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短編集

せをはやみ

作者: 緋色ざき

 僕には年上の幼馴染がいた。

 僕の両親と幼馴染の両親の仲が良かったこともあって、僕らはいつも一緒にいた。これからも、ずっと一緒なんだろうな、なんてなんの根拠もないのに思っていた。

 しかし、世の中そんなうまくいくはずもなく、僕が中一のときに、幼馴染一家は他県へ引っ越してしまった。お別れのときは本当に悲しくて、幼稚園児のように泣き喚いたわけだが、高校入学を目前にしたいま、その悲しみもかなり和らいで、その出来事が遠い日の思い出のように感じられた。時間の流れというものは無常だと少し思った。ただ、それが世の中の常であり、別れがあればまた出会いもあるわけだ。高校生活、またたくさんの新しい出会いを経験していくわけである。春休み、中学の頃の友達と遊ぶ日々を送りながらも、まだ見ぬ高校生活に想いを馳せていた。正直な話、高校生活は中学の頃よりも刺激的ななにかがあるのではなんて淡い期待を持っていた。

 さてさて、結果から先に言わせてもらうと、中学とあまり違いはなかった。勉強が難しくなり、先生が増え、制服が私服になっただけ。もちろん友達はたくさんできたけれど、漫画やアニメのような恋や事件は訪れそうになかった。

 そんなこんなであっという間に一年が経ち、春休み。しかし、この春休みも部活に追われる毎日で、僕は自分の求めていた刺激的な日々に諦めを感じていた。このまま何事もなく大学に進み、就職という人生を歩んでいくようなそんな予感がした。

 さて、春休みが開けた新学期。僕は二年生になり、A組の教室の戸を叩いた。新しいクラスメイトの中には一年次に同じクラスだった生徒たちもいくらかいて、その内の一人である深山が僕に声をかけてきた。

「おい、小鳥遊、知ってるか?今年のうちのクラスの担任が新採の女の先生ですげー美人なんだって」

「いや、知らんわ。それより僕の席が真ん中の一番前だってことにショックが隠せないんだが」

「えっ、まじで!まあ、いいことあるって」

 深山は同情したような目で僕の肩をポンポンと叩く。僕はそれを適当にあしらって教卓の前に腰を下ろした。

 新学期そうそうからついていないなと思った。面白いことは起こりそうにないんだからせめて席くらい後ろにしてくれよとも思った。

 そんなことを考えているうちに、いつのまにか時間がきたようで、教室にベルが鳴った。朝のホームルームの時間、しかし先生はなかなか現れない。

 クラスメイトたちも次第に心配になってきたようでざわめきだす。そしてそのざわめきはやがて意味のないおしゃべりになり始め、僕が少しイライラしてきたところで、教室の扉が勢いよく開いた。

「いやー、ごめんごめん。ちょっと会議が長引いちゃって」

 そう言って教室に入ってきた女性を見て、僕は驚いた。彼女は深山の言う通り若くて、美形な人だった。しかし、僕が驚いたのはそこではなくて、彼女に見覚えがあったことだ。僕の心臓は拍動を早め、額に汗を感じ、その女性に釘づけになった。いつのまにか騒いでいた生徒たちも口をつぐみ、教室は静寂に包まれた。

「今年からこの学校に着任することになりました、白木奏多です。担当は古文です。この学校に来たばかりでわからないことがたくさんあるので皆さん、ぜひ教えてください!一年間、よろしくお願いします」

 そう言って軽く頭を下げる先生。

 一瞬静寂が訪れ、次の瞬間、歓声の渦がクラスを取り巻いた。俺、このクラスになってよかった。奏多ちゃんサイコー!ここから俺と先生の禁断の恋が……。などみんな好き勝手に騒いでいる。

 しかし、僕はそんな音の渦とはまた少し違うところにいて、違うことを考えていた。外見、声、名前、そのすべてが僕の心の深層にある大切なものと合わさり、僕の頬を一筋の水が流れた。ああ、とどこか感慨深げな声が漏れてしまった。

 先生はそんな賑やかな生徒たちをしばらくにこやかに眺めていたが、ふと何か思い出したように一冊のノートを手に取ると、その中から封筒を取り出した。

「小鳥遊くんにはお手紙があったんだ。保護者の方に渡してね」

 そう言って僕に手渡した封筒には、小さく「開けて見て」と書かれていて、僕はその口からそっと白い手紙を取り出し、緊張した面持ちでそれを開いた。

 そして、優しくはにかんだ。

 手紙には、こう記してあった。


 せをはやみ いわにせかるる たきがわのわれてもすゑに あはむとぞおもふ

 久しぶりだね、和也


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