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憤怒の吸血鬼①



「なんだよ……これ……」

 

 つい数ヶ月前に依頼で訪れた際は、小さいながらもそれなりに活気があった。

 人々は汗を流して畑を耕し、子供たちは走り回る。ここを訪れた商人がセレンティアから穀物を買い、そのお金でこの村は必要な日用品を隣村から買っていた。

 

 その活気も、忘れられてしまったかのように廃墟と化してしまっている。

 建物は荒れ果て、人の気配すらまるでない。代わりに違う気配を感じる。

 が、それ以前に……

 

「リアサマ……」

 チュンはリアの凄まじい気迫に怯え、俺の影に隠れながら恐る恐る呼びかける。

 尚も凄まじい気迫を抑えようとしないリアは、まるでチュンの呼び掛けが聞こえていないようだ。

「行くぞ」

 凄まじい気迫とは裏腹に静かに呟くリア。

 俺はなにも言葉にすることが出来ず、黙って後に続いた。



 足を踏み入れると、荒れ果てた村が事細かに見えてくる。

 手入れもされなくなった穀物は、どれが穀物なのか素人目には判別できないほど伸び放題になっている。

 直前まで売り出していたであろう、店先に並べられた穀物はすでに腐敗していた。とても酷い匂いが、風に乗ってここまで臭ってくる。

 

 村の建物は、まるで見る影もないほど廃墟と化していた。

 とても異様な空気だ。

 人の影すらも見当たらない。代わりに家の奥に潜む気配だけが、そこにはあった。

「カインよ。この町の人々の結末を知るにはお主には、ちと酷かもしれぬ」

 それでも良いかと言いたげなリアに、俺は深く頷いた。

 すでにこの惨事を全て理解した、というのだろうか。


 リアは徐に家の中へ立ち入る。俺は黙ってついて行くことしか出来ない。

 一体この町で何が起こったというのか……。

 小さな魔族の鳥はこの町に入ってから……いや、リアの様子が変わってから、ただ俺の懐に隠れ怯えているだけだった。


 迷うことなく奥へと進む深紅の小柄な吸血鬼(ヴァンパイア)。その彼女の小柄な背からは、なにを思っているのか俺には分からなかった。

 これほどまでの気迫をリアから感じたことはない。普段の彼女は、傲慢な態度を保ちながら何事も人への思いやりを持ち、餓鬼(同胞)への慈しみを持っていた。

 

 そんな彼女から、これほどまでの凄まじい気迫を感じるのだ。

 結末がどんなものだったとしても、それを知る覚悟を決めよう。

 俺は、この先に待ち受ける真実に唾を飲み込んだ。


 やがてたどり着いたそこは、和室と言われる場所だった。畳というものが床一面に敷き詰められており、普段なら土足で立ち入ることは許されないが、こんな状態ではそれも意味が無い。

 ここも他と同じく荒れ果てていた。どこか床を踏み抜いてもおかしくはない。

 

 リアは迷うことなく部屋の奥の(ふすま)まで歩み寄る。

 俺も同じように歩み寄り、リアの一歩後ろで立ち止まった。

 ここに確かな気配を感じる。それは動こうとはしていなかった。

 まだ日が昇っている。朽ち果てているせいでこの部屋にも隙間から光が差し込んでいた。

 俺は、剣の柄に手を添え身構える。


 リアは、遠慮することなく襖を開け放つ。

「ぐぁあああ!」

 そこに居たのは、一体の餓鬼だった。盛大に威嚇をしているが、出てくれば灰になると分かっているため、そこから動くことは無かった。

 よく見るとその腕には、子供が収められている。

 布に包まれ大事そうに抱えられていたがすでに息絶え、骨となっていた。


「これは…どういうことだ……」

 俺はこの餓鬼を知っている。正確には、こうなる前の彼女を知っている。

 彼女はこの町に住んでいた女性だ。いつも畑で作物を栽培していた。俺が知る最後の彼女は、お腹に子供が出来たからと畑仕事は旦那に任せていたのだが……

 

 しかし、彼女は紛れもなく人間だったはずだ。決して吸血鬼(ヴァンパイア)ではなかった。

 ではなぜ彼女は自我を失った吸血鬼(ヴァンパイア)、餓鬼になっているというのだ。

「人間じゃなかったのか……?彼女がどうして……」

 俺はそこで言葉を詰まらせてしまった。

 手元に抱えている子供は、彼女が産んだ子だろう。理性を失ってなお、ずっと守ろうとしていたのだ。この世に生を育んだというのに、こんな結末になってしまうだなんて……

 

「彼女が元より吸血鬼だった可能性は?」

「いや、ない!あるはずが……」

 そう聞かれれば、断言はできなかった。何故なら吸血鬼(ヴァンパイア)は、見た目で判断することが出来ないからだ。

 唯一の弱点である日光すら、リアのような例外だっている。

 

 絶対に人間だったという確証を持てない。

 もし彼女が本当に吸血鬼(ヴァンパイア)だったのなら、この話はそれで終わるだろう。

 だが、どこか腑に落ちない。


 リアはそれ以上何も言わず、彼女を静かに弔った。

 俺は彼女の悲しい結末に耐えられず、目を背ける。こんな終わり方だなんて。

 まさか彼女がこの惨事を引き起こしたのだろうか。

 だがそうなると、他にも感じるこの気配は……?


 リアは再び動きだし、次の家に侵入した。

「彼は?」

 家の奥に潜む例の気配の主を目に、再び問うリア。

「……彼はここで商人に畑で育てた穀物を売っていた。彼のことも人間だと……」



 その後も全ての家を捜索し、全ての気配に相対した。

 そしてそのどれもが、ここの住人だった。もちろん人間だと、認識していた者たちだった。

「まさか、セレンティアは吸血鬼(ヴァンパイア)の村だったのか……?」

 そんな疑問が浮かぶのは当然だろう。

 

 しかし例え吸血鬼(ヴァンパイア)だったとしても、少なからず俺は親しく接してきた者たちばかりだ。

 依頼で立ち寄った俺に、親切にも食事を提供してくれた村の角に住んでいた女性。快く宿を提供してくれた村長。そして俺から剣術を学びたいと、いつもはしゃいでいた子供達。

 昨日の事のように、鮮明に思い出される。

 それだというのに村が丸ごと、このような状態になったのだ。そう簡単に悲しみを拭いされるはずも無い。


「セレンティアに住んでおった者の中に、餓鬼になっておらぬものはおるか?」

 真剣な眼差しで俺を見つめるリア。

 

 暫くの間考えた。村の入口から二番目の家にいた餓鬼は、商人と交渉をしていた者だった。畑に一番近い家にいたのは畑で働いていた者。この村で一番大きな家にいた餓鬼はこの村の村長。

 そして元気に走り回っていた子供達は、稽古場にいた餓鬼だった。

 

 少なからず俺が最後に訪れた際に出会った者たちは、全員先程の餓鬼の中に一人残らず全員いた。

 そして出会ったことの無い者は、最初の赤ん坊だけだった。

 その事をリアに包み隠さず伝えた。

「そうか……」

 それだけ言うと、なにやら遠くを見上げるリア。

 その顔からは、何を考えているのかを感じ取ることが出来ない。

 たくさんの吸血鬼(同胞)が亡くなったことを悲嘆(ひたん)しているのだろうか。

 

「なにか分かったのか?」

 しばらくしてから尋ねてみた。リアはこの村がこうなってしまった理由が、分かっているのかもしれない。

「いや、この村に何が起こったのか完全に把握した訳ではない。だが、不自然なのは確かだの」

 

 確かに村人が全員、一斉に餓鬼になったのは不自然なように思う。しかし……

「皆、吸血鬼(ヴァンパイア)だと言うことを隠して暮らしていた。そして、全員が人の血を飲めなかったのなら説明がつくんじゃないのか?それに俺がここを最後に訪れたのは1ヶ月も前の話だ」

 一斉と言わず徐々に餓鬼になっていったとしたら、なにも不自然な話ではない。

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)とはいえ、年齢も違うし個体差もある。必要な人の血もそれぞれだろうが、全員が一滴も飲むことが出来なかったとしたら、なにも不思議な話では無い。

 しかし、その考えは一瞬にして砕け散った。

 

「まず、セレンティアに住む人々は吸血鬼(ヴァンパイア)などではなかった」

 何を言っているんだ?それでは辻褄が合わないではないか。

 餓鬼は、吸血鬼(ヴァンパイア)が自我を失った存在。この村の人々が吸血鬼(ヴァンパイア)ではなかったとしたら、餓鬼になってしまった理由がつかなくなる。

 

「お主にとって吸血鬼(ヴァンパイア)は人と変わらぬ程、見分けがつかぬ存在だと言っていたが、全く無いわけではないのだ」

 見分ける方法があるだと!?いったいそれはどこだというのだ。

 

 リアは理路整然と話し始めた。

吸血鬼(ヴァンパイア)には、人の血を吸うための大事な牙がある。それは明らかに人より大きな犬歯だ。いくら見た目を人間に近づけたとて、それは隠し通せるものでは無い。例え魔法によって細工することは出来ても…の。だが、先程の餓鬼達にはそれがなかった。

 そもそも、我が吸血鬼(ヴァンパイア)と人間を見分けられない、などという愚鈍はありはしないのだ」

 

「それでは、おかしいじゃないか。この村の人々が餓鬼になっていたのは、紛れもない事実なんだぞ」

 リアは更に言葉を続ける。

「もう一つ、決定的な証拠がある。吸血鬼(ヴァンパイア)はお互いを判別することができるのだが、それ故に群れは絶対に作らぬ。人の血を食らうのに群れていては効率が悪いからの。だからこうして村を築いたりは絶対にせんのだ。

 理由は分からぬが、彼らは紛れもなく人間だった。そして人間だというのにも関わらず、餓鬼になってしまった」

 

 人間が餓鬼になるはずがない、という考えがどうしても脳裏から離れない。

 仮に本当に人間が餓鬼になったとしたら、一体どのようにしてなったというのか。そしてそれは、餓鬼とは全くの別物の存在では無いのだろうか。

「……そんなこと有り得るのか……?」

 

 その問いにリアは慎重に応える。

「有り得るか有り得ないかと問われれば、ここに来る前なら有り得ないと言うだろう。しかしこれを見てしまった今、その事実を受け入れるしかあるまい」

 なんということだ……かなり()な事だ。にわかには信じ難い。

 だが、リアの言うことにも一理ある。この村の者たちが全員吸血鬼(ヴァンパイア)だったという事実よりも、真実味があった。

 

「仮にこれの存在を人鬼(じんき)と呼ぶ事にしよう。なぜこの人鬼が生まれたのか、そしてそれが餓鬼大量発生事件となにか関連があるのかどうか。それを調べねばならぬな」

「あぁ、そうだな……」

 俺は大きく頷いた。


 

 その後俺たちは、この奇妙な村を細かく調べた。しかし、それ以外はこれと言ってなんの手がかりも得られず、気づけば空は薄暗がりになってしまっていた。

「リアサマ……」

 このまま奇妙な村で一夜を過ごすのはさすがに危険と判断し、俺たちは村から少し離れた場所で野営することにした。

 それまでずっと怯え、言葉も発さずに俺の影に隠れていたチュンが口を開く。

 

「チュン……怖がらせてしまったの。申し訳ない」

「リアサマ、モドッタ。ヨカッタ」

 チュンはすかさずリアの元へと飛び、頬を擦り寄せた。

 そして直ぐに俺の肩へ飛び、なにやら集中し始める。恐らく例の召喚とやらを実行しているのだろう。

 

「カインよ、もう一つだけ分かったことがある。あの村では(かすか)かな魔力を感じたのだが、お主はどうだったかの?」

「いや、申し訳ないが俺は魔力を感じとれないんだ」

「!?そうであったか。あれだけの力量があるからてっきり……」

 

 何を隠そう。俺が魔法を覚えることの出来ない要因の一つが、俺には魔力がないことだった。

 魔力がないということはつまり、魔力を感じ取れないということ。

 この世界において、魔力の流れを感じ取れないのはかなり痛い。魔力は強さと比例するのだ。

 魔力が強い者は、その他の剣術や武術、もちろん魔法も比例して強い。

 

 レーナがいい例だ。

 彼女の魔力は、絶大な物だ。ある程度なら何者にも劣らないと言われている。それに比例して彼女の回復魔法の実力は、他に居ない。

 

 俺が相手するのはだいたいが餓鬼だ。餓鬼は魔法を使ったりしない。そのため、魔力がなくとも苦労はしなかった。

 もちろん強化魔法だけでも使えれば、あれだけ苦労することもなかっただろう。俺は魔力の流れを感じ取れない代わりに、修行の成果によって魔力の放たれる気配だけは感じ取れるようになった。

 そのため、奇襲を受けたとしても直ぐに対応できる。

 ただ、その痕跡ともなると話は別だ。

 

「しかし、何故あの村に魔力の痕跡が?村人が抵抗した時に魔法でも放ったのか?」

 ありえない話ではない。軽い魔法なら誰でも使えるのだ。俺という例外を除いて。

「いや、魔力というのは強ければ強いほど痕跡を残しやすい。あの村は昨日今日あーなったものではないだろう。故に数日経った今でも、魔力の痕跡が残っているとなると……」

 それ程強力な魔法が放たれていた、ということか。

 

 奇妙だ。確かに村人の中に、強い魔法を使える者がいなかったとも言いきれない。実力を隠していたという事も考え得る。

 だがしかし……

「放った魔法は、村の外から来た者の仕業ということか……」

 リアは頷く。

「うぬ。そう考えるのが自然よの」

 セレンティアは何者かに襲われ、その際に人鬼となった。そう考えるのが妥当か。

 しかしどうやって人をあんな風に変えられるというのだろう?気配も見た目もまるで、餓鬼とそう区別がつかなかった。

 吸血鬼(ヴァンパイア)ではない者を、鬼に変えるだなんて一体どんな恐ろしい力なんだ……


「他の村も見て回る必要があるの。まさかこの村だけとは思えぬからの」

 俺は大きく頷いた。

 確かにそうだ。もし、他の村も同じように被害を受けて居たとしたら……

 

 考えただけでゾッとする。

 村人は皆、街に助けを呼ぶことも出来ずに人鬼にされたのだ。これをやってのけた者の正体を、早急に暴いてやらなければ。

 この事件と街に訪れた、大量の餓鬼が関係しているかどうかはまだ定かではない。

 しかしいずれも、早急に解決しなければならない問題だろう。


「とりあえず今日はもう休むと良い。見張りはチュンに任せるからの」

「マカセロ、ニンゲン」

 名前を呼ばれて気づいたチュンが、俺にドヤ顔を決め込む。

 

「そうだな、任せるよ。だが、リア。昨日みたいに魔法を使うのは、よしてくれ」

「何故だ?ゆっくり休めるであろう?」

 不可解だとでも言いたげに、小首を傾げるリア。

 

 あれをかけられると、ふわっとしたとても変な感じがする。自分の意思に反して眠るので、起きた時いつ寝たのか記憶のない自分に落ち着かなくなるのだ。

 そういう感覚はあまり慣れていない。少しの恐怖すら感じる。

 

 しかし、そんなことは言えず強気で答えてしまう。

「とにかくそんなことしなくていい!かけて欲しい時にはちゃんと言うから」

「そうか……わかった」

 少し残念そうに肩を落とすリア。そこまで落ち込まなくても……

 あまりの落ち込みように、俺の方が狼狽(うろた)えてしまう。これじゃ俺が悪者みたいじゃないか。

 

 仕方ない。

 俺は、リュックから調理道具と非常食用のチョコレート。そして食材を取り出した。

 

「何を始めるのだ?」

 


読んでくださりありがとうございます!


なんだか、話が動き出してきたって感じですね。

そしてカインは、こんな野営地で一体何をする気なのでしょうか!?


また次回に続きます…

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