第4話 もういいや
このゲームの題名である【No One Escape 】は、直訳すると【誰も逃げられない】という意味だ。
これは、倒しても倒しても、魔王が何度も復活することを表していると、プレイヤー達が考察していたっけ。
ラスボスである魔王の復活。もしこれがゲームであれば、高難易度のゲームを何度も楽しめる喜ばしい仕様なんだろうけど······。
残念ながらここは現実。
自分で自分の首を絞めるなんて、愚の骨頂。
だから、本来ならば、魔王は倒すべきでは無かった。
でも、後悔したってもう遅いよね。だって魔王はすでに倒してしまったんだから······。
今私達に出来る事は、魔王の復活に備えること。それだけだ。
魔王の復活は、ゲーム通りだと翌年の春の季節。今が冬に差し掛かったばかりだから、多分あと3ヶ月くらい?この間に、魔王復活に備えたい。
先の魔王討伐で疎かになってしまった、物資の調達や、武具の整備、騎士団の訓練中などなど。やることはいっぱいだ。
それには、殿下、そして誰より陛下の協力が不可欠。
でも、あの陛下を説得出来るか、正直自信がないなぁ。
これまで、魔王を倒してはいけないと、何度も進言したにも関わらず、信じてはくれなかった陛下。
それが聖女として協力することの条件だったにも関わらず、事前の相談も無しに、魔王討伐に舵をきった陛下。
そんな陛下に、しかも魔王を倒してお祝いムードの中で、再度魔王の復活を忠告するのは気が重いけれど、これは転生者である私にしか出来ないことだと思うしね。
何より、もし何も準備せずに魔王が復活して甚大な被害が出たとして、それが準備していたら当然防げたはずのものだったとしたら······。自分の性格上、絶対自己嫌悪に陥る。
きっと最初に進言した時は、多分陛下も、『どこの馬の骨かも分からない村娘が何を言っているのだ』状態だったと思う。
でも、それから3年、結界を張ることで、王都の防衛に協力したんだよ?
だから大丈夫。陛下だって、今の私の話なら、少しは耳を傾けてくれるよね?
◆◇◆◇◆
王命による婚約を破棄することにした、殿下と私は、至急、陛下にその旨報告することにした。
至急といっても、陛下の都合で、約束が取れたのは1週間後のことだったのだけれど。
でも、ある意味、この1週間の待機期間があって良かったと思ってる。
だって、殿下に婚約破棄された時は、かなり気が動転していたし、人生で一番最悪な気分だったけど、今ではかなり冷静になれた。
勿論、婚約破棄は悲しかった。でも冷静になると、この感情は、失恋というよりも、仲の良い兄と兄妹ゲンカしてしまった時のような悲しさだと気付いたんだよね。
その結果、『よく考えたら、元々冒険者になりたかった所を無理やり王子妃にされそうになってたんだし、婚約破棄して何も問題ないのでは?』という結論に至った。
そうだよ。魔王が居る限り、結界は今後も張り続ける必要があるだろうけど、それ以外は自由だ。
これで心置きなく、冒険者業に集中できる!ヤッター!
ここまできたら、これからの冒険が楽しみ過ぎて、いつしか言い出した殿下以上に、婚約破棄に前のめりになっていた。
「うふふ」
「······」
思わず1人でニヤけてしまう。
殿下から、まるで不気味なものを見るかのような視線を感じるけど、でも、そんなの関係ない!
陛下へのご報告が終わったら、まずどこに行こうか。少し遠いけど、実家に帰ろうかな。いや、それより先に、これから冒険者として生きていくならば、必須アイテムとなるアレを入手しに行こうか。
頭の中は、これからの冒険のことばかり。
◆◇◆◇◆
約束の日。
指定された部屋に着くと、そこには既に、陛下が椅子に座って待っていた。側には、宰相と、武装した兵も数名居る。
いつも通り、形式的な会話をした後。緊張した面持ちのローレンツ殿下が、「父上にお話がございます」と切り出し、私達の婚約破棄を伝えた。
「何?そなたらの婚約を破棄したい、だと?」
途端、陛下から負のオーラがビンビンに漏れ出す。予想通り、大層ご立腹なご様子。
その唸るような声は、まるで重力を纏っているかのような重みがあり、緊張で身動きができない。正直、呼吸するのもやっとなくらいだ。凄い、これが一国を治める王の圧なのか······。
ローレンツ殿下と似て(この場合は、子である殿下が父親である陛下に似ていると言うのが正しいんだろうけど)、美形ではあるものの、愛想なしの陛下は、普段から何を考えているか分からなくて、実は私はちょっぴり苦手としていた。
でも、こんな鬼の形相で睨まれるくらいなら、愛想なしの方がまだマシというものだ。
「「はい」」
そんな威圧に耐えながら、なんとかローレンツ殿下と声を揃えて、返事をする。
「はぁ······。ローレンツ、お前は王族としての自覚が足りん。クラリスとの婚約は、お前一人の問題ではないのだ」
確かに陛下の言う通り、王命による婚約を破棄するなんて、無責任にも程があると思う。
そんな我儘がまかり通るのなんて、正直、乙女ゲームの世界ぐらいなもんじゃないかな?
でも、このRPGゲームの世界にあっても、今回ばかりは、勝算がある。
「それは承知しております。ただ、私が婚約者として望むユナ嬢も、素晴らしい才能をお持ちです。彼女のジョブはプリンセス。建国以来、初めて発見されたジョブです。詳細は調査中ですが、その名から察するに、恐らくは王妃、__今回は王子妃ですが、こちらになった場合に力を発揮するジョブではないか、というのが有識者達の予想です。また、ここに居るクラリスも、婚約破棄後も変わらず、聖女として協力してくれると言ってくれています」
殿下の言葉に陛下もピクリと反応した。
そう。聡明な陛下なら理解されるはず。
このまま私が王子妃になれば、掌握できるのは聖女の力のみ。
ただし、殿下がユナ様と婚約し、そのまま結婚したとしたら、プリンセス+聖女の力を借りられる。
懸念材料は、王妃になれなかったことで、私がそっぽを向いて、その後の協力をしなくなることだけど······。ユナ様と違って私は平民。例えば【協力しないなら国外追放】と圧をかけるか、考えたくはないけど、やり方はいくらでもある。と思う。
「ほう。相手は、ソルベ侯爵家の娘か。······まぁ良いだろう。_____聖女もこれまで大義であった」
あれ?思ったよりすんなり納得してくれて、ちょっと拍子抜け。
確かに勝算はあったけど、説得にはもっと時間がかかると思ってた。
お相手が侯爵家で、元婚約者候補のユナ様だったからかな?
「ありがとうございます」
ホッとしたように殿下が頭を下げた。
良かったね。私も一安心だよ。
「陛下、ありがたきお言葉をありがとうございます。そして、もしよろしければ、最後に1つだけ、発言してもよろしいでしょうか」
私も殿下にならって、感謝の言葉を述べた。
それと、陛下とお話する機会もこれから少なくなっていくだろうしと思い、この場を借りて、魔王復活に備えるように進言することにした。
「発言を許す」
「ありがとうございます。実は、前々から申し上げておりましたように、近く、魔王の復活が予想されます。ですから、陛下におかれましては、至急「魔王が······復活するだと?」
途端、陛下が怪訝な顔をした。相手が話し終わる前に遮るところは、親子で似ているね。
「ええ、そうなのです。聖女として、女神より啓示を受けました。私達は、至急準備を進めなければなりません」
「お主、余を愚弄するか。魔王討伐の宣言は、我が名で行った。忘れたとは言わせぬぞ。その発言、撤回せぬならば、余への侮辱と捉えるが。その覚悟ができているのか」
え?どういうこと?
この状況、急に私が悪者になってるよね?
これまで何度も進言してきた、魔王復活を伝えただけで愚弄したとイチャモンつけられるなんて。
明らかな態度の変化に、頭が追いつかない。
「父上!クラリスはそのような者ではございません!」
「ローレンツ、黙っておけ。余はそこの聖女に尋ねている」
いつも愛想なしだった陛下だけど、こんなにも鋭い視線は初めてで、思わず身がすくむ。
だけど、もしここで「やっぱり嘘でした!魔王は復活しません!」と誤魔化したとしても、今度は「じゃあなぜ嘘をついた!?」みたいな話になるよね。
じゃあ、どっちみち、陛下の怒りは収まらないのでは?
あれ?ということは、もしかしてこの状況、詰んでる?
・・・・・・・
・・・・
・・
であれば。
「_____魔王は復活します」
嘘はつかない。
「ほう。撤回せぬか。ならば、王を侮辱した罪、償ってもらうしかない。おい、宰相、この場合の罰はどうなっておる?」
罪?罰?
どういうこと?
頭の中はパニック状態。
「終身刑となっております、陛下。ただし、聖女様は国政に多大なる貢献をされたお方。この場合、減刑も認められます」
終身刑?減刑?は?
「ならば、減刑して【王都追放】くらいだろうか」
「さすが陛下。お見込みの通りかと」
さっきから、この人達は何を言ってるんだろう。
前世の記憶がある私は、確かに常識外れの事をすることもあるし、田舎育ちで貴族のルールには疎い。
でもそれにしたって、そんなに悪い事をしたかな?
私だって、冒険したり、やりたいことが沢山あったんだよ。
それを我慢して結界を張り続けたのに、その仕打ちがコレ?
もう聖女は用無しだから、こんな酷いことをするの?
乗りかかった船だなんて、馬鹿な事を考えて、自己犠牲の精神で、よく知りもしない人を助けようとした私が馬鹿だったのかな······。
その瞬間、傷ついた心を守るかのように、ガシャーンと心のシャッターが下りた気がした。
「もう、いいや」
「なんだ?」
「陛下、王都追放の罰、真摯に受け止めさせていただきます。誰に言われても、たとえそれが王のご命令だとしても、今後一切、王都には近づかないことを誓います」
「クラリス!滅多なことを言うな。父上も、女神からの啓示を伝えただけで王都追放とは、あまりにも酷ではありませんか?魔王を討伐出来たのは、クラリスのおかげと言っても過言では無かったはずです!」
「殿下、構いませんよ。では、陛下、殿下、早速ですが、すぐにでも王都から出ていきますので。これにて失礼します」
言い終わるが早いか、私はドレスを踏んで転ばないように、両腕でしっかり持ち上げて、ズカズカと走り出した。
そして、息を切らしながら思った。
早く動きやすい服を買わなきゃね。これからは、公式には聖女でも、殿下の婚約者でもない、ただの冒険者のクラリスなのだから。