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憤怒の吸血鬼②



「何を始めるのだ?」

 

 チョコレートの甘い香りに惹かれて、身を乗り出すリア。

 そもそもチョコレートなんてものを、なぜ持っているのか?

 それは、甘い菓子が大好物な吸血鬼(ヴァンパイア)がお腹を空かせてしまってはいけないと思ったからだ。

 決して、リアの喜ぶ顔が見たいとかそういう訳ではない。断じて!

 

「まぁ見ていてくれ」

 俺は鍋にチョコレートを、いっぱいになるまで投入していく。そして火にかけ、全てのチョコレートが溶けていくのを待った。

 

 辺りが甘い香りに包まれ、リアの顔は(とろ)けている。

 口から堪らず涎がでているが、そんなに期待されるほどのものでもない。なぜならチョコレートを溶かすだけなのだから。

「アマイ!ハナガモゲソウ」

 チュンが両の翼で、器用に鼻を押えている。

 魔族とはいえ、その辺はちゃんと鳥なんだな。

 

 全てのチョコレートが溶けたのを確認すると、なにかないかと辺りを見渡す。そうして近くの低木に実っているレッドベリーを見つけそれをもぎ取り、串に刺してそれにつけた。

「どうぞ」

「なんだこれは!」

 甘党の吸血鬼(ヴァンパイア)にチョコレートがついたレッドベリーを渡すと、リアは目を輝かせ飛び跳ねるようにそれを受け取った。


「チョコレートフォンデュというものらしい。だれでも簡単に美味しく作れる、お手頃な菓子だ」

「チョコレートフォンデュというのか!?」

 甘いお菓子が大好物なリアでも知らないものらしい。確かにあまり広く知られていないのかもしれない。

 

 俺が知ったのは、たまたま協会の依頼でとある村に訪れた際、そこに住んでいた女性から「美味しくて簡単なお菓子」と称して教えてくれたからだった。

 この村に来て、なんとなくそんな記憶を思い出した。

 

「チュンもどうだ?」

 もう一つ同じものを用意しチョコレートフォンデュにつけ、それをチュンが食べやすいように近くに持っていった。

「イラナイ!チュンハ、アマイノニガテ」

 ぷいっと顔を背けるチュン。鼻は相変わらず押さえたままだ。


「んー!チョコレートにつけるだけのシンプルなものなのに、なぜこんなにも美味しいの!?わたしちょっと探してくる!」

「え!?」

 なにを!?と言おうとしたが、それも聞かずにそそくさとどこかへ行ってしまった。恐らく食べられるものを探しに行ったのだとは思う。

 行き場の失ったレッドベリーを、口に含みながら待つことにした。

 

 単独行動は危険だからやめろと言う所ではあるが、まぁあのリアだ。ある程度であれば大丈夫だろう。それに止める間も無かったからな……。

 ただ、今は夜だ。探しても見つけられないのでは……?

 

 しかしそんな心配も束の間、リアは草むらからひょこっと帰ってきた。

「何持ってるんだよ?」


 右手には耳の長い小動物を、左手にはたくさんの木の実を袋に入れて持っている。

 これだけの量をこんな見えにくい暗がりで、しかも短期間で見つけてくるとは……さすが吸血鬼(ヴァンパイア)と言うべきなのか、それともリアだからなのか。

 まだまだ知らないことが多いな。

 

 相変わらず深紅の瞳は、神々しく煌めいていた。

「ふふん!どれも合うかどうか試したいと思ったのだ♪」

 得意げに言うリアは、早速右手に持つそれをそのまま鍋に導入しようとした。

「ちょ、ちょっと待て!」

「どうしたのだ?」

 ちょっと残念そうにしている。

 俺は頭を抱えた。

 そのままでは毛だらけで、絶対に美味しくないだろ!?

 

「それは俺が何とかするから、先ずはそっちのを食べていてくれ」

「ふむ、わかった!」

 俺は半ば呆れながら、それをリアから奪い取る。

 そして、リュックから小さめのナイフを取り出し、耳の長い小動物を捌いていく。可哀想という気持ちがない訳では無いが、こうなってしまったら仕方ない。

 そして一口大まで切って、それを串に刺していった。

 

 リアはその間、取ってきた木の実を頬ばっていた。

「これは酸っぱすぎて普段なら食べられなかったのだけれど、このチョコレートフォンデュとやらにつけただけなのに、なんでこんなにも違うの!?どうしようもない酸っぱさがチョコレートの甘さと上手くかけ合わさって、とっても甘酸っぱくて美味しい!」

 紫色の毒々しい形をした――恐らくベリー系だと思う――果物をチョコレートフォンデュに沢山つけて口いっぱいに頬ばりつつ、その美味しさを語っていた。

 

 次に怪しい黄色のキノコをチョコレートフォンデュに満遍なく浸し、口へと運んでいく。

「んー!?これはなんとも面白い味がする。キノコの苦味が甘さと混ざりあってほろ苦さを演出しつつ、そこに甘さも忘れていない……このチョコレートフォンデュとやらは、何にでも合うのか!?」

 

「喜んでもらえてよかったよ」

 俺はそう言って、充分に焼いた串肉をリアに渡す。

 待っていましたとばかりにそれを受け取り、早速チョコレートフォンデュに浸す。それをそのまま口に運んだ。

「!?これは!肉の旨みがチョコレートフォンデュと混ざりあって美味しさが増している!?意外な組み合わせだと言うのにいい意味で期待を裏切られた!」

 

 俺もその組み合わせはしたことがなかった。というか先程の木の実や怪しいキノコすらも試したことがない。見るのすら初めてだった。

 

「なぜ意外な組み合わせだと知りながら、持って来たんだよ。しかも全て、あまりやらない組み合わせだぞ」

「常に美味しい菓子を追い求めるのは、なにもおかしい事じゃない。どんな組み合わせが美味しいか試したって得をしても損はしないのだ!」

 そう言い放ってから、またあらゆる物をチョコレートフォンデュにつけてはそれを頬ばるリア。

 

 俺も食べてみるか……

 串肉を手に取り、チョコレートフォンデュに少しつける。正直そのままでも、脂がのっていて美味しそうではあるが……

 それを恐る恐る口に運んでいく。

 

「ん?案外行けるなこれ」

 リアの言うように、肉の旨味がチョコレートの甘さで更に増していた。肉自体にもあまり臭みがなくサラッとした口答えのため、案外そんなにくどくもない。

「そうでしょ、そうでしょ!?」

 何故か得意げに深紅の瞳を輝かせるリア。

 

「そっちも食べてみようかな」

 大量の木の実が入っている袋を指さす。

 この串肉がこんなに美味いんだ。リアが絶賛する他の木の実も食べてみよう。見たこともない物ばかりだが、味は気になる。

 

「あ、こっちはやめて置いた方が良い。毒だからの」

「……は!?リアはそれを食べていたじゃないか!?大丈夫なのか!?」

 俺の時間が一瞬、停止した。毒ってなんだ!?なぜそんな物を採ってきているんだっ!

 今が夜でなければ、大声で叫んでいるところだった。そうでなければ、こうして努めて囁くように訴えてはいないだろう。

 

「我にとっては毒など大した問題では無い」

 確かに何の問題もなさそうに、リアはピンピンしている。吸血鬼(ヴァンパイア)に毒は効かないのか。それともこれもリアの特性なのか……

「美味しー!」

 その美味しさに喜び微笑むリアを見ているだけで、俺は嬉しく思う。

 

 この笑顔には、誰もが胸打たれるだろう。俺も彼女のこの笑顔が見られるだけで幸福感さえある。

 一体、俺はどうしたと言うのだろうか。

 誰かにこんな思いをしたことはない。確かに弟妹が喜んでいると嬉しく思うし、レーナがたまに見せる笑顔には安心する。

 だが、リアの笑顔を見るとなぜか胸がざわついていた。

 確かに幸福感はある。だが、リアを知っていく内に高まる鼓動は、それだけでは無いことを示唆していた。



 その後俺はそこそこに、リアは残りのチョコレートフォンデュをペロッと全て平らげてしまった。

 この小さな体のどこにあれだけの量が入るのか、本当に不思議である。


 夜も深け、おなかいっぱいになった俺は横になることにした。

 もちろん横になるだけだ。今日は眠りたいとは思えない。考えることが沢山ある。

 村の人々は、何が起こったか分からずに人鬼となったのだろうか。最後に逝く時は、恐怖に支配され苦しみを感じていなかっただろうか……

 

「なぁ、リア」

 呼びかけるが、返事は無い。俺はリアに背を向けて横になっているせいで、リアの様子は全く見えない。

 だがチュンが俺の上に乗っているお陰で、リアがそこにいる気配は感じていた。

 なんとなく聞いてくれているような気がして、静かに尋ねる。

「餓鬼や人鬼になる時ってどんな感じなんだ?」

 

「……それはとても苦しいものだろうの。人鬼は分からぬが、少なくとも餓鬼(ヴァンパイア)は何も口にすることが出来ず、苦しみの日々を送った後に落ちてしまった存在。

 しかし、落ちたとしてもその苦しみからは永遠に解放されぬ。灰となるまでは……の」

 しばらくの間の後、最古の吸血鬼(ヴァンパイア)はゆっくりと話した。その声は今までにないほど暗く、悲しそうな声だった。

 

「そうか……」

 それだけ返した。いや、それだけしか言葉に出来なかった。

 どうか、セレンティアで暮らしていた人々が安らかに眠れていますように……。

 

 遠くの方で餓鬼の呻く声が、風に乗って木々の葉が擦れる音に混じって聞こえてきた。


 


 夜が開けると同時に、次の村を目指して先を急ぐ。

 そういえば、恐ろしく森が静かだ。風で葉の擦れる音しか聞こえてこない。

「なんの生物もいないのか?」

「恐らく、餓鬼(ヴァンパイア)や人鬼のせいだろう。これを見てみよ」

 そう言って近くの草むらを指さした。

 よく見ると草むらの葉に、赤黒い血がこびり付いていた。もう乾いてしまっているようだが……

 リアはそれを徐に掻き分ける。見せたいものは他にあるようだ。


 そこにあったのは、小動物と思しきものの骨だった。

 隠されていたので全く気が付かなかった。リアはよく見ているのだな。

 俺も餓鬼狩り(ハンター)としてまだまだ未熟だ。

「これは……」

 

「キヅカナカッタノカ。チュンハ、サイショカラキヅイテイタゾ」

「あはは」

 ドヤ顔を決め込むチュンに、俺は苦笑いを浮かべた。

 さすがに、魔族と競って勝てるのは勇者だけだ。例え鳥頭の鳥魔族だったとしても、その能力は人間のそれを遥かに超越しているのだから。

 

「すでにこの有様だ。何者の仕業かは分からぬ。しかし恐らく、人鬼だろう。牙は吸血鬼(ヴァンパイア)ほど発達していなかった。餓鬼(ヴァンパイア)ならこんなに血痕を残さない。吸血の仕方が覚束(おぼつか)無かったのやも知れぬ」

 吸血行為に慣れていないものの仕業、故に人鬼ということか。

 

「だがなぜ動物の……?」

「分からなかったのだろう。酷い吸血衝動をどうすれば抑えられるのかを。楽になれるのかを」

 少しでも吸血衝動を抑えられるのなら、どんなものの血でもよかった、なんて……

 

 動物たちはそんな異常さに恐れをなし、逃げ出したのだろう。

「隠れてしまうほど植物が成長しておる。随分前からこの異変はあったということだの。そして虫は、魔力の異常を真っ先に感じやすい生き物だ。この森の静けさはそのせいだろうの」


 ミスティックヘイヴンの付近の森にはまだ、生き物の伊吹を感じた。つまり街の付近はまだ大丈夫だということ。しかし、ミスティックヘイヴンから少し外へ外れれば、異常な事態がすぐそこまでやってきている。

 この先にあるラムホーン村も恐らくは……。

「先を急ごう」


 


 一縷の希望を胸に歩みを再開した俺たちは、一言も言葉を発さずに足早に歩を進める。

 そうしてあと少しで到着する頃、またもやリアの凄まじい気迫を感じた。

 

「やはりか」

 その言葉には、なんの感情も感じられない。ここまで感情を押し殺すことが出来るだなんて……

 チュンはまた俺の懐に隠れる。リアのこの気迫に耐えられないのだろう。

 リアはそのまま足を少しも緩めることなく、むしろ更に速く歩き続ける。

 空は既に薄暗くなっていた。



 ラムホーン村に辿り着いた頃には、空も既に暗闇と化し星空が満点に広がっていた。

 月明かりが村を照らしてくれるおかげで、状況は否が応でも見えてしまう。

「ぐぉぉおお!」

 

 リアの気迫は更に増し、それのせいか餓鬼――もしくは人鬼――が一斉にこちらを目指し襲い来る。

 それは村にいた餓鬼だけではなかった。森の木々の隙間からも次々と姿を現す。

 

 普段ならチュンの能力で召喚した魔族が弔っていたのだろうが、今はかなり怯えてしまって魔族すらも召喚していない。ただのお飾りのマスコットに成り果てている。

 リアの気迫がそれだけ凄まじい証拠か。


 俺は剣を鞘から抜き、応戦する構えを示した。

 が、近寄ってきた餓鬼達は目前にして、一斉に灰と化してしまった。

 これは、初めてリアに出会った時に見せてくれた技だろうか。

 あの時は、一切何をしたのか全く見えなかった。今回もそうではあったが、何度も見せられたせいか辛うじて見えるようになっていた。

 

 リアはなにか細い糸状のものを一本、四方へ飛ばしているのだ。それは柔軟にクネクネと曲がり、餓鬼の首を一瞬にして次々と切り裂いていく。

 なんという技だ。こんなの見たことがない。

 まぁ俺の知る吸血鬼(ヴァンパイア)は、リアしかいないのでそれも当たり前の話ではあるが。

 

 少し離れた場所にいる餓鬼達が恐れをなし、立ちすくんでいる者、その場から逃げようとしている者がいた。

 だがしかし、それらは逃げることが叶わなかった。見えない何かに邪魔され、そこから先に進むことが出来ないからだ。

 直ぐにそれはリアの能力だと察した。いつの間にやったんだ……。

 

 必死に逃げようとする餓鬼たちだったが、叶わないことを知ると今度はリアへと一斉に牙を剥く。

 だが、リアに指一本触れることは出来ず、一箇所に吹っ飛ばされてしまう。

 それから一切身動きが取れなくなったようだ。餓鬼達はその場でジタバタと悶える。

 

 それにゆっくり近づいていくリア。

 餓鬼を瞬時にして弔うあのリアが、いったい何をする気なのか。

 

 俺も急いで後を追い掛ける。

 

 

読んでくださりありがとうございます!


よかったらご感想やいいねを送ってくださると作者が執筆の励みになりますっ

ぜひお待ちしております!


ではまた次回に♪

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