[第5話]カーティ市襲撃③ 延焼
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放火時、外にいた護衛2名が火に気づいて消火にあたろうとしていた頃、少女オリビアと残りの護衛1名、そしてメイド2名の計4名は皆揃って1階にいた。
そのうち護衛の男は就寝中であり(護衛3名は日頃から交代就寝制で活動していた)、騒ぎを耳にして飛び起きたのだった。
外のふたりと同じように、彼女ら(――オリビア、メイドの女性2名、護衛の男1名)もはじめは各自で消火を試みたものの、やがて「逃げる」以外の選択肢の取りようがなくなっていた。
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そこに、屋敷の外にいた護衛の男女2名が合流してくる。
「もう火があちこちに移ってる……1階からでは外へ逃げられなさそうだ!」
集まった彼ら――全6名は、火の手から遠ざかろうと2階を目指して急ぐ。
護衛の女は見てきた状況をオリビアに報告するのだった。
「オリビア様、空の色が見たことない色になっているのを見ました……一面紫色で……私あんなの初めてです……」
オリビアは言葉を返した。
「誰かの魔法の仕業かも……私以外にも、『能力者』がいるのかしら」
屋敷に一つしかない階段を、6名はそれぞれ必死で駆け登った。
そして、何故か火をつけた敵兵の男女2人も、オリビアらに付いていった。
オリビアは2人から猛烈な敵意を感じ、思わず身構えた。
2人は6名に向けて銃を向けているが、打ってはこない。
火の勢いは瞬く間に広がり、オリビア達にどうにかできる範疇をとうに超えている。
メイドたちが日頃から買い溜めていた瓶の水もとっくに使い果たしてしまった。
さらに、この屋敷で最も広く最も消火に適していそうだった大浴場への道も早くに炎の壁で塞がれ、辿り着きようがなくなっていた。
――万事休すである。
こうなってしまえば、逃げ惑う以外にできることはない。
火の勢いが強まる。
建物が燃えるパチパチという音がそこらじゅうから聞こえてくる。
2階の窓からは、真っ赤な炎が見えた。
――そこから逃げ出すのは、不可能といってよかった。
6名は、とうとう3階にまで追い込まれた。
屋敷は3階建てであるから、この階以外には屋上しか残っていない。
彼女達は内心、助けがくることもほんのわずかに期待していた。
だが、その気配はいっこうに訪れなかった。
普通これだけ大きな、しかも高台に位置する屋敷が燃えれば、近隣の誰かが事態に気づいて助けを呼ぶものである。
しかし不思議なことに、屋敷のあるカーティ市の住民達には、屋敷はいつもと変わらないように見えた。
誰ひとりとして、それが燃えているとは全く思いもしなかったのだ。
――内側からしか見えない紫色のベールが屋敷とその周りの空間を覆い尽くし、オリビア達のいる空間と外部を完全に隔絶していたのだ。
――そのことにオリビア達が気付くのは、もう少し後になってからであった。
オリビアを取り囲んだ側近達の慌てた声が飛び交うなか、彼女は懸命に、生き延びるための方策がないか考える。
オリビアの側近――特に護衛3名の経歴は様々であったが、誰もこれほどまでに命の危険が迫る事態には出くわしたことがないらしく、皆一様にして取り乱していた。
護衛たちは、胸元にいくつも勲章のついた立派な軍服を身に纏っていたのだが、彼らの慌てようは、それらに全く似合っていなかった。
火をつけた張本人である2人の敵兵には、その様子が大層面白く感じられたようだった。
自らにも焼け死ぬ危険性があるというのに、それを全く気にすることなく、それぞれ気味の悪い笑みをうっすらと浮かべる。
そうして、2人は笑いながら、交互に護衛たちを罵倒しはじめるのだった。
【おわりに】
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【次回】
[第6話]カーティ市襲撃④ 罵倒