憤怒の吸血鬼③
一体の餓鬼の隣で停止するリア。そして黙って餓鬼を凝視している。
その餓鬼は、水色のワンピースを着た髪の長い女性だった。よく見ると、全身の至る所に赤い糸のようなものが見える。
どうやらこれのせいで、身動きが取れなくなったようだ。
リアはこの捕らえた餓鬼に、なにかする風でもなさそうだった。ただ、しゃがんで見つめている。
観察でもしているのだろうか。
俺も何気なく餓鬼の観察を続けた。
「ぐぁぁああ!」
悶え続ける餓鬼。今にも拘束から解き放ち俺たちの首元から、体内に流れる血液を1滴残らず吸い付くそうとしている。
「こいつは……牙がほとんどないじゃないか」
リアの言った通りであった。
その口元に辛うじて見える牙は、ほとんど人間とさほど変わらないものだった。これでは吸血行為すら、ままならない。
昨晩、リアが立てた仮説の通り、人間が餓鬼に……つまり人鬼と化したのだというのは、あながち間違いではないのかもしれない。
念の為、他の餓鬼も見渡してみる。
中には確かな牙を持った者もいるが、ほとんどが人鬼だった。
先程リアが倒した者たちも合わせれば、一体どれだけの人間が犠牲となったのか……。
「お、おい。なにを……」
リアは徐に餓鬼の額に手を置く。そしてそのまま目を閉じた。
餓鬼はリアの能力によって、未だ動くことが出来ずにいた。頭ではそれを分かってはいても、内心ヒヤヒヤしてしまう。
「!?」
リアはそうして少しの間、黙っていたがやがて目を見開き立ち上がる。
その瞬間、捕らえられていた餓鬼達は、跡形もなく灰と化してしまった。
「い、一体どうしたんだ?」
リアの気迫は一層、濃く強い物になった。
一体なにがなんだかわからない。俺はその場で立ち尽くすばかりだった。
「ぐぉぉおおおお!」
遠くの方で、餓鬼の叫ぶ声が聞こえる。近くまで寄ってくる気配さえもある。
いくらなんでもこんなに早く見つかるのはおかしい。先程まで村の周辺にいた餓鬼と人鬼は、今しがたリアが弔ったばかりなのだ。本来であれば、こんなに早くまた襲われるはずがない。
街で起こった餓鬼大量発生事件のようなことが、ここでも起こっているのだろうか。
俺は、剣を構え直し来る餓鬼襲来に向けて身構えた。
「あぁ、申し訳ない。我のせいで寄ってきてしまったの」
そしてリアの気迫は鎮まり、いつものリアに戻った。それと同時に、餓鬼の気配が遠ざかっていくのが感じられる。
どういうことだ?リアの気迫に、餓鬼達が寄ってきていたというのか?一体なぜ……。
「……ふぅ」
リアは一度俺の胸あたり――チュンが隠れているところ――をひと目見てから、ため息のような一息を入れた。
そして徐に手首を噛み、そこから流れ出る血が地面に滴り落ちていく。
俺はぎょっとして後ずさる。
滴り落ちた血から突如として、この世のものとは思えない異形の存在が続々と現れたからだ。
牛の顔をした二足歩行の獣、上半身は人間のような容姿だが下半身は馬の姿をしている者、頭が三つある巨漢……
総勢10体、リアの血液から突如として目の前に出現した。
なんだこいつらは!?
確か、書物で読んだことがあった。この世を破滅へと導く魔界の住人は、この世の原理に反した異形の姿で人々を恐怖へと貶めた。
まさかこいつらが……!
「夜が開けるまで周囲を見張るのだ。そして、襲ってくる者が人でなければ丁重に弔って差し上げるのだ。」
行け、との号令で魔族達は一斉に散開する。
こいつらは、リアの従えている魔族なのか!あれだけの強力な魔族を従えるリア……最強とも言われる所以が垣間見えた気がする。
「どこからツッコめばいいのか……」
俺は頭を抱えた。あまりにも情報量が多すぎる。
魔界に行けないはずのリアがなぜ、これだけの魔族を従えることが出来るのかとか、リアのせいでなぜ餓鬼が寄ってくるのかとか……
「何も悩むことは無い。チュンにこの技を叩き込んだのは我だからの」
気づけば手首の傷も、既に塞がっていた。吸血鬼の回復力は脅威的なものだ。瞬き一つで消えている。
そういえばチュンも召喚された魔族だったな。しかし、あんな恐ろしそうな魔族を召喚するなんて……
かなりの強者たちの気配がしていた。
魔族はそもそも小物だったとしても、一体一体がかなり手強い相手だ。しかし、先程の魔族達は絶対に小物などではなかった。それが一体だけではなく10体ともなると……
それを呼び出し従えてしまうリアの力量は、底がしれない。
絶対に敵に回したくない相手だ。
「一体、君は何者なんだ……」
ほとんど独り言のように呟いた。どうせ、返ってくる言葉は決まりきっていた。
「我はただの吸血鬼よ。他より少し長く生きているだけの……の」
俺たちはその後、その村で一番状態の良さそうな家で一夜を過ごすことにした。
焚き火を囲み俺は昨晩残った少しの串肉を、リアには昨晩と同じくチョコレートフォンデュを作ってあげた。
例のごとくリアは、森へと消え大量の木の実を持って帰ってきた。
動物が一匹もいないことに残念がっていたが、その分木の実で補ったようだ。
「それで、何か分かったのか?」
お互い充分に食事を終えた頃、そう切り出した。
あの時リアが餓鬼に触れた時、リアの表情が変わっていた。絶対に、なにかあったに違いないのは確かだった。
リアは、重い口を開く。
「……あの者の記憶を覗き見たのだ。彼女らに、一体何が起こったのかを……」
「!?」
記憶を覗く!?そんなことまで出来るのか!?それも魔法だと言うのだろうか。
俺は確かに魔法にはあまり詳しくないし、勉強もしたことが無いためほぼ無知だ。とはいえ、一般的な魔法くらいは知っているつもりだ。
時折レーナが、魔法について話してくれるのでそれで知ったのだ。
しかし、リアからは聞いたこともない魔法がポンポンと出てくる。最強と言われる吸血鬼なら、俺という魔力を持たない者の知識くらい、取るに足らないだろう。
頭で理解するよりも、そういうものだと納得しよう。そうでなければ、頭がパンクしてしまいそうだ。
俺は、一つ咳払いをして驚きを押し殺す。
「……それでなにが見えたんだ?」
「……酷いものだった……しかし、我らが予想した通りではあった」
リアは、その後ゆっくりと語った。
ほんの数日前までこの村は、平和な暮らしが続いていた。汗水流して働く者、子供たちの笑い声、笑顔の絶えない村だった。
しかしそれも、一夜にして一瞬で潰えることになる。
突如として、黒い霧のような物が村を覆った。そしてそれは、全てのものを腐敗させていった。
家々は朽ち、植物は枯れ、家畜は死を迎えた。
そして、人々はしばらく苦しみと痛みに悶え、霧が消える頃には一人残らず、自我を失った人鬼と化していた。
話を終えるとリアは黙り込んだ。その表情からはなにも汲み取ることは出来ない。
どうしてだろうか。普段の彼女は、確かに威厳を保つ言い方や仕草ではあったが、その裏にちゃんと感情が見えていた。
甘い菓子を食べて喜ぶ顔も、センスのないネーミングを知られて恥ずかしがる顔も、落ち込んだ顔も俺は知っている。
だが、今は何も分からない。どう思っているのか、何を考えているのか……
「大丈夫か?」
そんな彼女を見ていると、心配になってしまう。
リアは深いため息をついた。
「はぁ……申し訳ない。また出ていただろうか」
「出ていた……?」
なにがだ?
「リア様の怒りは魔力に現れるのニャ」
「だれだ!」
突如としてどこからか声がした。しかし、周りを見渡しても声の主は何処にもいない。
やがて、部屋の入口の方に何者かが姿を現す。
俺は柄に手を添えるが、現れた者の姿に不信感を抱く。
「猫?なぜこんな所に……」
それは1匹の黒猫だった。頭からしっぽまで真っ黒で、目はサファイアブルーとルビー色のオッドアイだった。
しかし、その猫はどこか普通とは思えなかった。気配がまるで猫のそれではないのだ。一体何者なのか。
「シャミィよ。またお主は紛れてきおったな」
「バカ鳥に任せておくのは、心配にゃのにゃ」
「喋った!?」
その声の主は、この黒猫だった。
リアが呼びかけたシャミィとやらは、リアの横までやってきて座る。
「バカドリトハ、ナンダ!」
それまで一切、一言も喋らなかったチュンが、黒猫の言葉に反応し俺の懐から飛び出していく。
「バカ鳥という言葉を知らにゃいことが、バカ鳥にゃのにゃ」
「バカクライ、シッテル!」
「バカ鳥にゃのによく知ってるのにゃ。ヨシヨシにゃのにゃ」
「チュンハ、バカジャナイ!」
そんなやりとりを繰り広げ、いつの間にか小動物の喧嘩が始まっていた。
なんなんだ、この猫は。一体どこから来たというのか。
リアはシャミィと呼びかけていた。まさか、もしかしてもしかしなくても、この黒猫もリアが召喚した魔族か!?
しかし、先程の魔族の中にこんな小さい魔族は居なかったような……?
紛れてきた。
そうか、あの異形の者達にこんな小さな黒猫が紛れていても気づかなかったということか。
「シャミィも我と契約した魔族だ。我は呼んでいないと言うのに恐らく先程、魔族召喚した際の中に紛れ混んできたのだろう」
しかし、このシャミィとやらはチュンと比べ物にならないほどの気配を微かに感じる。リアのあの気迫には敵わないが、それでも他の魔族に負けず劣らずの力量を感じる。
「わたしは、リア様の気配に変化を感じて飛んでやってきたのですにゃ。リア様の身ににゃにかあれば、この命に変えても助けて差し上げますにゃ」
いつの間にか、チュンを伸していたシャミィは、落ち着いた声でリアに頭を下げた。
確か先程、この黒猫シャミィはリアの怒りは魔力に現れるとか言っていたな。
「つまり、リアが怒りを感じると魔力に現れるってことか……?」
「うーん、ちょっと違うにゃ。怒りを出さないように抑え込もうとすると、魔力が溢れ出る癖があるのにゃ」
リアの顔は、みるみるうちに赤く染まっていき、わなわなと狼狽えていた。何も言葉にならない様子である。
なんて……
「可愛らしいだろう?うちのリア様は」
俺の気持ちをシャミィが代弁してくれた。
くっなんだこの可愛い生き物はっ!?俺は心の中で叫んだ。
「未だにその癖が治っていにゃいにゃんて。まだまだ未熟にゃ」
「う、うううるさい!お主は呼んでおらぬのだから魔界に帰るのだ!」
契約主を未熟者扱いとは……この黒猫、度胸が据わっている。
元より吸血鬼は、主従関係を重んじる生き物だと聞いたことがある。本来なら即刻、黒猫がリアにどうにかされていてもおかしくないはずだ。
しかし、シャルロッテのこともそうだったが、リアはあまりそういうのを気にしていないようだった。
リアの人柄――いや、この場合は吸血鬼柄と言うべきか――がとても良いのが分かる。
「いいえ、もう少しここにいさせて頂きますにゃ」
平然と言うシャミィ。
コホンっと咳払いをすると、リアは小声で照れくさそうに呟いた。
「その……我のせいで迷惑かけた……悪かったの……」
そう言って俯いた顔は既に、茹でだこのようになっていた。
最後の方なんか、耳を済まさないと聞こえないレベルだ。
「仕方ないことじゃないのか。誰の仕業か知らないが、俺だって許せない。さっさと犯人をとっ捕まえてやりたいよ」
俺は、右手に握りこぶしを作った。
村の人々との関係は、そんなに深くは無い。だが、大事なのはそんな事ではない。
こんなことをしたやつが、どんなやつか知らないが許せない。絶対に許しては行けないのだ。
「……そうよの。許し難き行為。早急に犯人を見つけようぞ」
「チュンヲバカニスルナ!コノ、ミケネコ、ノラネコ、ホウロウネコ!!」
「一生懸命、罵倒しているつもりにゃのだろうけど、全然違うにゃ。だから、バカ鳥にゃのにゃ」
突然の叫び声に飛び起きる。浅い眠りから、無理やり覚醒させられた気分だ。
空にはもう太陽が昇っており、目が眩む。
声のする方を見ると、黒猫と青い鳥が言い合っていた。朝っぱらから元気だな。
俺は呆れて頭を抱えた。その間にも、こちらの気持ちなどお構いなく、二匹はずっと言い争っている。
「もう良いのか?」
リアが、その深紅の瞳で俺の顔を覗き込む。俺は慌てて顔を背けた。
「あ、あぁもう準備していこう」
早く出発して、太陽が昇っているうちに次の村へ少しでも早く向かおう。
この時リアの顔が陰っていることに、俺は気づいていなかった。
読んで下さりありがとうございます!
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