[第4話]カーティ市襲撃② なぜ、ここに
護衛2名は、変わり果てた空の色に唖然として、しばらくの間ぼうっとそれを眺めていたが、そのあとすぐにやるべきことを思い出す。
( (火を、消さなければ……!) )
女は男に落としていた瓶を拾うよう促し、2人はそのまま消火を試みる。
幸いにして、瓶の水は溢れていなかった。
しかし、火の勢いは既に、彼らにはどうにもできないほどに強まり、庭一帯に広がっていた。
屋敷にも、少しずつ燃え移っている。
仕方がないので、消火をあきらめ、屋敷の中にいるもう4名と合流を図ることにした。
もはや、屋敷を囲む炎の壁の外に出る術は無いといってよかった。
そのとき――
「!? あれ、見ろよ……放火犯が、なぜ、ここに……?」
「……どういうこと……?」
2名の護衛のうち、男のほうが気づき、女の護衛に確認する。
――そこには、屋敷に火を放った張本人である、男と女の兵士が立っていた。
――2人は、屋敷を取り囲む炎の勢いがいっそう強くなる中、なぜか外に逃げようとはせず、護衛達に銃を向ける。
かれらは、驚くべきことに、余裕すら感じさせる堂々とした表情で、護衛の男女2名を睨みつけていた。
護衛2名は、彼らを睨む放火犯2人と距離をとりながら、どうにかして今の状況を考察しようとする。
男が言った。
「あいつら……俺らの家に火を放ちやがって……。それに……目の前に堂々と突っ立ってやがる……腹立つな」
女も続ける。
「私達を殺したいだけなら、すぐ逃げればいいはずですよね」
少し考えた後で、男は言う。
「もしかして、死ににきたのか? ……俺らを殺した後で、自分たちも死のうと」
男女の護衛の視界には、敵男女2名が銃を向ける姿が映っている。
「いや……もしそうだったら、とっくに向こうの引き金は引かれて、私達は殺されてるはずです。……もしかして、何かを聞き出すつもりなのかしら」
「何かって?」
「例えば……オリビア様の家の情報……ですとか」
女の護衛のその一言を聞いた途端、男の護衛の顔色が変わる。
オリビア――フルネームをオリビア・リーフェルトというその少女こそは、門外不出の情報を握る重要人物であり、彼らが護るべき対象の名前であった。
ただし、これは彼女の正体を隠すための偽名に過ぎない。
彼等はとある事情から、別にある真の名前を厳重に秘匿し、外部に漏らさぬよう努めなければいけなかった。
「オリビア・リーフェルト」は、その為だけの偽名である。
男は言う。
「それは、まずいな……。オリビアを狙うとしたら……国と敵対しているか、恨みを持っている者で」
女も続ける。
「それでいて、国の機密にアクセスできる可能性が高いと考えられます」
「如何にしてオリビアのことを知り得たのか……奴らの素性が気になるところだが……この状況では俺らは焼け死にかねないし、相手が銃を持っている以上、短剣ではどうしようもない。ここは撤退して逃げ道を確保するのが得策かもな」
男は放火犯を目の前にしながら、戦うことを選ばず、逃げることを選んだ。
火事の状況が悪化しているのに加え、ひとつのやむ終えない事情があった。
少女の護衛達はあくまで私兵として雇われていたため、連合帝国軍や他の国の軍の兵士がしているような銃の所持・携帯は行わず、刃渡りが背丈の15分の1以下の【短剣】のみ帯刀しているのだ(私兵の装備は世界的な取り決めによって制限されている)。
ちなみに、彼らのような私兵扱いの兵士は〈0.1ビーク兵〉と命名されている。
ヨーゼンシア兵の平均的な背丈は1.7ビーク程であるので、短剣はその15分の1、つまり約0.1ビークになるのだ。
(※1ビーク=1.05m 0.1ビーク=10.5cm)
いくら訓練を重ねた護衛であっても、たった0.1ビークの刃渡りしかない短剣では、銃を構える敵に敵わないのは明白であった。
彼らが短剣のほかに携帯していたのは筒状をした小型の望遠鏡くらいだったから、もはや戦いのしようがないのだ。
そして、忘れてはならないことがある。――この瞬間にも火の勢いは強さを増しているのだ。
「そうね……いろいろ腑に落ちないけれど、火も広がっているし、ひとまずオリビア様と合流を図りましょう」
こうして、屋敷の外にいた2名は、事態の打開を図るため、オリビア達4名のいる場所ヘと向かうことになったのであった。
【おわりに】
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【次回】
[第5話]カーティ市襲撃③ 延焼