世界の片隅に空いた空白/また出会えるのならば
序章最終話。
此れは後日談でもあり、
此れら全てはプロローグでもある。
“ここから”なのだ。
全ての“出会い”が始まりって訳ではない。
全ての“別れ”が終わりって訳ではない。
どれを始まりにするか…どれを終わりにするか…それを決めるのは何時だって自分さ。
人はいつだって『いつ“出会い”どう“別れ”た』かを知りたがる。
だが今、2人が考えていることは…
一緒であって、違っていた。
目を覚ましたら、知らない天井だった。
………うん、言ってみたかっただげ。
目を覚まして初めて目に入ってきたのは病室の天井だ。俺は今、病室にいるんだなと何となく自覚した。そして隣には涙目で俺をずっと見守っていた叔父さんが椅子に座っていた。
「お、叔父さん…」
「つ、月兎ォォ~! やっと起きたかぁ!」
俺が一声掛けたら直ぐ様涙腺ブシャーと間欠して涙が滝のように溢れて溢れて、一応病人の俺が叔父さんを宥める羽目になっていた。
「おいおい、叔父さんが泣くなよ。傷の痛みが引っ込んじまったよ…」
「イヤァ~メンゴメンゴ。だってお前、三日も目を覚まさないだからよぉ。医者が言うには命に別状はないし目立った外傷もないって事だから後は回復するのを待ってたんだけどよぉ~三日は長いよぉ~!」
「三日…か」
いきなりそう言われても実感は湧かなかった。後でスマホの画面でも見ておくか。そう思いながら涙でハンカチをグチャグチャしながら優しく語り掛けてくれた。
「それにしても災難だったなぁ。あの日、お前と真歩湯君が登校中に不慮の事故に巻き込まれたって聞いた時はビビったよぉ」
「え?」
「ん? なんだ、覚えてないのか? やっぱまだ記憶が混乱してるのか…も少しココで休むか?」
「イヤ…まだ実感が湧かないだけさ、そうか…そうか」
何故かは知らないが俺達が不慮の事故に巻き込まれたということにされ今、此処にいると言う。詳しく話を叔父さんに聞こうとしたが何故だか苦笑を浮かべてこう答えた。
「あ…それなんだがぁ、何故か警察の方からこの件の事について何も語られないんだよなぁ~詳しく聞こうと問い詰めても知らぬ存ぜぬの一点張り。更に解せないのはそんな説明で真歩湯の両親はそれで納得したかと思ったら二日前にまだ意識が朧気な真歩湯君を無理矢理退院させて海外に行っちゃったんだ」
「―――――は?」
慌てて辺りを見渡す。何処をどう見ても辰己の姿形が見えない。居るのは俺と叔父さんだけ、後は横に置かれた巻き物。
「え? 何で…」
「もう…結構前に決まった事らしいんだ海外への出張の件。それに今更予定を変えられないって言ってたよ。そう言う事情を抜きにしても、あんまりだよ」
「………」
段々と実感が出てきた、そして喪失感が完全に俺の心を支配した。辰己が言い出せなかったことがコレだったんだ。そりゃ、俺でも口ごもる。
でも―――
(別れの挨拶…出来なかった)
それがどうしても心につっかえる。
「なぁ…処でよ。俺や辰己って何時位に…病院に運んでくれたんだ?」
「え? あぁ~三日前の九時過ぎ辺りによぉ偶々この町に用事があったって言う俺の親友がさ、偶然不慮の事故に遭ってたって言うお前らを見つけて病院に連絡してくれたんだと。それからも救急車が来るまで応急手当をしてくれたり、俺が来るまで病院に付き添ったりと手厚くな、不慮の事故云々もその親友の口から聞いたから間違いない! アイツはそこんとこウソは付かないからなぁ………あ、後ホラその親友からお見舞いにバナナとかリンゴとかも貰ったぞ。………食う、よな?」
「今は…食欲湧かないよ、チビ達にでもくれてやりなよ。後は、その親友さんに『ありがとう』って伝えてくれ」
「あ、あぁ。まぁアイツはクールぶってるから素直に受け取らないさ。『ふん、当然の事をしただけだ。幸運だなぁ程度に思っておきな』とか言うタイプだしな、アッそうそうチビ達もお前の事を心配してたからな、明日には何人か連れてくから元気な姿見してやってくれ。何人かはギャン泣きしてて困ってた所なんだ、今日はやっとアイツを安心させられるよ…」
「そう…か」
気を無理矢理紛らわそうとした。叔父さんは優しいから俺の意思を汲み取って会話を弾ませてくれるが、結構………限界が近付いてきた。叔父さんの苦しそうな顔から察するに、余程今の俺は酷い顔をしてると見た。
まだ色々と認め切れていない俺の様子を、どうやら叔父さんは見てられなかったらしい。突然叔父さんはポケットを漁り出してそこから封筒を取り出して俺に見せてきた。そこに掛かれたのは『玖守おひさま院』宛ての手紙。その筆跡は―――
「真歩湯 辰己君からの…手紙だよ。三日前、ポストに入ってたみたいだけどその時には事故の事を知ってて此方は大混乱してたから見れてなかった。ホントに、気が付いたのは昨日の早朝だったよ…」
「あ―――あぁ…」
「嗚呼ァ~♪ 急にトイレに行きたくなったなぁ~!」
「………」
「しかも…大だか時間が掛かるかもぉ~! そうさなぁ、結構溜まってるから十~二十~三十分位はトイレに引きこもるかもなぁ~…じゃっ、行ってくるね」
そう言いながら突然急に腹を押さえながら変顔を連発してきた叔父さん。そんな事をベラベラ喋りながら俺の方をチラチラと見てきている。途中からその真意が分かり、少し呆れ果ててしまった。
(全く…叔父さんは…)
最後、病室を出る時…複雑そうな顔をしたかと思うとすぐに目を伏せて出ていってしまった。そう…三十分は戻ってこない。
「………」
俺は、意を決して封を開ける。そこには見慣れた筆跡、辰己の字で綴られた2枚の手紙が出てきた。そっと…そっと、読み上げていく。
『 拝啓 玖守 月兎様。
突然このような手紙を送り不躾で申し訳ありません。最早このような回りくどいとこをするような間柄ではないとは思いますが、文章にだったら口では言いづらいような事を記せると思いこうしました。それに…自分の口で例の事を君の目の前で言える自信がありません。こんな男でゴメン。これは前日までに自分の口で言えなかった時の保険でもあり、当日には君への連絡すら出来なくなるかも知れない可能性があるので口頭で説明しにくい詳細を書き記す為でもあります。其処ら返をご了承願います。
さてここからが本題。僕は明日、家族と共に海外に行くのです。僕も初めは驚きを隠せなかったし、親にも抗議しました。何せその事を話してきたのは今日からほんの一週間前です。信じられないでしょう? それに詳細を省きますが、どうやら僕の御家事情が絡んでいるらしく、これも詳しくは言えませんが僕の家系はどうやら由緒正しい御家の分家らしく、その御家…本家の現当主からの直々の指命で僕が次の当主候補になったのです。本人の意思関係なく、本人にも内密にこの事が決定され全ての下準備が終えてからのいきなり報告。久しぶりにキレたよ。
でも、もう逃げるに逃げられない。両親もその当主の決定に逆らわなかったし、仕舞いには驚喜している始末。喜んで手伝ってた節があるよ。“海外”って言っても具体的な場所は行くまで何も知らされてないし、しかも目的は当主になるための修行と僕と花嫁候補との顔合わせときたもんだ。ここまで来たら流石に笑えてくる。いつまでその海外に居るかさえ分からない。………もう、二度と会えないかも知れない。そう思うと僕の頬には、自然と汗が流れてきた。
あの一週間の間に、僕の両親は今までの凡てがウソのように厳しくなっていた。海外へ行く当日になると、外部との交流を絶つように言われた。「お前にはこれから立派な跡継ぎになってもらう。その為にもまずは邪魔な外部の人間の交流そのものを絶ってもらう」と。勿論これには僕も堪忍袋の緖が切れたよ。猛烈に反発した、今までの人生で一番だったと思う。スマホは没収されないけど不必要な連絡先の全てを消去、こうやった手紙のやり取りも明日には出来なくなる。だからコレが最後の手紙になる。』
丁度そこで1枚目は終わっていた。俺は込み上げてきそうな何か堪えながら、震える手をゆっくりと動かして2枚目を読み上げる。
『 でもさ、あれだけ怒ってみても結果は何も変わらなかった。何も…変えられなかった。もし逆らったら本家の人間が僕に…否僕の友に何をしでかすか分からないと説明された時は膝を折って屈するしかなかった。この一週間、君と共に過ごした当たり前の日常がとても眩しく感じられて、何時も帰る時は少し寂しさを覚えながらまた明日会う日を楽しみにして待ったりして家に帰るまでの道のりを有意義なものにした。君と笑って、泣いて、また笑う。君の居ない一日を何故か物足りないと感じたのはいつ頃だっただろう。君と一緒に食べた《激辛死線拉麺》を一緒に食べた時は余りの辛さに死にかけたけど何とか完食出来たのに、一人で食べてみたら一口でリタイアしたの何故だろう。独りで撮った心霊写真より二人で撮った心霊写真の枚数の方が何故か多かった。どれも全て君が僕の親友だったから、僕は…君と過ごす何でもない毎日が好きだ。僕にとっての一番だ。僕にとってのかけがえのない財産だ。
それを、この一週間の中で再認識しました。このまま別れたくないけれど、僕達…湿っぽいのは嫌いだろ? だから、僕は最後の最後まで君との当たり前の日常を謳歌する。今日だって一緒に学校に登校しながら雑談するし、頑張って勉強するし、昼には駄弁りながら外で弁当の具を交換しながら食うし、今週のマンガだって読んで笑うし、下校中にお菓子を買い食いするし、その途中でゲーセン寄って君をボコボコにするし、行き付けのラーメン屋でだって倒れるまでラーメン何杯も注文するし、最後に…いつも通り「さよなら」じゃなくて「また明日」って言って別れるんだ。
長々しくなったけど、書きたいことを書けた。言えたいことは、多分…言えたとは思ってない。でもやっぱり辰己、君にとっては余りにも突然の事だし、やっぱり何も言えなかったチキンな僕に恨み言を言うと思う。そこは覚悟してるよ。
でも、僕は…君とまた会いたい。また会った時に言えなかった恨み言を言ってくるかも知れない。僕のことを殴ったり蹴ったりしてくれても構わない。けど…君に「おはよう」って言いたい。「また明日」って言いたい。言いたいんだ。それが僕の頼みだ。君が許してくれれば、だけどね。
だから…それまでは元気でね。君には生きてて欲しいと何時も願っているから。
君の親友 真歩湯 辰己より。』
「………あの、バカ…」
全ての手紙を読み終えた。けれど俺の目はまだ手紙に視線を下ろしたままだ。
許すもなにも、俺はアイツの事を米一粒程も恨んでもない。でも…悲しさが、寂しさが、虚しさが俺の全てを支配していた。
「あぁ…糞ォ」
思い返す三日前の出来事。アレはなんと最悪な運命の悪戯か。運が悪いってレベルじゃなかった。だがそんな事も今の俺には全てどうでもいい些事。
「待ってる。俺は………ちゃんと待ってやるからよぉ。何年経っても…俺はお前の―――」
もう胸の内に込み上げたモノは、決壊した。
「親友だからなぁ…あ、アァ、ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!」
そうして俺は俺の―――胸の内のモノと共に思いっきり叫んだ。吐き出すように、流し出すように。
友に―――この叫びは届かぬと知ってしまったから。
*
「んで? 泣くのにはもう飽きたか…ぴょん」
「居たのか手前?」
何時もの生け簀かない様子で巻き物から顔を出してきたのは、例の糞ウサギ。何故かは知らないがまだ俺の元に居たらしい。まぁ丁度良かった。まだ叔父さんも来ない、気を利かせてもしかしたら30分以上戻ってこないとみた。コレで色々と聞ける。
「二つ、聞きたいことがある。俺がぶっ倒れた後の状況…知ってんのか?」
「答えるなんて言ってないけど…まぁいいわ、今日は…素直に聞くとするわ。」
出血大サービスよと言ってウサギの姿で格好付けてるが、シュールと言うか何と言うか…まぁそこは置いておき、ウサ公は三日前の事を丁寧に話してくれた。
*
「は―――ハハッ! アッハハハハハハハハハハッ! 誤算ッ! 油断ッ! 窮鼠噛猫ッ! 鼠がウサギに噛まれてどーすんのって話よネェ~こんなの笑い話にしかならないわぁ~」
あの女は独り、笑っていた。笑い転げていた。この惨状に、この余りにも無骨な逆転劇に。
今回は紛れもなく自分の失態。
弱り果てた者、目の前の弱者の苦しむ姿を愉しむ自分の趣味が災いした。相手を弱者と侮っていたが故に相手の反撃を予想出来なかった。否、予想することを放棄した。無駄に時間を与えたのもまた悪かった。直ぐに仕留めさえすればこうはならなかっだろう。
また、蝙蝠の怨獣に手を下させたのも今に考えれば悪手だった。アレは空中からの遠距離での攻撃に特化したタイプ。図体はデカイがただそれだけ、特出した武器も超音波のみ。地上で戦ったら辰己は勿論のこと、辰己の十分の一の霊力も無い月兎でさえ勝機がある程に地上では雑魚同然。こんなことなら、自分で直接手を下すべきだった。
「ハァ~大体がアタイの判断ミスだろうけど、まさか資格があると言ってもあの新人ちゃんの霊力に比べたらみみっちい餓鬼の小便レベルの霊力しか持ってない雑魚に一杯食わされたなんてネェ~でもそれらを含めて偶然の産物。奇跡的な確率で得られた勝算、アレはアイツの実力じゃない…」
そう、月兎自信も痛感している通り。アレは様々な状況が奇跡的に悉く月兎に味方して得られた勝利。後は自身の霊力全てを掛けた攻撃が通用するかしないかの問題だけだった極めて危ないチキンレース。そしてその一撃は偶然にも急所にクリーンヒット。月兎の強運、恐るべし。因みに月兎の誕生日は9月9日、乙女座。今日の運勢は最下位、何処の星座占いコーナーやアプリでは偶然なのか乙女座の順位が低すぎる。当時月兎が見てた番組で出てきたラッキーアイテムは【首筋に星型のアザを持つガタイのいい高校生男子が被っていた帽子】と言う具体的ではあるが遭遇率は目茶苦茶低いので月兎は考えるのを止めた。そんな彼が手にした今日のなけなしの運。
更に言えば辰起の誕生日は10月23日、天秤座。今日の運勢はぶっちぎりの一位だったらしい、何処の星座占いコーナーやアプリでも出来すぎてる位に天秤座の順位は高過ぎた。当時辰己が見てた番組で出てきたラッキーアイテムは【左手が義手の金持ちのご老人に叩き壊されたインスタントカメラの残骸】と言うこれまた具体的ではあるが遭遇率は目茶苦茶低いので辰己は考えるのを止めた。
((エジプトにでも行けってのか?))
そんな運勢最高の筈の彼だが、やっぱりラッキーアイテムを持ってなかったのが悪いのか、この日は散々過ぎる。同情はめちゃくちゃする。
「マ、抵抗しない今が始末のチャンスだよネェ~! アタイの可愛いペットちゃん。餌だよ」
そう言いながら黒ローブの女が右手から取り出したのは何の変哲もない只の骨。だが突如として、彼女の横に付き従う形で現れたのは真っ黒な大型犬。犬種からしてドーベルマン。引き締まった身体の細マッチョ、普通のドーベルマンより1.5倍の図体をしている。
「ヘイ、マイマスター! 本日の餌は彼処にぶっ倒れてる雄二匹と雌の霊獣一匹でやんすネェ! 雄の方はデカくて不味そうでやんすが、雌の方がまだ小さく美味しそうだぁ! 手前らの霊力と一緒に食ってやるぅ!」
「えぇ、でも待て!」「ヘイィィィ!」
ピンとお座りしてお利口なワンちゃん。その様子を見て女は嬉しそうに犬の頭を撫でる。
「よしよしいい子ネェ~! でも、コイツらにアタイの依頼の邪魔をされた報いはアタイの手で直接受けさせる。…その牙を借りるわよ!」
そう言い右手に持っていた骨をドーベルマンに掲げる。そうするとドーベルマンはその骨に噛み付くように特効してその骨の中に吸い込まれていった。そこから顕現したのは、まるで獰猛な狂犬の牙そのもの。骨を柄に現れたのは長いリーチの片方の刃に牙の様なトゲが連続して生えた剣だった。
「【狂剣・病牙】! 雑に死ネェェェェ!!!」
月兎の頭を噛み砕くように、振り下ろされる狂剣。狙いは正確、邪魔も入る筈がない。
「―――へ?」
気付けば、女は空を見上げていた。初めは何が起きたのか理解が追い付かなかったが、今の自分の状態を確認してみる。
頭に痛みがある。今、自分は空を見上げている。其れ即ち―――
(攻撃された? このアタイがっ…【狂剣】も気が付くとぶっ壊されてやがるっ! 頭と腹部と剣に同時に一発ずつ食らっているなんて…ハハッ、笑えてくるネェ~!)
つくづく自分の今日の運が悪いと思った。肝心な所で邪魔が入って予想が覆されていく。全く自分の思った通りの結果にならない。因みに言うと彼女の誕生日は8月24日、これまた乙女座である。云わずもがな、運勢最悪。今日彼女が見た星座占いのアプリで出てきたラッキーアイテムは【売れ残った“たべっ〇どうぶつ”】と言うが、それに従って依頼を受ける前に業スーで適当にワインとツマミと適当に“たべっ〇どうぶつ”を買ったが、売れ残りじゃなかったからだろうか。許してくれ、時間が無かったのだから。
そうして今、彼女は地に伏していた。だが、今の彼女に怒りの感情がない。自分に攻撃してきた相手の正体にはもう見当がついている。なんとか起き上がって確認する。そう―――この攻撃、過去に何度か食らったことがある。
「この圧倒的な霊力ッ! 【新生・冠位十二階】の…【暴れ大蛇】」
「その名で呼ぶな【狂犬女】。今回も好き勝手やってやがるな。所構わず噛み付く守銭奴の快楽主義の変態が…何で毎回俺来るとこに居やがるんだよ…」
そこに、黒を主体にしたスーツを身に纏う妙齢の男が立っていた。そして最も目立つのは黒のスーツには似合わない薄黄色の長いマフラーを風に靡かせながら巻いている。黒髪でオールバック、鋭い眼光は本人は睨んでるつもりはないのに相手が威圧感を感じる程。その傍らには、人を丸呑みに出来そうな程の巨体を持つ大蛇が八匹。その内の三匹が彼女に突っ込んで来たのだ。
「それにしてもこのガキ。計算か、只の幸運か、この場所が偶々駅から近かったのが幸いしたな。さもなきゃ流石の俺でも間に合わなかった。しかも…よりにもよってアイツんとこのガキとはなぁ。もしも、助けられてなきゃアイツと旨い酒飲み交わせなくなってたトコだ」
口元をマフラーで隠しているが少し笑みを浮かべているようだった。男は気絶した月兎を大事そうに抱き抱えると、他の大蛇に目配せして依然として目を覚まさない辰己に巻き付き運ぶ。
「流石に【冠位・小信】のアンタと殺り合う程、アタイだってそこまで自惚れてないわ。ここは逃げさけてもらう」
「別にいいぞ。色々教えてくれるなら…なぁ?」
「………さん―――」「ホイ、三十万アタック!」
財布から素早く三十万をぴったし取り出して金の重みを味会わせるように女の顔面にスパーキングをかました。それを当たり前のように左手でキャッチして右手で札束を軽く数え金の重みを感じながら、ホクホク顔で懐に仕舞っていく。この間、2秒足らずの出来事。
「アタイが引き受けた依頼は“怨獣の新しい運用のテスト”よ。依頼主と直接は会ってないわ。スマホ使ってやり取りしてるだけ。具体的には“外法”のテストネェ~」
「“外法”? 確か禁忌的な何かだったのは聞いたことはあるな」
「そこは後で詳しく調べたら? 最終的には二つの“外法”のテストをしようとしたけど…半分は成功って形でネェ~。これじゃ貰える報酬も半分になる契約だからネェ~…やってられネェ」
「“外法”が何かはよく分かんねぇが…どっちみちよくねぇモンだってのは理解った。そこの死骸片して消えろ駄犬」
「……さん―――」「オラッ! 三十万スマッシュッ!!」
流れるように要求、流れるようにスパーキング。これぞソーシャルをディスタンスした司法取引。大人のブラックなやり取り。神も仏も目を瞑らなきゃ潰す。何処をとは敢えて言わないでおく。
「ハウンド…起きて。今日のエサはそこの二匹の亡骸よ。今日はそれでガマン…いいわね?」
頷くようにワンと一声吠えると、まだ右手に持っていた骨からドーベルマンは出てきたと思ったら即座に猫と蝙蝠の亡骸に牙を剥く。豪快で荒々しいが確実に、そして綺麗に跡を残さずドーベルマンのハウンドは亡骸を少し不満気な様子を隠しながら完食した。
「ジャッ、またネェ~谷津蛇 尾引人!」
そう言い残すと、黒ローブの女はその姿を眩ました。
「またね…じゃねぇんだよカス」
空を睨みながら男は今抱いている月兎…否ミリスに向かって語り掛ける。
「お前はとりま“霊装”を解除しとけ、お前自身の霊力も危ないだろ数日休め。それと…コレをコイツを、玖守んとこのガキが目を覚ました渡せ。興味があれば来い。返事はいらない。只、今は休むんだ」
そう言われ、私は仕方なく“霊装”を強制解除させ、巻き物の中で消費し過ぎた霊力の回復に専念することにした。そこで、私は暫しの眠り…スリープモードに近い形で意識を手放したのだ。
*
「それが事の顛末ウサ」
「………てかなんだ? その【新生・冠位十二階】ってのは…聖徳太子が制定したアレだろ? 働き方改革みたいなカタチの」
「まぁ概ね正解ね。正確にはほぼ全ての“霊従師”を束ねる怨霊対策本部《霊従師協会》所属の中でも最強クラスの“霊従師”に与えられる称号、および《協会》内でも最高クラスの権限を与えられる十二人の総称。【冠位十二階】の制度の十二の等級に準えて、序列付けをしているらしいから【新生】と付いてるの。でも、代表取締役はちゃんといるらしいけどそれに次ぐ権力を持った実力者って考えてくれたら分かりやすいぴょん。その中でも彼…【冠位・小信】は序列で言えば八位。中間より下って感じるけどそれでもバカみたいに強い。私の主様だってホントなら彼らクラスになれる逸材、ダイヤの原石だってのに…」
「そう、そうだ。何でお前―――」
「主様の元に居ないのか? 何故、自分なんかの元に居るのかって話でしょ?」
そうだ。辰己がそこまでの逸材だったら、コイツは俺なんかの契約を早々に断ち切っている筈。それなのに今は俺の元にいる。
「一つは私も主様がすぐ海外なんかに連れていかれるとは思ってなかったからだ。主様の両親が主様を連れ帰ろうとしていた時には私はまだ霊力回復の為に動けなかった。勿論、巻き物から外の様子や声も聞こえてこない程に、そして気付けば主様はもう居ない。一応契約の際に出来たパスはあるけど、遠すぎるのかその地方が余程周囲の霊力の密度が濃いのか、探知出来ない。出来るのは主様の生死の判別だけ。だけど…日本には居ないとこは確かね」
それはもう知ってる。直ぐにでもコイツのヒクヒクしている鼻を閉じてから口にニンジンをぶちこみたい衝動を抑えて話に耳を傾ける。
「もう一つはコレね」
そう言ってウサ公が俺に差し出してきたのは一枚の髪切れ。そこにはこの町、典季町の住所と思われるモノが書いてあった。後で調べれば出てきそうだ。そしてその下には《9:00―17:00》と書かれている。恐らくこれは時間指定。
これは9時から17時の間までにこの場所に来いと書かれているのだろう。
「これは…俺を介抱してくれた人の…か」
「えぇ、目を覚ましたらコレを渡せ。興味があればその住所とその時間の間に来い。そういうことよ」
「………」
「これはスカウトね。あんたは“霊従師”“霊獣使い”としてスカウトされたの。これが今私が残っている理由にもなっている。本来の契約者は別にいるけど、彼とは連絡を途絶えた。そうすると今は仮契約だけど目の前にいる組織内でもトップクラスの人にスカウトされたアンタに付いていくしかないの。お分かりウサか?」
「―――は? でも契約解除すりゃ―――」
「契約には全員の承諾が必要…そう言ったわよね? 今ここに居るのは?」
最悪。ミリスの奴もそう言う顔をしている。俺だってそうだが、アイツも不本意そうだ。現にまだここに辰己が居てくれればすぐに契約解除もするだろうしアイツからしたら絶好の出席街道。それも三日前からの不運か、間が悪すぎた。
「どうにかなんないの?」
「仮契約の期間切れを待つか…主様を探しに海外旅行でもするかね。どっちも疲れるけど…」
「因みに仮契約の期間って?」
「丁度ぉ~仮契約結んでから半年まで」
長っっっっがいなぁ! 半年までコイツと一緒ってのはキツイぞ! 軽い拷問だ。
「海外旅行なんて出来る金もねーしなぁ。そうなりゃ期間切れまでなんとか我慢―――」
「そしたら仮契約の規則でたちまちキッツイ罰則があなたを襲うわ。最悪死ぬかも?」
「―――は、ハァァァァァァァァァッ!?」
「そう言う規則なのよ。なんでか知らないけど、期間内に仮契約の更新または解除を正式に全員で行わないと即罰則でね。まぁ罰則食らったらちゃんと強制的に契約はパァになるから「いいワケねぇだろぉ! この糞ウサギィ!」
これはホントに最悪だ。暫く俺は頭を悩ませた。カレンダーで日付わ確認すると契約した日は4月23日、そうすると今日はその3日後の4月26日となる。後5ヶ月と27日辺りしかない。およそ180日足らずだ。そうなると残る選択肢は一つ位しか思い付かなかった。
「………なぁ“霊従師”ってのは儲かるのか?」
「まぁ人間のそこら辺の事情は知らないが、実績を積めばそれ相応の報酬は必ず支払われるらしいわ」
「その“霊従師”ってのは、色々なタイプの奴らがいたりすんのか?」
「もっぱらの戦闘要員だったり、サポート主体の補助要員や回復要員。そして…諜報や情報収集を主な任務や依頼を請け負うのも居るのは聞いてるわ」
「なら丁度いいじゃねぇか。行ってみるか。金も稼げる、辰己の手掛かりを掴めるチャンスがある。一石二鳥…いや三鳥かもな」
実際の所、俺個人としては辰己とちゃんと会って色々と話したい。そこにやっぱり帰結するからだ。
「よぉしっ! さっさと主様見つけてコイツとの契約を解除させるウサよ」
「………」
あぁほうだ。だが、ウサ公には悪いとは微塵も思っていないが、もし期間内に辰己を見つけることが出来たら俺との仮契約の解除と、辰己との契約解除をさせるつもりだ。
あの戦いで良く分かった。
あれは辰己には荷が重い。
あの優し過ぎるアイツには向いていない。
もうこれ以上、アイツが傷付く姿を見たくなかった。だから、俺自身を脅しの材料にしてでも、仕舞いには俺が代わりに契約してでもあのウサギに辰己との契約解除を認めさせる!
「だから―――また会えたのなら、俺はお前にちゃんと“また明日”って言うんだ。絶対に…」
決意を胸に、全てが雲に覆われた窓の外の景色を…彼は寂しそうに眺めていた。
*
一方で、時間は二日前に遡る。
彼は重苦しい中で目を覚ますと飛行機の一席。豪華なファーストクラスに寝かされていた。そして辺りを見渡すと自身の両親と本家からやって来た護衛。そして窓の外はもう空中。飛行機は僕らの故郷からもう遠ざかり空を旅していたのだ。
辰己はもう全てを察していた。全てを…だ。だが1番心に込み上げたのはもう月兎に会えないこと。ただそれだけだった。
気が付けば涙で景色は濡れていた。嗚咽を漏らし未だに空を眺める。だが、雲のせいか涙のせいか景色は一向に晴れない。だが、雲を見ていると彼は月兎のことを自然と思い出していた。
(「俺、やっぱ雲は好きだが曇り空は好きになれないな。アレを見てると気が滅入るよ」だったかな? ハハ、今の僕は只の空でさえ嫌いになってくよ)
そんな彼の気持ちを知らずに、両親達は目を覚ました辰己を心配する様子や素振りを見せずに淡々と話し掛けてきた。
「辰己、これからお前には“真冬麻”の当主となる為の修行が待ち受けている。機内にも専属の医師がいるし目的地に着いたらすぐに病院で検査した後に、本格的に始まる。心せよ“真冬麻”の悲願を果たすのはお前だ。真歩湯…否真冬麻 辰己」
「………はい。全ての生命に、悉くの安息を…」
彼は親から言い聞かされた通り、求められる答えを言った。これが何を意味するか今の彼にはまだ分からない。
だが…
(ゴメンね、月兎…)
その意味を辰己が理解した時―――
(また明日を言えなかった処か…ラーメンすら食えなくて)
彼が月兎にまた会えたのならば『さよらな』を送るだろう。
これは…2人のすれ違いの物語
そして彼、辰己の“正義”と“救済”の物語の始まりでもあるのだから。
歯車は少しずつ狂いながら
歪な音を出しながら
誰も気付かず動き出す
そして最後は―――
最悪の形で壊れるであろう
四月/月兎&辰己、始動篇 完
残り…後180日
次回予告?
長男気質だがあまり愛想の良くない月兎、イケメンに媚びキャラ付けに迷走する月ウサギのミリス。こんな2人? がコンビ(仮)を組む。
正式な“霊従師”になりガッポリ稼いで辰己の情報を得る為に、試験としてある任務を請け負った月兎。
愛の逃避行? そんなのはラブコメ警察案件だ、懲罰房にてお仕置きだ女の方を。
今回は暗躍してそうでしてないサイコな守銭奴は札束でぶたれたことを切っ掛けにMの道に墜ちたとか墜ちてないとか…どうせなら地獄に堕ちたらいいのに…
そんな中、ラーメンをすすりながら独り考える。
「“イモリ”と“ヤモリ”って…どう違うんだろ?」
五月(上旬)/月兎、試験篇
来年1月中に、出来次第投稿予定。
この章の題名は未定です。