第6話 旅立ち
「お客さ〜ん!もう昼前だけど、どうするかい?もう1泊するかい?」
「ハッ!······す、すみません!もう出ます!」
翌日は、宿の女将さんの声で目が覚めた。周りを見渡すと、同部屋だった宿泊客達は、もうすっかり出掛けた後だった。
どうやら寝坊してしまったらしい。
まだまだ疲れはたまっているし、もう1泊ゆっくりしたい気持ちはあるけれど、ここはまだギリギリ王都内。面倒ごとに巻き込まれる前に、早目に離れた方がいいだろう。
それに、宿泊費だって馬鹿にならないしね。
◆◇◆◇◆
「いきますか」
どうせ崩れるからと、髪も整えず超特急で準備をして、バタバタと宿を後にした。
外に出ると、数台の馬車が、王都の中心に向かって、連なって走っていった。
それを横目で見ながら、私は人の流れに逆らって歩く。
昨日雨が降ったのか、足元はぬかるんでいるし、空も曇り空だ。
お世辞にも、【絶好の門出の日】とは言い難い。
でも、不思議と気分は悪くない。
この世界での遠距離移動の手段は、乗り合い馬車が最もポピュラー。
とはいえそれは、大きい街同士の話。
私の故郷や、これから向かう先のように、近くに大きな街がない場合は、個人の馬を使うか、歩くことになる。
これからの向かう先。
通称、【いにしえの神殿】。
ゲームでは、ジョブを得た主人公が、ストーリークエストで最初に向かう場所だ。
私は、大聖堂で聖女になってその場で騎士団に囲まれてしまったから、予定が狂ってしまったけど、本当はゲームに沿って、最初にそこに向かうつもりだったんだ。
あそこならば、休む場所だってあるし、立ち寄る人も少ないし、今の私にぴったりだ。
ここからだと距離は少しあるけれど、歩けない距離ではない、と思う。
迷わなければ、今日明日くらいは着くだろう。
それに、王都周辺は、本来ならば強い魔物が出やすい場所なんだけど、幸い今は魔物はいないので、すんなり歩けそうだ。
逆に、この時期を逃すと、辿り着くのが難しくなるかもしれない。
そんな背景事情に背中を押され、クラリスに転生してから、初めての一人旅に繰り出した。
「ここまで来たらいいかな」
かれこれ1時間くらいは歩いたかな?王都の大きな建物が、米粒サイズくらいまで小さくなった。
逆に高い丘の上にある神殿は、おぼろげに視認できるようになった。
ただ、さすがに歩き疲れた。
足が棒とは、まさにこのこと。
正直、しばらく歩けそうにないから、ここいらでちょっと休憩だ。
休憩のお供は、宿屋の女将さんから頂いた、食べ損ねた朝食代わりのお弁当。
パンに、スクランブルエッグとウインナーが挟まっていて、ボリューム満点!じゅるりとよだれが出る。
「おいしい〜」
パクッと一口かぶりつくと、肉の油が溢れてくる。薄味のパンとの相性が良くて、ぶりっ子しているわけではないけど、美味しすぎて、顔が左右に振れる。
お腹がすいていたこともあって、ペロりと平らげてしまった。もう1個くらい食べられたかも。
さて、美味しいご飯にお腹が膨れたところで、やることがある。
結界魔法の解除だ。
正確には、王都を中心に広く張っていた結界を、自分の半径5メートルくらいにまで縮める。
今ならば、魔物に遭遇することはないだろうから、全解除してもいいかもしれないけど、念の為自分の身は守りたい。
結界が守るのは、何も魔物からだけではないからね。
なんと、私が大嫌いな虫の侵入を拒むこともできるのだ!
他にも、火を通さないとか、雨をはじくとかもできちゃうよ。
要するに、何から守るかは、私のイメージ次第ということ。
便利な魔法でしょ?
だが、この結界魔法にも欠点もある。
そんな高度な魔法であるが故に、実は魔力をかなり消耗するのだ。
だから、王都にいる時は、いつも魔力切れ寸前だったんだよね。
魔力切れになると、吐き気がするのは有名?な話だけど、私の場合は、魔力切れ寸前でも、貧血に近い症状がでる。
ちなみに殿下は、鼻血が出るらしい。
寸前時の症状は人それぞれだけど、キツイことには変わりないし、人によっては命の危険もある。だから、魔力切れ寸前まで魔力を使うのは、あんまりお勧めされていないんだよね。
私は毎日、魔力切れ寸前だったけど。
でも、それはそれ。
慣れているからといって、キツくないわけではない。
それに、これからの1人旅でも、常時魔力切れ寸前というのは、ハッキリ言って冒険的すぎる。頼る人が居ないからこそ、リスクは取れない。いのち大事に、だ。
結界魔法を解除したら、王都はどうなるかって?
恐らく、魔法の残滓で、しばらくの間は、効果は残ると思う。
だけど、いつかはそれも確実に消える。
だから、結界の効力が完全に消えた後に、ゲーム同様、魔王が復活してしまったら。
その時は······。
でもそうだとしても、私は王都を追放された身。
お国の事情よりも、自分の事情を最優先にしたい。
それに、術者が結界から離れ過ぎてしまうと、どちらにしろ勝手に解除されてしまうんだよね。
「結界解除。これでよし」
こうして、複雑な気持ちを抱えつつ、新たな人生を一歩踏み出した。