第五話 薬中がーーーんっんんっ。あの青年が勇者だって?
「……俺は一体なにを見せられてんだ?」
「なにって、アンタらの望んでいた仕事だ」
「これのどこが仕事だ!『ペットのミィちゃんを探して』、『果物屋のお兄さんに手紙を渡したい……』ってガキの使いじゃねぇか!」
手に持っていたリストを床に叩きつけながら、そのリストを持ってきたケターシャに悪態をつく。
今俺は、キッチリ2日以内に帰ってきたケターシャが斡旋してきた仕事内容を確認している所だ。
俺らみたいな荒くれ者集団にやらせる仕事ってのは、一体どれほど危険なものなのかと考えていたが、これでは思いっきり拍子抜けだ。
「でたらめ書いて了承を得てから、後でとんでもない事をやらせる魂胆じゃねぇだろうな?」
さっき投げ捨てた仕事リストに群がって、あーだこーだ言ってる野朗共を横目に、未だ信頼できない女を睨みつける。
ケターシャは心外だと言わんばかりに溜息を吐き、面倒くさそうに言った。
「私を仲介人として受けられる仕事はこんなもんだ。まともな仕事を受けたいなら自分で依頼主に会いにいきな」
「お前が『話をつけてくる』って言うからついていかなかったんだろうが……!!」
「……そんなことも言ったな。まぁ、あのリストは確認みたいなものだ。アンタらは字を読めるのか、報酬のためなら危険を冒すつもりでいるのか」
「……あっ」
確かにさっきは意識せずに読んでいたが、字が読めるのと読めないとでは大きな差がある。
うちで読み書きができるのはアイン、ユート、ゲイルくらいのものだが、情報収集が容易になるだけで、これから別れて行動していくことも視野に入れられる。
「それで?その依頼主さんとは話をつけてきたんだろう?これからその依頼主さんに会いに行けばいいのかい?」
さっきまで、字の読めない野朗共にたらい回しにされていたユートが、話に入ってくる。
こいつアインかゲイルに押し付けたな…とか思いつつ、ユートの言うことは正しいのかとケターシャの方を見る。
「ああ、大体そうだ。これからアンタらには冒k――」
「ガアッ!!グッガァ!!アアアアアァ!!!」
多分これからケターシャが大事なことを言うってところで薬中が喚き出す。
ったく面倒くせぇなあ?!あの野郎!!……やっぱアイツ生かしてるの不利益でしかねぇんじゃないか?殺すには惜しい奴だとは思っていたが、今ではケターシャがいるしなぁ。
なんだかんだ仕事にありつけそうで、先のことだけでなく今のことも考える余裕ができたからか、ものすごく冷静になってくる。
薬中の声がする方を見つめ、ケターシャがおもむろに口を開く。
「……なぁ、もうそろそろ聞かせてくれ。なんで勇者ケント・スズキ様が明らかに正気じゃない状態でアンタらといるんだ?」
「は?」
なんだその勇者ってのは?
様って呼ぶくらいだからあいつ偉い奴だったのか。おいちょっとまて、実は貴族のお坊ちゃんだったとか勘弁しろよ?
質問に対し間をあける俺に、見かねたユートがかわりに説明してくれる。
「彼が僕らと行動を共にしだしたのは最近のことだよ。……彼が突然乗り込んできて、僕らを襲ったんだ。僕らは反撃して、抵抗出来ないようにしただけさ。こっちからも質問だ、勇者、っていうのはどういうことだい?」
完璧に俺の意をくんでくれた返答に、内心拍手する。
いやぁやっぱ頼りになんなぁ、コイツ普段は俺を思いっきり嫌う素振りを見せるくせに、ここぞという時は頼りになる。
ユートは何か感じる所があったのか、後ろを振り返り俺と目を合わせ、嫌そうな顔をしてまたすぐに前を向いた。
部下の有能さと、自分への信頼度を再認識していた俺に比べ、ケターシャは眉をひそめて、明らかに満足そうじゃない様子でいた。
「へぇ、つまりあの勇者様を戦って倒したと」
語気を強くし、どこか煽るように言葉を投げてくるケターシャに、ユートはムッとしながら続けた。
「……だったらなんだっていうんだい?」
「ハッ!いいか、教えてやる。なぜあの青年を私が勇者と呼ぶのか。……彼は異世界から召喚されし真の勇者。称号として与えられる呼び名ではなく、まさにお伽話に出てくるような格の違う存在だ!」
ふと、その格の違う存在との戦いを思い出す。奴は片目が潰れようが大砲の直撃を受けようが、最後まで俺らを殺しに来た。
残った片目が映すのは、俺らの決死の形相と、常人なら身を病むほどの殺意だろう。
薬中との激戦を思い出しケターシャの言う格の違いを感じつつ、俺は聞き捨てられない重要ワードに興奮していた。
「……異世界から召喚された、だと?」
「そうだ!伝承によれば、この世界より遥かに文明が進んでおり、魔物も魔法もない、安息の地から召喚されるとのことだ」
「俺らの故郷は少なくとも安息の地とは呼べねぇが……俺の話を聞いて、異世界から召喚された勇者だとは思わなかったのか?」
「ありえない。勇者召喚の儀がどんな風に行われるかは詳しくは知らないが、ただでさえ高度な召喚魔法を異世界から行うんだ。魔術師も召喚陣も見ていないんだろ?気づいたら、なんてのは不可能だ」
今一度、青年が船に現れた時のことを思い出してみるが、おかしなことなんて全く―――
あ、もしかして、あれじゃねーか?宴の前の晩に、胸のでかいめっちゃ美人が夢に出て来てなんか言ってたような……思い出せねぇ。
だけど、なにか問いかけられて、それに承諾したのをなんとなく覚えている。
もしかしてあの時、この世界に迷い込んだのかも知れねーな。
「……はぁ、すまない、少し熱くなりすぎた」
声を荒げるケターシャに、野朗共の視線が寄せられる。無意識だったのか、集められた視線にハッとした様子のケターシャは、額を押さえてそう言った。
「それだけ勇者を薬漬けにしている様子はショッキングなんだ。もしアレが勇者かどうか尋ねられた時は……まぁ無いだろうが、無関係で通すのを勧める」
「ご忠告どーも。お前の言う通りアレを見て御伽話の存在だと思うやつはいねぇだろうがな」
ちげぇねぇ、とケターシャの後ろで深く頷く野朗共に苦笑しつつ、だいぶ逸れた話をもとに戻す。
「……それで?アンタは俺たちに何になってもらいてぇんだ?」
「あぁ、そういえばそんな事を話していたな。……アンタ達には冒険者になってもらう!」
――
―――
「はぁー、ここが冒険者ギルド?って場所か」
「……こんな大きな建物は、前にキャプテンを助けた牢獄いらいだね」
「うっせぇ」
今俺達は陸に上がって冒険者ギルドへと足を運んできた所だ。ケターシャによると、この街で二番目にでけぇ建物がこの冒険者ギルドだと言う。一番はこの商都を占める貴族様の屋敷だと。
……アインやユートはともかく、いい年こいた野朗共が目をキラキラさせてやがる……。キメェからさっさと入るか。
あ、ちなみにアレは船に置いてきたぞ。騒ぎの種だからな。
「おいケターシャ、何やってんだ。早く入ろうぜ?」
「ここに着くまで散っ々寄り道かましてたのはアンタ達だろうが!!」
俺の側でプルプル震えていたケターシャに、早く中に入りたい旨を伝えると、なんか爆発した。
「特に!!アインといったか?おとなしそうな顔して出店から商品何個くすねた!?」
「……ほうぇんなはい」
頰いっぱいに饅頭詰め込んだアインが、食べる手を止めずに返事する。アインはその美麗な見た目とは裏腹に盗みの達人で、究極に手癖が悪い。
飯を食ってる時に何か一つでも違和感なく消えたら、八割アインだ。
「流石だよアイン!見知らぬ土地でも衰えないな!」
「お前は褒めるな!」
いつも通りアインに心酔しているユートに拳骨が飛ぶ。もちろんケターシャだ。
なんかコイツ段々俺達に容赦無くなってきたな……
そんなことを思いつつ、俺は怒りがエスカレートしていってるケターシャを宥め、ようやく冒険者ギルドに入った。
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