第一話 銃を弾くなら大砲だ
「……どうしてこうなった?」
現在の状況を簡潔に説明しよう。
甲板に青年が大の字で気絶していて、それを三丁の大砲が囲んでいる。
ああ、銃を構えた野郎共もいるぞ。震えてるけど。
……今まで数多くの武勇伝を聞かされてきたが、大砲に囲まれ、呑気に寝息を立てている奴の事は、誰も教えてくれなかった。
この状況を武勇伝に加えれば、聞き手は混乱すること間違いなしだろう。ハハッ
「うぅ゛……」
折れた長剣を握った男が、悪夢にうなされるように苦しそうな声を漏らす。
ああ、そうだ。この世の理不尽に遭った野郎共をケアしてやらなければ……
パッと周りを見渡せば、仰向けになって死んだ魚の目をしている者、穴の空いた床を覗き、薄ら笑いを浮かべている者など、心が危険な奴が多い。
ぶっちゃければ俺も危険な状態だ。貴重な掘り出し物の酒を全身に浴びながら、この世の理不尽を叫びたい。
なんなら海に飛び込んで海賊事業とおさらばしちまうか?
ああ、それがいい。例え死ねなくとも流れ着いた島なり何なりで、新しい人生を歩むさ。そうだ、俺が変な気を起こさないために、人里離れた場所で一人ってのもいいな。
……って落ち着け俺。ハンサムでクールな皆の頼れる大海賊様はどこ行った?まずは今の状況を整理するんだ。目に見えるものだけでなく、どうしてこうなったのかも含めてな。
「あ゛ー……」
思い出したくない記憶を頭の中から引っ張り出す。
そうだな、たしかあの時、俺は便所にいた―――
「ふんふふーん♪」
船尾に穴を開けただけの便所にかがみ、俺は空を眺めていた。ズボンは履いたままだ。
ついさっきまで、昨日商船から奪った金銀財宝を肴に、俺らは真っ昼間から宴を楽しんでいた。
掘り出し物の美酒に酔いしれていたところ、気持ち悪くなって便所まで吐きに来たわけだ。
輝く太陽に目を細め、のびのびと飛ぶ海鳥の軌跡を、指でなぞる。
「んー、いい天気だ」
今日は波も風も穏やかで、俺らの宴を邪魔する要素は一つもない。
ほとんど揺れのない憩いの時に、心地よさを感じながら、気持ち悪さもひと段落したところで、腰を上げる。
「さーて、主役の俺様がいなけりゃ、美味い酒も不味くなっちまう。かわいい野郎どものためにさっさと戻るか」
船頭の方に耳を澄ますと、野郎どものバカ騒ぎの声が聞こえて―――ってあれ?やけに静かじゃねぇか。
酔い潰れて寝ちまうほど飲んでないはずだし、すぐに潰れるほどうちの乗組員はヤワじゃねえ。
不思議に思って、船から身を乗り出し、船頭の方を確認してみる。
すると野郎共は案の定寝ているわけではなく、全員がどこか一点を見つめ、立ち尽くしていた。
「なんだあいつら、大海原のど真ん中に人魚でも見つけたのか?」
野郎共が何を見つめているのか気になって、更に身を乗り出すが、なにも見えない。
いやこれ、もう直接行ったほうが早いな……
身を戻して、船頭へ向かおうと歩き始めた瞬間、パァンッ、と、火薬の弾ける音、銃声が聞こえた。
「ッ!!」
炸裂音と共に酔いは吹き飛び、俺は腰の剣へ手を伸ばしながら駆け出す。
つい昨日殺し合いをしていただけに、殺伐とした鋭い感覚が、すぐさま呼び起こされる。
昨日の生き残りが忍んでいたか、野郎共の度を過ぎた喧嘩か―――
十秒もかけず船頭の甲板に辿り着くと、剣を構えた見慣れぬ男を囲って、武装した野郎共が殺気立っていた。
知らない男が俺に気づくと、その視線につられた野郎共が一斉に俺の方を見て、少し安堵した顔を見せる。
「だれだそいつは?」
若い黒髪の青年。髪や顔立ちから東洋の方の人間だとわかる。金装飾が施された鎧に身を包み、構えには若さの割に隙がない。
……昨日の生き残りかとも思ったが、それにしては装備が良すぎ、戦い慣れしているな。
「……それがわからないんだ。わいわいしてたら、急に船上に現れた。酔ったゲイルが手を出したんだけど、あのザマ」
茶髪の青年、ユートが俺の質問に答え、あごをしゃくってみせる。
示された方を見てみると、目元を囲うように二重の円のタトゥーがあるハゲ、ゲイルが、船端に叩きつけられがっくりと項垂れている。
ゲイルの右手にはしっかりとピストルが握られており、さっきの銃声はこいつのものだとわかる。
「……」
うわ、こいつ多分ワンパンされたな?腹のあたりに蹴りの足跡があるだけで、ほかに傷がないし。
どこか哀愁漂うやられっぷりをみてると、「あ?やんのか?あ?あ?」と、そこいらのチンピラよりもチンピラして、その後ぶっ飛ばされる部下の姿が目に浮かんだ。
「……仲間がやられたというのに、薄情な奴等だな」
「ッ!」
俺が部下のバカさ加減に呆れていた所、青年がおもむろに口を開いた。
とても流暢な発音に船上の誰もが驚く。青年は黒髪で、顔立ちから自分達とは異なる人種だということを何となく察していた。
また、自分達とは髪色や肌の色が違う人間は、喋る言葉がちがうことも当然知っていた。
「どうしたんだ?そんな驚いた顔して……まさか言葉が通じていない?そんなはずは…」
顎に手を添えブツブツと何かを呟く青年。
……今なら戦わずとも話し合えるんじゃないか?ゲイルに銃をぶっ放されたわりには敵意が見えない。俺としてはめでたい宴を終わりにしたくないんだが……
先に手を出したのはこっちだ、謝るのは早い方がいいだろう。
……よ、よーし、話しかけるぞッ!
「スゥ………なぁ兄ちゃん、その物騒なもん鞘に締まって、何もした覚えがない俺らの船に乗り込んだ理由を教えてほしいんだが?」
どうだ……!?賊特有の下品で敵意マンマンの態度は出来るだけ押さえたつもりだぞ!気に障って暴れだすとかやめてくれよな!
「……それもそうだな。僕は貴方たちがこの海に急に出現した所を目撃し、聞き込みをしにき―――」
お、これは行けそう―――
――パァンッ!!――カキンッ
「「「ふぇ?」」」
火薬の炸裂する音。その空気に響き渡る音と共に、青年の目の前で火花が散る。
ギギ、ギと、ゆっくり背後を振り返る。さっきまで死んでいたゲイルが、硝煙の上がるピストルを青年に向けていて、へへっやってやったぜ、と微笑んだ後に、気絶した。
『『『……なにしてくれてんじゃてめえっ!!??』』』
俺と野郎共の心の声が全く同じことを叫んだ。
撃たれた本人はというと、何故か怪我をした様子もなく、鞘に納めかけていた剣を凄まじい殺気と共に構えていた。
「 「「……」」 」
ていうか今の火花、まさか銃を弾いた訳じゃないよな?
「キャっキャプテン!あっ、あいつ銃を弾きやがったぜ!?どうすんだよ!?」
「うっせぇなあ!!考えないようにしとけ!!」
俺だって考えないようにしたいんだよ!!……いや、そんなことよりも、今は完全にキレた奴の対処をしよう。
「テメェらよく聞け!アインとユートは俺と兄ちゃんの相手!それ以外は銃と俺の剣持ってきて、俺が指示するまで待機!!」
「「「了解ッ!」」」
あぁ、結局こうなんのかと指示を出しながら思う。いつも話し合いで終わらず、喧嘩っ早い野郎共のせいで殺し合いになっちまう。
俺の部下の中じゃ戦闘センスがピカイチのユートと、暗めの赤毛を長く伸ばした少女、アインにアイコンタクトする。
『とにかく注意をひけ、決定打は俺が入れて、その後拘束する』
『『了解』』
俺らを殺す気しかない目つきに遠い目をしつつ、既に鞘から剣を抜いて走るアインとユートの背中に続く。
先行したアインとユートが同時に切りかかるも、払うような横薙ぎで弾いて迎撃され、俺は一度退いたアインと入れ替わるように死角に入り、首元を狙う。
「ッ!?」
俺の斬撃は【何か】に阻まれ首に届かず先行した二人同様に飛ばされる。
右から左に払われた剣は、確実に俺とは真逆を向いていて間に合わなかったはずだ。
だから俺の攻撃は剣以外に阻止されたことになる。……いよいよさっきの銃を弾いた事実が現実めいてきたな……
冷や汗が背中を伝るのを確かに感じた。
今度は俺が先行し長剣より手数で攻めれる細剣で突きまくるが全て防がれ、最後の腹を狙った蹴りを掴まれ大きく体勢を崩される。
体勢の崩れた俺に、間髪いれず長剣が振り下ろされるが、刃の届く寸前で、ユートが剣の軌道を変え、俺は頬を軽く削がれるだけで済む。
「ヒェッ、やるねえ♪……」
軌道を変えられた長剣は床を掠り、それだけで大きな穴を開けてしまう。命の危機をこんなに身近で感じるのは久々だ。
つい笑みをこぼしながら、頬を垂れる血を舐める。
軌道を変えられ勢い余った剣が、床に突き刺さる。空ぶった隙にアインが背後から剣を振り下ろすが、また【何か】にギリギリで弾かれ、そのカバーに俺とユートが続く。
そんな幾つもの攻防を繰り返し傷が増えてきた俺達に対し、無傷の青年。疲労感からちょっと諦めてきていた所に、背後から待ちわびた「船長!」と、全員が配置についた合図がくる。
「二人とも、退けッ!!」
合図と共に、一人が抱えた長剣を投げ渡してくれる。
ん、手に馴染むな、わざわざ持ってきてくれたのか
左手に持ってきてもらった愛剣、右手に細剣と、双剣となり手数が増えた。
俺は双剣使いなんだ、それをよく細剣一つで頑張ったと褒めて欲しい。
野郎共は配置についた、俺の両手には使いなれた愛剣、そして三対一から一対一になることで得られる十分に暴れられるスペース!ここで俺がやることとはズバリッ―――!!
「手数だよりのスペースを活かしたアクロバティックな特攻……!」
さぁ、海賊の船長らしく野蛮に行こうか!!
形勢逆転だと、口角を歪め一歩で長剣の振りづらい位地まで距離を詰め、更に間一つない連撃で、出来るだけ距離を開かせないように立ち回る。
距離を詰められることで手数が減り、防戦一方の青年は徐々に後退していき、追撃の速度もだんだん加速する。
超スピードで移動しながらの連撃に、青年は苦しそうに声を漏らす。
「くっ」
振り下ろされる反撃の一手。俺は冷静に細剣でいなし、ずれた剣が戻ってくる前に、長剣で右肩を突く。
「ッ!?」
俺の突きを今までどうり【何か】で阻もうとした兄ちゃんは、右肩から背後に倒れそうになり、反射的に軸足を一歩退く。
「もう俺にその【何か】、は効かないぜ」
肩の力を長剣に伝わらせ瞬間的な破壊力を生む突き技の衝撃は、【何か】を貫通し兄ちゃんの体勢を崩す。
「今だ野郎共ォ!撃てェツ!!」
指示を叫んだ直後、射撃の巻添えを喰らわないように俺は甲板から身を投げ出し帆を張るロープを掴んだ。
俺が側を離れた瞬間、一斉に射撃が行われる。
ドドドッ!と鉛玉の雨が青年に降り注いでいるのが、身を投げた時の勢いで空中を右左していても分かった。
――カンッ
「え?」
……なんだ?今の音は?
――カカカンッ
嫌な予感は、連続して響く金属音で、ほぼ確信へと変わっていた。
だがその予感を信じたくなかった俺は、ゆっくりと死体が転がっているはずの背後を振り向く。
「……ウオォオオオオオッ!!」
金属音は銃を弾く音で、野郎共のものと思いたかった喚声も、必死に生にしがみつく男の雄叫びだった。
薄い希望に縋っていた自分が、急に情けなくなる。青年は、決して総勢二十名の射撃で無傷なわけではない。目や足、肩を撃ち抜かれてなお、冷静に一弾一弾いなしている。
その執念と勇敢なる姿、まさしく化け物。こんな凄ぇ奴を相手に、銃撃の物量で勝てるとでも?甘い、甘すぎる。この男にはこの船の全装備を使って敬意を見せよう。
「……野郎共ォ大砲持ってこい!」
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