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第5話 結界、崩壊するってよ

第1章ラスト話です!



「待っ」



 その辺で殿下の呼び止める声が聞こえたような気もするけど、今は立ち止まる時間なんてない。きっとそら耳よ、そら耳!


 一刻も早く準備を整えて、王都を離れないと。ここに居たら、また何かいちゃもんつけられるんじゃないかって、気が気じゃない。



 ツカツカツカツカ


 足音も気にせず、全力で走る。淑女たるものなんて、もう関係ないもの。




「待ってくれ!クラリス」



 今度ははっきりと聞こえた、自分の名を呼ぶ声に後ろを振り向くと、やっぱりそこには殿下の姿が。日頃から鍛えているだけあって、私とは走るスピードが違う。



「すみません殿下、ちょっと急いでおりまして!」


 走りながら後ろを振り返り、叫んだ。普段ならば、目上の人にこんな失礼な態度は取らないのだけど、今は緊急事態だからね。


 というか、殿下もしつこいな。振った女を追っかけるなんて、みっともないですよ〜。


 


 にしても、ドレスを着たままのロングランは流石にきつい。


 ロング丈の重いドレスのせいで、まるで重りをつけて走っているみたいだ。


 


 重りといえば、ふと脳裏に、亀の甲羅を背におぶった、ちびっこ2人の映像が頭に浮かんだ。

 

 いやいや、私は修行中の身じゃないんだから。




 なんて場違いな事を考えていたら、パシッと手を掴まれた。


 どうやら、殿下に追いつかれちゃったようだ。




「はぁはぁはぁはぁ。クラリス、私の父が、すまなかった」


 

 謝罪なんていらないんだけどな。今はそれより、一刻も早く冒険に行きたい。


 でも、手を掴まれてしまっては、仕方がない。これ以上邪魔されないよう、釘をさしておこう。



 不敬だなんだと言われるかもしれないが、既に王都追放を宣言されている身だ。もう今更だろう。



 クルリと振り返る。

 

 目に入ったのは、息を切らしながら、ハの字に眉を下げた顔。


 殿下のこの表情は見たことがことある。婚約者になったばかりの頃は、私がワガママを言っても、『クラリスは仕方ないね』といいながら付き合ってくれていた。


 その時の顔がこれだった。

 優しいお兄ちゃんみたいで、好きな顔だったけれど、今はなんだか頼りなく感じてしまう。

 


 そう思いながら、ふぅと、久しぶりの全力疾走で上がっていた息を整えて、口を開いた。



「まさか、殿下の婚約解消の願いを受け入れたら、王都を追放されるなんて。さすがに予想しておりませんでしたよ」  



「違う!俺は知らなかったんだ。断じて、クラリスが邪魔だったとか、そんなことはない。父上はきっと、やっと倒した魔王がまた復活すると聞いて、恐慌状態なんだ。それであのような心にもないことを······」



 本当にそうだろうか?私は、心に余裕がない時にこそ、その人の本心が窺い知れると思っている。


 だから、魔王の復活を忠言しただけで終身刑を匂わせるなんて、殿下はともかく、陛下は私のことをよく思っていなかったんじゃないかな?



「知らなかった、と。まぁ、そういう事にしておきましょう。それに、今思えば、陛下が信じてくれなくたって仕方ありませんね。だって、陛下以上に付き合いが長い殿下、貴方だって、信じてくれてはいないのでしょう?」


 

 ついつい厳しい口調になってしまった。決して、殿下だけが悪いと思っているわけではない。


 私だって、魔王が復活すると知っているのは、ゲームをプレイしたことがあるからなのに、女神からの啓示だと嘘をついているし。



 だけど、もし殿下が私を守ってくれていたら······。少なくとも、こんなことにはならなかったのに、と八つ当たりしたい気持ちは、少なからずある。




「いや、そんなことは······」




 我ながら、意地悪な質問だと思う。


「はぁ。もういいです。殿下、どうぞ安心してください。私はもう王都には近づきませんから。たとえそれが貴方がた王族のご命令であっても」



 バシッと手を振り切って、また走り出す。





 向かった先は、3年間過ごした私室。

 城の中でも比較的良い場所を充てられていて、陽当たりの良く、結構気に入っていた。でも、もうこの部屋ともお別れだ。



 部屋に入るやいなや、ドレスをベッドに脱ぎ捨てる。



「暑かったぁ〜」

  


 汗で湿ったドレスを脱ぎ捨て、なんとも清々しい開放感だ。


 でも、このまま何も着ずに、外に出るわけにはいかない。だから。



「あ!まだあった、コレコレ」


 クローゼットから、一番地味なワンピースを一着取り出した。これは、私が村に住んでいた頃からの私物だ。大聖堂で聖女のジョブを得た日に、着ていた服でもある。


 それから、替えの肌着と、護身用の短剣、それから全財産である金貨101枚と銀貨7枚が入った麻袋をウエストポーチにしまった。



「これでよし」



 今日を最後に、私はこの王都を旅立つ。


 でも、不思議と少しも後ろ髪は引かれない。


 聖女になってからは、結界を張るために城に籠りっぱなしだったから、王都を観光したこともないし、仲の良い知り合いもいないし、それが理由かな。



 唯一、王都追放となって惜しむべき点があるとしたら、ここでしか手に入らない装備品等の入手が困難になったことくらいか。



 まったく薄情なもんだ、と我ながら思った。





◆◇◆◇◆





 超特急で準備したものの、城下町を出るころには、外はすっかり夕暮れ時になっていた。


「おや、聖女様。こんなお時間にお一人でどちらへ?」


 この時間の女性の一人歩きは、心配なのだろう。門番2人が不思議そうに尋ねた。 


 後でバレる事だしと思い、軽く事情を説明すると、それはそれは驚いた様子だった。




 門番2人と軽く挨拶を交わし、再びズンズンと大股で足を進める。

 

 今日の宿泊地、王都と隣町との境にある宿屋に着いたのは、もう真夜中だった。



「づかれたぁ〜」

 


 今日は、人生で一番、色々なことがあった日だった。


 でも、ある意味いいきっかけだったかもしれない。


 望まれない聖女としての役割は、もう終わり。


 これからは、冒険者として、色々な場所を見て回るんだ。



「おやすみなさい」


 私はこの日、これからの第2の人生に胸を躍らせつつも、心身の疲労からか、泥のように眠った。


 




◆◇◆◇◆





【王都グライスナー通り南門】



 俺は、スカー。王都の騎士団に所属している。王都には、東西南北に4つの門があり、この門の警備は、騎士団の者が交代で行っている。


 そして今日、俺は同僚のガーラッシュとともに、南門の警備をしていた。



 今日は、まったく何も無い1日だった。陽も落ちてきたし、そろそろ交代の時間かと思い、周囲を見渡したところ、まさかの人物が目の前に現れた。




 そう。聖女様だ。


 フードを目深にかぶっていても、間違えることはない。


 この辺りでは珍しい真っ黒な長い髪と、対比するような、陶器のように透き通る真っ白な肌。この目立つ容姿で、一発で分かってしまった。




 それにしても、こんな高貴な女性が、こんな時間に1人で出歩いていいのか?


 どこかに出掛けられるならば、お引き留めした方がいいのか?


 頭の中にハテナが浮かび、そのまま口に出した。

 


 それに対する聖女様の答えは、信じられないものだった。

「陛下からのご命令で、王都を出ていくことになったのですよ。女神様から魔王が復活するとの啓示を受けまして、それをお伝えしたところ、大層ご立腹になられて······。あぁそうだ。貴方がたも、くれぐれも気を付けてくださいね。私の結界魔法は、遠くの地では使えず、この王都の結界もいずれ崩壊するかと思いますので。では、ごきげんよう」


 内容からかけ離れた、のほほんとゆっくりとした口調。そして、王都にはまるで未練がないかのような、明るい笑顔。



「は、はい······。いってらっしゃいませ」


 呆気にとられ、俺は思わず見送ってしまった。



 聖女様のことは、今まで遠巻きからしか見たことはなかったが、いつも無表情で、おまけに顔色が悪い時も多かった気がする。


 それがどうだ。先程の上気した頬は。顔色もよく、何より花が咲くような笑顔だった。


 普段クールな子の貴重な笑顔。思わずうっと固まってしまったじゃないか。



「聖女様の笑顔、かわいかったなぁ」


 先程の笑顔を思い出し、だらしなく口元が緩む。




「馬鹿!そんなことより重要なことがあるだろ。ちゃんと聞いてたか。結界が崩壊するってよ」


「______お、おう。でも、まぁ、大丈夫だろ。____魔王も討伐されたことだし」


「でもその魔王も復活するって、聖女様が」


「まさか(笑)」


「······」

「······」


「え?」

「え?いやいや、まさか」



「······」

「······」



 そんなことが本当に起こってしまったら、王都は壊滅してしまうぞ。結界を張ってくれていた聖女様も出ていってしまったし。




「······俺、装備品新調しようかな。魔王討伐後、平和になったって、冒険者を辞める奴が増えて、良い装備が昔じゃ信じられないくらい安く売られているんだと」


「俺もその話聞いたわ」


「俺達兵士が戦う相手は、何も魔物だけじゃない。備えあれば憂いなし、だよな」


「あ、あぁ」






 ドガーン


 その瞬間、先程までカラカラに晴れていた空に、雷が落ちた。


「うぉっ」


 大粒の雨がザーザー降り出す。


「ついてないぜ。もう少しで交代の時間だったのに。なあ?」


 同意を求め、ガーラッシュを見ると、彼は何やら眉をひそめていた。


「······おい、この雨、おかしくないか」

「ん?あぁ、そうだな。さっきまで晴れていたのに」

「じゃなくて、雨が降ってる場所だよ」


 ガーラッシュの言葉に、空を見上げる。



 確かに変だ。この雨、見間違いでなければ、()()()()()降っているように見える。


 それだけではない。王都を包み込む真っ暗な闇のような空。



「おい、交代の時間だ」

「あ、あぁ」


 先程、聖女様か魔王復活説を聞いたばかりだからだろうか。


 なぜだか、とても不吉な予感がした。


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