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第1話 オワコン聖女の婚約破棄

新連載始めました。よろしくお願いします。


【注意】

第一話は恋愛要素を含みます。好みではない方は、第二話からお読みいただければと思います。



「倒しちゃったんですか!?魔王っ」


 まさかそんなはずはない。だって、魔王の討伐はしないって、王とも殿下とも約束していたんだもの。


 書斎にしては広い一室。まだ現実を受け入れられていない私は、縋るような気持ちで、婚約者であるローレンツ第三王子殿下に詰め寄った。



「だからそうだと言っている。何度も言わせるな」


 一方その詰め寄られた殿下は、なにか文句があるかと言いたげな表情で、面倒臭そうにそう言い放った。

 昔に比べると、穏やかな笑顔を向けてくれる事が減ってきているなとは思っていたけれど、殿下からこんな風にあからさまな態度を取られることは初めてで、意図せず目に涙が溜まる。


 

「そんな···!私、何度も言いましたよね!?魔王を倒しては駄目だと。生かさず殺さず「それは、俺と結婚したい君の戯言だろう!?」


 語気を強め、私の言い分を遮った殿下に、思わず身がすくんだ。



「皆言っておるぞ、聖女はこの国が聖女の結界を求めるうちは、俺が君との婚約を継続するしかないことを見越して、そのように虚言を吐いているのだと。だが、魔王は倒した。クラリス、妹のように可愛がってきた君にこんなことは言いたくないが······。いいかい、君の役目は、もう()()()()んだよ···」


 私の役目って?それって私の聖女としての役割?それとも···。


 それを聞けば、全てが終わる。直感的にそんな言葉が頭に浮かんだ。


 嫌だ。振られたくない。だから、何が終わったの?とは口が裂けても言えない。


 そんな心情を察してか、殿下が静かに口を開いた。

 

「クラリス、君との婚約を破棄したい」


 下に向けていた顔を上げた。


 すると、切れ長の目と視線が合った。


 形のいい瞳が、歪んでいる。

 それがまるで、目の前の私を憐れんでいるようで。


 もう駄目だ。頭では分かってはいるけれど、この3年間優しくしてもらった記憶が、判断力を鈍らせる。

 僅かな望みを抱き、みっともなく、早口で縋り付いてしまう。



「何故です?私に至らぬ点がありましたか?であれば直します。それに、聖女としても、もっともっと、頑張ります。そうだ。殿下にはお伝えしていましたよね。魔王の話を。魔王は復活するのです。だから、その時に、また私の結界魔法が役に立つと思うのです。だから···!」


「他に好きな人ができた」


 聞きたくなかった、核心をつく言葉に、ひゅっと喉が鳴る。


「それは、もしかして討伐の時に出会った方ですか?」


「あぁ。君も噂は耳にしているだろう。アルマンディー侯爵家のユナ嬢だ。上手く言えないが、彼女と共に居ると、心が躍るのだ。先の戦で、侯爵家の令嬢でありながら、身なりも気にせず戦場を駆け回り、皆を気遣う気高き精神に強く惹かれた。君には申し訳ないが婚約破棄が成立したら、彼女に想いを伝えるつもりだ」



 ショックだった。一瞬、呼吸が止まったかと思うくらい。


 世間話に疎い私の耳にも、殿下の好きな人、ユナ様のことは噂に届いていた。どんな意図があったのかは計り知れないが、ご丁寧にも、殿下との仲睦まじさを報告してくれる人が居たからだ。


 曰く、彼女は侯爵家のご令嬢で、私が【聖女】として覚職するまでは、殿下の婚約者候補の一人だった。人目を引く、とても華やかな方である上に、教養も申し分ない。元々、何もなければ、ローレンツ殿下の婚約者になっていたであろう人。

 そんな彼女が、【聖女】と並び、この世に1人しか存在しない珍しいジョブ【プリンセス】に覚職し、活躍されている、と。


 


 人は言う。彼女は天使に違いない、と。


 彼女に手を振られた者は、素早さが増す、

 言葉を交わせば、力が増し、

 微笑まれたならば、魔法の威力が向上し、

 肩を叩き無事を祈られた者は、丈夫になる。


 そして、【聖女】であるクラリスとは違い、戦場のど真ん中に赴き、その力を存分に発揮している。その華やかな見た目もあり、騎士団の士気は彼女のお陰でうなぎ登り。

 見目麗しい同士、殿下ともお似合いで、よく2人が笑い合う姿を目にするし、彼女こそが、王子妃にふさわしいのではないか、と。



 私が平民出身であることで、王子妃には相応しくないという声があることは知っていた。


 でも、私には【聖女】という攻守最強のジョブがあったから、何だかんだこのまま殿下と添い遂げられると思っていた。


 だが、彼女が覚醒した。

 彼女を慕う者が、軍人を中心に増え、彼女を王子妃にと推す派閥は加速度的に勢力を増しつつあった。




 王命による婚約を破棄することは、本来ならば、許されない。

 王子は、個人である前に、国のためにある存在だからだ。例え不本意な婚約であっても、国にとって有益なものならば、甘んじて受け入れなければならない。


 ただ相手がユナ嬢ならば話は別。

 役目を終えた平民の野暮ったい聖女と、侯爵家でしっかりとした教育を受けた華やかなプリンセス。

 乱世ならいざ知らず、魔王討伐後の復興時の王子妃として、どちらがより望まれるか······。答えは明白だろう。


 努めて冷静に、現状を整理すると、不思議とスンと腑に落ちた。


「······分かりました」


 自分に非があるならば、きっと努力した。


 でも、他に好きな人ができたと言われ、ショックだったし、何よりその相手が、自分より見目も、家柄も、教養も、なんなら愛想だって、全て優れているのだ。


 それに、私自身、ユナ様の方が殿下とお似合いだと、認めてしまっている。


 こうなってしまうと、もう抗う気力もない。


「すまない、クラリス」


「いいえ。私が未熟だったのです。侯爵家のご令嬢ならば、きっと私よりも、殿下のお側に相応しいでしょう。であれば、早急に王に報告せねば。まさか反対はなさらないとは思いますが、私たちの婚約は一応王命でしたからね」


「あぁ、すまない」


 そんな風に、申し訳なさそうにしないで欲しい。いっそ罵ってくれたら、貴方を悪者にできて、私も幾分か楽だったのに。




◇◆◇◆◇




 殿下との婚約は王命で。田舎の農家の長女として生を受けた私には、回避できないものだった。


 始めは、『なんで私がこんな面倒ごとを。いつか、隙をついて逃げ出そう』と思っていた。


 でも、婚約者となったローレンツ殿下と過ごすうちに、『この生活も悪くないかも』なんて、考えてしまったんだ。


 ローレンツ殿下は見目麗しい。

 手入れの行き届いた、少し長めの銀髪。切れ長なシュッとした瞳。

 王族にしては魔法の才に恵まれなかったらしいが、それでも剣の腕だけで魔王討伐の責任者に抜擢される程に鍛えられた、顔に見合わず筋肉質な肉体は、いっそ美しい。

 王族特有の貫禄というか、オーラもあり、初めて殿下を見た時は、無理矢理連れてこられたことで腹が立っていたにも関わらず、思わず見惚れてしまったほどだ。


 だが、ローレンツ殿下は、見た目だけではない、努力の人だった。

 第一王子、第二王子が、魔法の才を讃えられていた時、隠れて剣を振っていたのを知っている。

 魔力の少なさを嘆き、どうにか魔力を増やす方法が無いか調べていたことも知っている。

 

 そんな努力の人から、『クラリス、ありがとう。君の結界のおかげで、魔力が少ない私でも戦えるんだ』という言葉を貰った時は、本当に嬉しかった。この人のためなら、この身をこの国に捧げてもいいと本気で思ったくらいに。


 7歳という年齢差もあり、恋することはなかったけれど、兄のように、親友のように、大事に思っていた。


 思い返せば、殿下との思い出以外にも、嬉しいことがあった。『結界が張られてから、作物がよく育つようになった』と、民から感謝の言葉がいくつも届いたのだ。


 そんなこんなで、いつかは逃げ出そうと思っていた第三王子の婚約者という役割も、殿下の力になるならば、民が求めるのならば、なんとかやってみようと、前向きに取り組むようになったのだ。




 ······とんだ思い上がりだ。

 聖女の役目は、魔王を討伐と共に終わってしまうものだったのに。


 あぁ、今物凄くみじめだ。正直、すぐにでも一人になって、枕をサンドバッグにして泣きたい。

 


 でも、これまでの3年間、悪い事ばかりではなかったから。

 だから最後に、私が持つこの世界の知識を王に伝えよう。平和な治世のために、役立ててもらおう。


 その先のことは······まだ考えられないけど、結界を張り続けるとこができる範囲で、王都を見て回ろうかな。

 





 ____健気な彼女はまだ知らない。この先、さらに彼女の心を抉る出来事が起こることを。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

前作以上に楽しんでいただけるよう、頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします。

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