目的を果たさなきゃならないの。貴方達とはその時に遊んであげる」
アレクシアは俺たちに背を向け、指ひとつで空間に大きな扉を作った。扉がゆっくりと開いた先に見えるのは、永遠とも言える闇が広がっていた。
「次の目的とはなんなのだ?」
やっと見つけたんだ。こんな所でみすみす逃してなるものか!俺は駆けだす。
「貴方達もこんな所で道草食っていていいのかしら?貴方達の街にさよならを伝えに行った方が、懸命じゃないかしらね」
「!?」
アレクシアは、俺達にヒラヒラと手を振る。そうして扉が閉まると同時に、空間から姿形が跡形もなく消えてしまった。
「くそ!」
今あいつなんと言った?俺達の街にさよなら?
「カインよ。即刻、帰るぞ。とても嫌な予感がする」
ちょうど俺も同じことを感じていた。
俺は大きく頷く。
町を覆う餓鬼や人鬼を全て弔いたい気持ちはある。だが、俺達にも限界があった。
一刻も早く街へ帰らなければならない。この量の餓鬼を一瞬にして弔う力を、俺には持ち合わせていなかった。
リアならもしくは、その方法があるのかもしれない。ただ、あのリアが何もしない所からすると一瞬では出来ないのかもしれない。
俺は餓鬼と人鬼に覆われた町を見る。今は何も出来ないことがとても心苦しい。早く何とかしてやりたい気持ちが湧き出てくる。
見張りの男も、もうどこにいるのかすら分からない。精一杯共に戦った者達も、一人残らず犠牲になっているだろう。
この件が終わったら、必ずここへ戻ってきて皆を弔ってやろう。
やつの次の目的。
それは俺達が帰る街、ミスティックヘイヴンだ……!
雲ひとつ無い青空を背に、上空からこの美しき街を見下ろす。
ドワーフやエルフまでも住むこの平和ボケした美しい街並みが、今夜には苦痛と悲鳴に泣きわめくだろうと考えると、少し寂しい気持ちもある。
だが、この街は私達の物。決して偽りの皮を被った者共が、その汚い足を踏み入れていい場所では無いのだ。
さぁ、今のうちに最後の時を幸せに過ごすといいわ。
「あぁ、今夜が楽しみだわ」
頬が火照るように熱い。太陽が沈んでいくのを見る度、心が躍るようだ。
俺達は、森を颯爽と駆け抜ける。一刻も早くミスティックヘイヴンに帰るためだ。
しかし、リアの様子がおかしい。まるで周りが見えていないようにも見える。
時折、襲ってくる餓鬼を弔ってはいるが、そのやり方が雑になっているのだ。いつもなら一手で確実に首を狙っていたリアが、今は首どころか手足や胴を乱雑に狙っていた。
おかげで一手で弔えていないこともしばしば。それを見つけては、俺やシャミィが最後に弔っていた。
「リア!ちょっと待ってくれ!」
「なんだ!待っている暇などない。お主はあとから来るが良い!」
リアは聞く耳を持たない。足取りは更に速くなる。
「待てって!」
俺はやっとの思いで、リアの腕を掴み走るのを制した。
「なんだ!お主と話している暇などないのだぞ!この手を離せ!」
珍しく声を荒らげているリア。何事にも冷静さを忘れずにいたあのリアが、こうまで憤るとは。
「少し落ち着け!今、君に何かあっては困る」
「我が何者かにどうにかされると思うのか!?餓鬼だろうと人鬼だろうと例え人間でも、魔界に住む魔族だろうと我に指一本触れることは出来ぬぞ!例えお主のような弱者でもの!」
俺は黙って怒ったような眼差しでリアを見つめた。しかし、本当に怒っている訳では無い。
普段のリアならこんなことは言わないはずだ。だから、俺はリアに怒りを向けたりはしない。
ただ、冷静さを欠いたまま街へ行っても、上手くいくものも失敗してしまう。
「あ……」
リアは俺の目を見て、すぐにまずいと思ったらしい。急にしおらしくなり、俯いてしまう。
それを見て俺は静かに話し出す。
「確かに俺なんかは、リアの力の前じゃ足元にも及ばない弱者だ」
「違う……そんなつもりで言ったんじゃ……」
リアの言いたいことは、分かっているつもりだ。きっとアレクシアなど敵にならない、と言いたいのだろう。
確かにそれは、間違いないのだろうと思う。ただ、やつを倒してそれでおしまい、という訳では無い。
「君は独りじゃないだろう?守りたかった者を守れなくて、怒りが湧き出るのは十分にわかる。俺もあいつには、はらわたが煮えくりかえって、今にもどうにかなってしまいそうだ。けど今ここで冷静さを欠いたら、守れるものも守れなくなってしまう」
リアは俯いたまま、ただ黙って聞いていた。
「リア、俺を見てくれ」
少しの間、リアは躊躇っていた。だが、次第に恐る恐る俺の目を見る。深紅の瞳は、潤んでいるように見えた。
「俺はミスティックヘイヴンもそこに住む人々も守りたい。だが、リアのことも守りたいんだ。君があいつにどうにかされるだなんて一切思ってはいないが、冷静さを欠いた君ではどうなるか分からない。もし君に何かあってしまえば、それこそ俺は俺でなくなってしまう気がする」
「それは、困るな……」
「そうだろう?それに、やつは瞬間移動が出来るみたいだが、さっきあの場にいた餓鬼や人鬼を一緒に連れて行きはしなかった」
あの町と同じ手口で、ミスティックヘイヴンを襲おうとしているのなら、あの数の餓鬼や人鬼を連れて行ってもおかしくは無かった。が、やつはそれをしなかった。むしろ出来なかったのかもしれない。つまり……
「あいつは、直ぐにはミスティックヘイヴンを襲うことは出来ない」
「!?」
リアの目が丸く見開く。あいつは、俺達の街にさよならを言いに行った方がいい、と言った。つまり、俺達がミスティックヘイヴンに辿り着いた時、既に廃墟となっているという確率はかなり低いだろう。
先程会ったばかりの敵を信じる訳では無い。こんなことをする目的が分からない以上、あの言葉を百パーセント信じ切ることは出来ないだろう。
だが、あいつはリアのことを知っていた。リアの為にしている……その言葉の意図は計り知れぬが、リアとなにか因縁があるのは確かだ。
「餓鬼や人鬼を移動させるのに、それなりに時間がかかると思う。その間に俺達は英気を養いつつ、街に戻ればいい。早いに越したことないが、冷静さを欠いてはダメだ」
リアは最後まで黙って俺の話を聞いていた。ちゃんと俺の言いたいことが伝わっただろうか?急に不安になってきた。
「分かった……カイン、ごめんなさい」
いつになく、素直なリアに驚きを隠せない。こんなにしおらしくなっているリアも初めて見るが、こんな素直なリアも初めてだ。
「ククク。突然の告白かと思ったにゃ」
それまで気配を殺していた黒猫が、にやけ顔を俺に向けてきた。
突然恥ずかしさが込み上げてくる。俺はリアに背を向けた。今のこの顔をリアに見られたくは無い。
「コクハクッテ、ナンダ?」
「お子ちゃまは、知らにゃくっていいにゃ」
「オコチャマじゃない!チュンハチュンダ!」
またしても、黒猫と青い鳥の喧嘩が始まる。
「ふ……あははは」
リアは、それを見て急に声を上げて笑い出す。またしても珍しいリアに俺は目を丸くした。
どうやらチュンやシャミィも驚いているところからすると、この二匹も初めて見たのだろう。
「ふふふ、すまない。だが、ありがとう。少し、落ち着いたよ」
そう言ってリアは深呼吸し、続けた。
「確かに我は、冷静さを欠いていた。だが、お主らのおかげで冷めたよ。もう一度言う。ありがとう」
リアは微笑む。
よかった。いつものリアだ。俺も笑顔で返す。
「お互い様だ。あの状況じゃ、俺だって同じようになっていたかもしれないからな。俺達には大切なものがありすぎる」
リアは大きく頷いた。
「行けるか?」
「あぁ」
そうして再び走り出す。
日が昇り雲ひとつない青空が広がった頃、俺達は少しの休憩を取ることにした。
この調子なら今晩にはミスティックヘヴンにたどり着くだろう。その前に……
俺はリュックから、とある物を取り出す。
「リア、お願いがあるんだが……」
そう切り出したのだが、俺の手に持つ物が気になったのか、快くお願いを聞いてくれた。
そのお願いの為に、森へと駆け出したリアが、戻ってくるまでの間に俺はいそいそと準備を整える。
チュンは甘い香りに悶え、シャミィは興味なさげにそっぽを向いて休んでいた。
「カイン、持ってきたぞ」
両手にたくさんのレッドベリーが入った袋を持って、リアが戻ってきた。
それらを受け取り中身を確認する。なんだか知らない物も入っているが、それを省いたとしても十分すぎる程だ。
「うん。これくらいあれば大丈夫だ。ありがとう、リア」
リアは、例のごとく深紅の瞳を輝かせて成り行きを見守っている。
そんなに見られると、やりにくいのだが……。
早速、鍋の中に採ってきてもらったレッドベリーを、全て流し入れた。もちろん、見たこともない木の実は覗いて、だ。
そして、その鍋に先程取りだした物を入れ、掻き混ぜる。
ある程度水分が無くなるまで掻き混ぜたら、完成だ。
「とってもいい香り!」
「本当はこれを、クッキーやケーキに乗せて食べると一番美味しいんだが……今は生憎、持ち合わせがなくてね」
そう伝えながらリアにスプーンを渡す。そうして受け取ったリアは、早速鍋のものを掬い口へと運んだ。
「おいしぃ!!これはレッドベリーを使ったジャムだね!?さっき入れていたものはいったいなに?ジャムに使うのは大体が砂糖だったと思うけれど……」
さすが、リアだ。そんなことまで知っているとは。
砂糖は、とても高いものだ。平民の俺ではなかなか手に入りにくい。
「これは、蜂蜜だよ。よくキーラが……えと、俺の妹が友達からもらってくるんだ。養蜂園を営んでいるらしくてね。売れない物を譲ってくれるらしい」
「蜂蜜!?それにしては、とても舌触りが滑らかで全くくどくない……」
「そうなんだ。だから砂糖の代用品として、使っているんだよ。まぁ、食べてくれ。腹を好かせては戦はできぬ、と言うだろ?」
その後、リアは鍋に入ったジャムを全て綺麗に食べ終えた。俺も軽い食事を終え、立ち上がる。
「よし、行こうか」
「うぬ」
「あの愚か者を懲らしめるにゃ」
「リアサマヲ、オコラセタヤツ、キライ」
そして再び、走り出す。
俺たちの住まう街、ミスティックヘイヴンへ。
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また次回に*˙︶˙*)ノ"




