[第9話]カーティ市襲撃⑦ 赤い地獄
灼熱の『熱さ』
人は死ぬ時そういうものに襲われるのだと、小さい頃に習ったのを、オリビアは思い出す。
教えてもらったとき、凄く怖くてその夜眠れなかったのを彼女は覚えている。(――死んでから生き返った人が証言していた、とかではないので、何の根拠があるのかと不思議にも感じたが)
そして、死は今まさに、現実のものになろうとしている。
コートを脱がされ、さっきまでオリビアを苦しめていた熱さが逃げていくのと同時に、思考は冷たい現実を徐々に再認識していく。
延焼が進んでいき、柱や壁の所々が崩れ落ちていく屋敷。その様子はまさに、《赤い地獄》と形容できた。
それまでも彼女の脳裏に付き纏っていた死の予感が、今度はよりはっきりと強まっていく。
彼女は、ついさっきまで、どうにかしてこれに抗おうと考えていた。誰よりも落ち着いてよく考えることによって、逆転の手段を探ろうとしていた。
だが今となっては、そういった思考の過程を全部放り投げて死へと逃げてしまいたい、という気持ちが明確にあらわれて、冷静な思考を妨げる。
――この窮地から真面目に脱しようとするよりも、みんなのように慌てふためくほうが、ずっと楽に違いない。
それに、そんなに人生楽しかったわけではない。
この先運良く生きることができたとしても、そこに意味なんてあるのだろうか。
本当は、ここで死んでしまった方が、ずっと楽なのかもしれない。
いっそ、燃えている炎に、飛び込んでしまおうかな。
……いけない。わたしはそうであってはいけない。
――オリビアの頭の中には次々と、幼い頃から周囲に言われてきた言葉の数々がよぎっていた。
『あなたは周りの人間の誰よりも、立派に振る舞わなきゃいけないのよ』
『みんなに見られても恥ずかしくない行動を心がけなさい』
『父のように、姉のように、素晴らしい姿に成長するのが楽しみだ』
『いざとなったら、あなたが、この国を救うのよ』
(わたしは誰よりも立派でいなくちゃ)
オリビアは、彼女の本能から湧き出てくる恐怖心を、『わたしはほかの誰よりも立派でいなくちゃ』と自分自身に暗示をかけることで、押さえつける。
――まだ幼く、本来護られる立場であるはずなのに。
オリビアは、最後まで状況に抗い続け、生き延びる道を探し続けることを心に固く誓った。
「心配させてごめんなさい。私はもう大丈夫。」
「「オリビア様……!」」
「火が迫っている。屋上へ急ぎましょう。残念なことに逃げ場はないし、この高さからでは飛び降りることもままならない。それでも生きることを諦めずに、最後まで奇跡を信じるの。お父様や、お姉様がおっしゃっていたように。」
例え赤い地獄のなかにいても、生き延びる術を最後まで模索しなくてはならない。
それが、彼女がなすべき使命であった。
オリビア達6名は、屋上へと続く階段を急ぐ。
敵兵達2人も後を追うようにして、ついてくる。
◆
オリビアが毅然とした様子で側近達を指揮し、先導する姿は、それを見ていた敵側の男に劣情を抱かせていた。
「目標の女の子……やはりいいな……欲しい」
女が応じる。
「そうね。何としてでも捉えて、ゼノワール様にお渡しするのよ」
「いや……引き渡す前に、俺に好き勝手させろ」
男は下卑た欲望を口にした。
「ふふ……全く、あなたの趣味には呆れるわ」
女の突っ込みを聞いた男は、渇いた笑い声を上げる。
「ははは」
オリビアたちの耳にも、この会話は聞こえていた。彼女たちは階段を登りながら、耳に入ってくる敵達の会話を気味悪がる。
「うげえ……気持ち悪い。いますぐ1発殴ってやりたいのに」
女の護衛は、無力さを悔しがるようにしてオリビアに言葉をかける。
「今何もしてやれないのが、本当に悔しいです。彼らには必ずや、鉄槌を喰らわす機会が待ち受けていることでしょう」
「ううん、あなたの存在は随分私の支えになっているわ」
オリビアが女の護衛への感謝を伝えると、彼女にも自信が戻っていく。オリビアは続ける。
「――とにかく、私たちは逃げなきゃね。奴等の目的は、わたしの身柄を捉えることみたいだから」
【おわりに】
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【次回】
[第10話]カーティ市襲撃⑧ 紫色の結界