【夏のホラー2017未参加作品】赤いワンピースの女
こちらは2017年夏のホラー公式用に書いた作品でしたが、期間に間に合わずお蔵入りになっていた作品です。
設定が「夏のホラー2017」のものですので、あえてタイトルに「夏のホラー2017」とつけてますが、キーワードタグにはつけてません。
夏のホラー2023が始まるため、前夜祭的な気持ちで投稿させていただきました。
※バッドエンドですので、苦手な方はご注意ください。
コースケが“その女”を意識し始めたのは、4つめのアトラクションに並んでいる時であった。
不気味な女だった。
赤いワンピースを着て、ざっくばらんな長い髪が顔を隠している。
髪の毛の隙間から覗く白い目が異様な寒気を感じさせた。
“その女”はいつもコースケのあとをつけてきていた。
ジェットコースターに並んでいるときも、フリーフォールに並んでいるときも、アクアツアーに並んでいるときも。
順番待ちで列に並ぶと必ずコースケの2、3人あとに“その女”は並んでいた。
はじめは「ただの偶然かな?」くらいに思っていたのだが、メリーゴーランドに並んだ時までついてくると、さすがに違和感を覚えた。
髪の毛から覗く鋭い目つきが、寒気を感じさせる。
コースケは思わず隣にいるみゆきに声をかけた。
「なあ、みゆき」
「なあに? コーちゃん」
みゆきは何も知らずに楽しげに答える。
コースケは久々の遊園地デートを満喫している彼女をシラケさせたくなくて、つとめて明るい声で尋ねた。
「3人後ろにいる髪の長い女の人、ちょっと変じゃない?」
「髪の長い女の人?」
言われてみゆきはひょいと後ろを振り向く。
遠慮も何もない振り向き方にコースケは内心ドキリとした。
しかしみゆきは特に気になる様子もなくコースケに視線を戻す。
「誰のこと?」
「ほら、赤いワンピース着た髪の長い女の人だよ。僕らの後ろに並んでるでしょ?」
コースケは振り向かずに答える。
正直、目を合わせるのが怖かった。
みゆきは再び振り向いて頭を動かす。
「いないよ? 赤いワンピース着た人なんて」
「え?」
みゆきの言葉にコースケも振り返ると、さっきまで並んでいたはずの“その女”は姿を消していた。
そこには、彼らと同じように順番を待つ親子連れやカップルがいるだけだった。
「へ、変だな。さっきまでいたのに……」
はて? と首をひねる。
おかしい、見間違えていたわけではない。
“その女”の着る赤いワンピースはまるで血の色で、強烈な印象があったからだ。
「コーちゃん、もしかして幽霊でも見た?」
意地悪くそう言うみゆきに、コースケは「はは、まさか」と笑う。
「こんな真昼間に幽霊なんていないだろ」
そう言いながらも、どこか心に引っ掛かるものを感じていた。
やがて、順番が来た彼らはそれぞれの馬にまたがった。
正直、「大学生にもなってメリーゴーランドかよ」とコースケは思っていたが、白馬に乗っておおはしゃぎするみゆきがあまりにも楽しそうだったので、まあいいかと思った。
まわりの家族連れも、コースケ達の事はあまり気にしてない様子だった。
しばらくして、軽快な音楽と共にメリーゴーランドが回り出す。
上下に揺れる馬に、思いのほかテンションが上がるコースケ。
隣の馬にまたがっているみゆきも心底楽しそうに笑っていた。
何周めかに差し掛かった時、みゆきが手を差しのばしてコースケを呼んだ。
「コーちゃん」
笑顔を見せる彼女に、コースケも隣の馬から手を差し伸べる。
手の指先と指先が触れあう絶妙な距離。
お互いに繋がろうかといったその瞬間、コースケは硬直した。
手を差し伸べる愛しい彼女。
その背後の馬に、“その女”が乗っていたのだ。
長い前髪の隙間から、コースケたちを見つめている。
(なんで?)とコースケは思った。
(なんでいるんだ?)と。
確かに、並んでいるときには消えていたはずだ。
メリーゴーランドに乗る際にも確認している。
にも関わらず、“その女”はいた。
楽しげでもなく、笑っているでもなく、揺れる馬の上からただただコースケたちを見つめている。
「コーちゃん?」
みゆきの言葉に、コースケは我にかえった。
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもない」
コースケは答えながら、前を向いた。
もう彼には振り向く勇気はなかった。
やがてメリーゴーランドが終わり、逃げ出すようにその場をあとにするコースケをみゆきは必死に追いかけた。
「ちょっと、どうしたのコーちゃん」
「ゴメン、ちょっと気分が……」
「ずっとはしゃぎ続けてたからね。どこかで休もうか?」
「うん」
コースケはそう言って近くの休憩エリアに立ち寄った。
「アイスティーください」
売店で飲み物を買い、ベンチに座りながらストローでアイスティーを流し込む。
それだけで、だいぶ気分が楽になった。
「どう? 落ち着いた?」
尋ねるみゆきに「うん」とアイスティーを飲みながらうなずくコースケ。
「ちょっと待ってて。何か食べ物も買ってくる」
そう言ってパタパタと駆けて行くみゆきを目で追いつつ、コースケはあの異様な女が何者かを考えた。
どう見ても、知り合いではない。
この裏野ドリームランドに来るのも初めてだ。
今日は休日ということで、多くの人でにぎわっている。
そんな中で、自分だけを追ってすべてのアトラクションについてくることなんてあり得るのだろうか。
いや、あり得ない。
そもそも、こんな人混みの中で同じアトラクションについてくるなんて至難の業だ。
安心すべきは、今この休憩エリアでは“その女”がついてきていなかったことだ。
それだけで安堵のため息をつく。
「おまたせ」
ベンチに寄りかかるコースケの肩越しからみゆきが売店で買ってきたフランクフルトを差し出してきた。
「ありがと」
そう言ってコースケはみゆきの手からフランクフルトを受け取る。
香ばしい匂いを放っている。
コースケはパクリとおいしそうにそれを頬張った。
「うん、おいしい」
そう言って背後にいるみゆきに視線を映した。
「………」
しかし、そこには誰もいなかった。
みゆきがいたはずなのに。
コースケの肩越しからフランクフルトを差し出してきたはずなのに。
だが気が付けばコースケはただ一人、ベンチに座って誰もいない背後に笑顔を振り向けているだけだった。
直後、フランクフルトを持ってきたみゆきがやってくる。
「ごめん、遅れちゃって。コーちゃんの言ってた赤いワンピースの女の人が先に並んでたよー。コーちゃんの言った通り、ちょっと怖い感じの人だったね」
その言葉を聞いた瞬間、コースケは悟った。
今、手にしているこのフランクフルト。
これはみゆきがくれたものではない。あの女がくれたんだ!
そう気づいたコースケは思わず手に持ったフランクフルトを投げ捨てた。
「え、ちょ、コーちゃん!?」
突然の行動に動揺するみゆき。
そしてコースケはその場を逃げ出すように休憩エリアをあとにした。
「コーちゃん!」
慌ててみゆきも追いかける。
コースケは目的もなく、ただただ歩き続けた。
歩き続けば、あの女から離れられる。そう信じて。
どれくらい進んだろう。
「コーちゃんってば! 待ってよ!」
みゆきの声に、コースケはハッと我にかえった。
「あ、ご、ごめん」
やっとコースケは歩みを止めた。
その背後で、必死に彼を追いかけるみゆき。
ようやく止まってくれた、と言わんばかりに彼女は肩で大きな息を吸った。
「もう、いきなりどうしたの!?」
「ご、ごめん」
コースケが心から謝るも、いきなり自分を無視して歩き続けた彼にみゆきは唇をとがらせた。
「今日のコーちゃん、なんか変だよ」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。いきなり一人でどっか行っちゃうし」
「ごめん。なんか今日は調子悪くて……」
その言葉に、みゆきは一気に態度を変え、コースケの身体を案じるかのように問いかけた。
「そうだったの? もう、はやく言ってよ。じゃあ今日は帰ろっか?」
心から心配している顔をするみゆきに、コースケは笑って首を振った。
「いや、大丈夫だよ。今日の遊園地、ずっと楽しみにしてたんだろ?」
「でもコーちゃんが調子悪いんだったら……」
「大丈夫大丈夫」
「無理してない?」
「してないしてない」
コースケはそう言うと「あれ乗ろ!」と言いながら大好きな彼女の手を引っ張って絶叫マシンに向かっていった。
不思議なことに、これ以降“その女”が現れることはなかった。
歩き回ったのが功を奏したのか。それともやっぱりただの偶然だったのか。
コースケは心からホッとし、昼間にあれだけ心配させてしまったみゆきに申し訳なく思ってしまった。
やがて陽が暮れ、遊園地のアトラクションも時間的に乗れるものがあとわずかとなってきた。
「時間的に次で最後だね。どれ乗る?」
コースケの問いかけに「あれ!」とみゆきが指をさしたものは、観覧車だった。
すでに陽は落ちかけ、色とりどりのライトできれいに彩られている。
「あの観覧車から眺める夜景がきれいなんだって」
「へえ、そうなんだ」
最後に乗るものは決まった。
さっそく観覧車に並ぶ二人。
すでに多くの客が並んでいたが、すんなりやってきたゴンドラに飛び乗ることができたコースケは、観覧車から眺める夜景に目を細めた。
「きれいだね」
「ほんと、素敵」
ゴンドラの中で手を取り合うコースケとみゆき。
と、次の瞬間コースケは目を疑う光景を見た。
上昇していく彼らのゴンドラの真下、つまり次のゴンドラの中からあの赤いワンピースを着た女がじっとコースケたちを見つめていたのである。
「まさか……」
女はただ一人、夜景を見るでもなく窓の隙間からコースケを覗き込んでいる。
ガクガクと震えるコースケにみゆきが「どうしたの?」と尋ねた。
「まさか、ここまでついてくるなんて……」
「え……?」
「みゆき。このゴンドラが地上についたら、ダッシュで帰ろう」
「何を言ってるの?」
「いるんだ。あいつが……あの女が……」
「あの女?」
みゆきが下のゴンドラを覗こうとしたその瞬間、観覧車のライトが一斉に消えた。
同時にガクンと停止する観覧車。
突然の真っ暗闇に、観覧車に乗っていた乗客たちから悲鳴が上がった。
「なになに? どうしたのコーちゃん?」
「て、停電……?」
真っ暗闇のゴンドラの中で互いに手を取るコースケとみゆき。
と、異様な音だけがコースケの耳に飛び込んできた。
ギイ、ギイ、ギイ……
何かがきしむ音。
ゴソゴソゴソ……
何かが這いずる音。
と、同時にバタンッという何かが開け放たれた音が聞こえてきた。
その直後、観覧車の電飾が復旧し再びゴンドラが動き出す。
「怖かった……。なんだったんだろうね、みゆき」
コースケのそのセリフは最後まで続かなかった。
そこにみゆきの姿はなく、彼の目の前には下のゴンドラにいたはずのあの赤いワンピースの女が座っていたのである。
いや、赤いワンピースだと思っていたのは間違いだった。
それは血だった。
もともとは純白のワンピースだったのであろう。
それが、赤い血で染まっていたのだった。
そして“その女”の頭は、何かにぶつかったかのように陥没して割れていた。
「み……ゆ……き?」
コースケの耳に、下の方から声が聞こえてくる。
「大変だ、女の子が観覧車から落ちてきたぞ!」
「救急車呼べ、救急車!」
下を覗くと、アスファルトの地面にはさっきまで目の前にいたはずのみゆきが血まみれになって地面に倒れている。それはまるで、今コースケの目の前にいる女のように真っ赤に染まったみゆきの姿だった。
赤い血で染まったワンピースを着た“その女”は、コースケと目が合うとニイッと笑った。
「ようやく、二人きりになれたね……」
お読みいただきありがとうございました。
夏のホラー2017では書籍化された作品もございます。
みなさんもぜひ夏のホラー2023に参加してみてはいかがでしょうか。
今年も盛り上がればいいですね。