[第1話]プロローグ① その日
連載スタート!まずはプロローグから。最後まで読んでみてください。よろしくお願いします!
※作品名の最初は『きょうきゃく』と読みます。
『追われ身の少女を悪漢から救い出す』なんてのは、大抵の男なら一度は空想したことのある一般的な妄想である。
たが実際、本当にそんな経験をした者は、果たしてどれくらいいるのだろう。
この世界は広く、魔法も魔術も存在し、様々な人が暮らしている。
しかし当然ながら、人が一生で出会う人の数には限りがある。
親きょうだいや近所の知り合い、仕事の取引先なんかに混じって『追われ身の少女』に出会う確率なんて、たかが知れているというものだ。
――ましてや、その少女を、『悪漢から』救い出すなんて。
よっぽど判断力や身体能力に優れた腕のある人間でない限り、うまくいきはしないだろう。
そんなわけで、多くの男にとって、このような妄想は現実にならず、空想のままで終わる。
ひっそりと胸の内に仕舞い込み、誰にも大っぴらにすることなく、そのまま墓場まで持っていくのだ。
……このような、叶う確率の極めて低い、公言したら笑われてしまうような妄想の類は、この世界に数えきれないほど沢山ある。
『魔法を自在に操れるようになりたい』だとか、『動物と心を通わせてお話ししてみたい』、あるいは『国中から尊敬されてみたい』なども……。
人の願望とは、挙げればきりがないものだ。
そして、そのほとんどは――叶うことなく、終わる。
ここ、周囲を囲む森によって外界と隔絶された小さな村、ハクラン村に住む人々にとっては、それらは特にそうだ。
だから、村の人々は思いもしなかった。
この小さな村の、中心部ではなく辺境に住む、本当にただの少年に過ぎないリュセイ・ケイルズが。そんな、多くの人が羨むような経験をじっさいにすることになるなんて。
確かに彼は、幼少期から狼と共に過ごしてきた運動センス・知勇共に優れた少年であり、その磨きあげられた脚力から《驚脚の狼使い》なんて呼ばれて、持て囃されてきた。
しかし、この小さな、ほとんど名の知られていない村に入ってくるのは、よほどのもの好きだけだ。
だから、これから起こる思いがけない出会いを周囲に言っても誰も信じないだろうし、一日前に本人に伝えたとしても、「そんなことぼくに起こるわけ……有り得ないよ」と言葉を返され、まともに取り合ってはくれないだろう。
――ただ、それは現実の出来事として、じっさいに起こった。
◆
その日、少年リュセイ・ケイルズは、いつものように森へ向かい、狼とともに狩りに出ていた。
ふと、森の遠くの方で、物音とともに鳥が羽音をたてて飛び立つのに気づいた。
見てみると、そこには一台の馬車が走行していた。
「馬車だ。珍しいな。来客かな?」
リュセイはこのように口ずさんだが、すぐに、馬車の様子がおかしいことに気づく。
客室の中に、見知らぬ黄緑髪の美しい少女が縄で縛られ、横たわっていたのだ。
少女の受難は、住んでいた屋敷に火をつけられたことから始まった。
そこからやっとのことで逃げ果せるも、悪漢に後を追われ、今こうして捕らえられていたのだった。
少女の姿は、見るに堪えない有り様だった。
顔や腕、脚……と、暴力を振るわれた痕跡がそこかしこにあったのだ。
彼女の苦悶する表情は、離れた位置にいるリュセイにすら、息遣いが聞こえてくる錯覚を味わわせた。
リュセイはまだ齢14と子供である。
たが彼は、人一倍の勇気と、責任感を持ち合わせていた。
リュセイは瞬間的に彼女を助けてやらなければいけないと判断し、その身体は馬車に向かって動き出した。
リュセイが少女に近づいていくと、少女のほうもリュセイに気づいた。
彼女はリュセイをじっと見つめて、助けを訴える。
――彼女の、今にも涙が溢れそうな金色の瞳はとても美しかった。
リュセイの使命感は、それを見てますます奮い立っていく。
かくして彼は、彼女を悪の手から救い出すことを決意したのであった。
そして、そんな運命的な日の夜。
リュセイは不思議な夢を見る。
夢から覚めたリュセイは、自らの身体にとある変化が起きているのを確認する。
そして、たいそう驚いたのだった。
なぜなら、彼の体に起きた変化とは、彼が長い間一向に発現することのなかった『固有魔法』を、自在に操れるようになった証だったからだ。
……その日は、リュセイ・ケイルズにとってまさしく、人生が大きく変わり出した忘れがたい一日であった。
【おわりに】
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【次回】
[第2話]プロローグ② 雲間に浮かぶ暁星