日常の終わり/辰己、立つ・1
おはおは三日目だねぇ
こっから動き出してきますよぉ
あれから辰己とは一緒にいることが多くなった。それは学校内だけでなく学校外でも関わり合うことが増えたという意味でもある。
中2に上がる頃に、叔父さんから『必要だろ?』と言われて携帯電話を渡された。その頃には辰己と幽霊達との自撮り写真を撮ったりして面白がっていた。(けど、視えないヤツに写真を見せてもうっすらとしか見えていないから心霊写真にしか見えていないらしい。そのせいで中学2年の頃からは俺達2人は《心霊写真部》とか結構不名誉なあだ名付けられていた(因みに俺は帰宅部一択。辰己は色々な部活に誘われていて結構な数の部活で活躍して名を残しているらしい。そしてどこにも実質籍を置いてないので帰宅部みたいなモンに落ち着いている))
自分で言うのもなんだが、はじめての…親友だからなのかな?ここまで人と交遊を深められたのは叔父さん達を除いて初めてのことだった。
自分でも柄にもないことを言っているのは分かってるが、この時間がいつまでも続くことを願っている自分がいることに驚いていた。
*
「………」
「………」
(可笑しい…可笑し過ぎる!?)
数分間雑談しながら歩いていて気付いたことがある。さっきまで明るい様子で話していた辰己のテンションが段々下がってきて仕舞いにはだんまりを決め込みやがった。
こんなことは初めてだった。今日や今までのことを振り返ってもアイツを怒らせるような事をした覚えが全然無かった。
そりゃケンカもしたし
意見もすれ違うし
互いに傷付けあったりもしたけど…
それでも最後にはなんやかんやで仲直りしていったのに。どうしても思い当たる節がない。
「あ、あのさ…」
「!?」
俺が手をこまねいていると、辰己の方から話し掛けて来た。俺に向けられたその顔はとても真剣な顔だった。そして額や頬には汗が見える。きっと、今まで話すかどうか悩んでいたに違いない。そして、もうそろそろ学校にも着くと思いやっと決心が付いたって所だろう。
ここまで勿体ぶることは今まで1度もなかった。それ故に、俺は覚悟を決めようと思った。辰己ほどの男が“親友”の俺にすら躊躇いを見せて言い淀む話を…
「ぼ、僕…実は―――」
(な、何だ? 遂にアイツにも彼女か? セ〇レか? 童〇卒業かましたのか? どっちなんだ言ってみろぉ!? 俺は一割くらいならご祝儀出すし、友人代表でスピーチも一分だけしてやるし、新郎新婦入場かケーキ入刀か誓いのキスかブーケトスの時しか余計なヤジ飛ばさないからなっ! 決して妬んだりは…しな―――)
辰己の言葉に聞き入りながら俺はそんな事を考えていた矢先に…同時に俺達はある方向へと意識を向けた。
すると――
視るもおぞましい異形のナニカが目に写った。
((―――ッ!?))
辰己が心の内に秘めたものを明かすと決めた決意も、俺が抱いていた僅かな疑念さえも虚しくも消え去った。そして、2人は言い知れない恐怖に支配される。足がすくみ目の焦点も合わずブレブレ。目の前の光景を“嘘”だと、思わず現実逃避をしたくなる。
『オ”、オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォォォォ!?』
それは、まわりを覆う影で全体像がハッキリとは見えないが2本の足と2本の腕が見えた、かろうじて人型だっていうのは分かったが、影の隙間からチラついて見えるギョロギョロとした目が印象的だった。
前にもこんな霊を視たことはある。“悪霊”の類いとかはそこらでもたまに視るし、それに“地縛霊”とかの前世に未練タラタラな霊とかが人を襲ったり(主に祟ったり呪ったりだけど)していて害を為したりするのも心霊写真撮ろうとした時に何度か遭遇したが、アレは…今俺達に視えているヤツは今までの比じゃない。
見た目から溢れる禍禍しい気配、遠目から見てもあのギョロギョロした目を向けられると寒気がする。だが…あれでも“霊”だ。直接触れられるわけでもない。このまま無視を決め込んでいけば大丈夫だと、俺は辰己とアイコンタクトし、それを受け取った辰己も首を縦に振り、まだ恐怖で引きつっている目を向けながらもその瞳の奥底には一抹の光が灯っていた。
(コイツのこの目…もう立ち直ろうとしていやがる。…強いよなぁ~俺と違って)
そう…俺はあいつより弱い、そして普通だ。
普通に怖い。
ホラーはこんな体質というか性質であるからある程度耐性はあるが、怖いものは怖い。バイオなハザードは最初のシリーズの30分でリタイアして以後見ることはなくなったし、ピエロはイメージと言うよりデザインからして怖いし、どんなテーマパークでもお化け屋敷だけは視界にも入れないようにルートを決める程に徹底してした。それほどまでに…自分が思ってる以上に臆病だった。
目を反らして、恐怖を噛み締めてすくむ足を無理矢理、その上で自然体で逃げるように歩いていく。頬を伝い流れる汗を拭く暇は無かった。俺達は、早く…早くここから去りたかった。もう1秒だってこの場にいたくなかった。
(焦るなよぉ、視えてなきゃバレねぇよ。だから…そのまま、そのままで居てくれよ辰己!)
(分かってる。分かってるけど…やっぱ怖い! けど…あと少しで通り過ぎるっ!)
そう、後数歩で“アイツ”を通り過ぎる。一応はやり過ごせるが、あんなのを近所じゃ視たことがないし、下校の時もまたあそこに佇んでいたらまたこんな思いをしながらやり過ごすの繰り返しを想像するとまた寒気が全身を襲ってきた。
(…糞ッ!? なんで…こんなに悪寒がするんだよっ! コイツらが俺らに触れないって分かり切ってるのにっ! なんで…)
そう自分に言い聞かせている間に、例の霊に動きが見えた。
最初に目が行ったのは、登校中に通る道端でいつも屯している三毛猫だった。名前は“ポチ(猫)”名付けたのは辰己で(猫)の方は俺が『なんでネコなのにポチィ!?せめてタマとかにしろよぉ!』とツッコミを入れたら『ネコにポチ名付けちゃいけないルールなんてないし。じゃあポチの後に“猫”って置いて、この子は“ポチ”って名前ですけどれっきとしたネコですよぉ名前だけで分かって貰おうよ!』なんて意味不明な理由で勝手に呼ばれ始めた。(実際に呼んでいるのは辰己だけ、俺は三毛猫だから“ミケ”って呼んでいるのだが、何故か“ポチ(猫)”の方で反応する。触らせてはくれないけどな。何故に…(汗))そんなポチ(猫)にあの影で覆われていた霊が近付くと、何故か忽然と姿を消してしまった。
すると―――
「ニャ―――ニ”ャ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!?」
突然“ポチ(猫)”が普段の猫が出すような鳴き声とは違う…それとはまるで違うような、人で言う所のさながら絶叫しているような鳴き声をあげて苦しみ出した。すると“ポチ(猫)”の周囲に先程の影が漂いそして覆い出した。そして“ポチ(猫)”の体自体にもドンドンと変化が起きた。
「な、なぁ~月兎」
「ど、どーした辰己」
「なんかポチ(猫)…変じゃね?」
「確かに…(名前が)変だな」
「…僕が言ってるのは“様子”の方だからね?」
「ハイハイ(棒)それよりも、やっぱ変だ? あの影がアイツから見えるし…俺らだけじゃなくて他の奴らの不信がってやがる。これはッ!?―――」
そしてその変化は明確なものになってしまった。“ポチ(猫)”の体があり得ない位に変形している。猫が発するには余りにもアレ鳴き声をまた出して、体は膨張をし軽く人を越える体長に膨れ上がった。もはや猫だった面影は殆んどない。
((もはや化け物だっ!?))
そしてその化け物は何故か目線を俺達に向けてきた。ブクブクに膨れた前足が地面を踏み締めて前進してくる。
「や、ヤバい。何か…ヤバいぞ辰己!」
「それは僕も分かってる! に、逃げるよ!」
さっきまでは実体を持たないただの霊のようなモノだと侮っていたが、何故か分からないが猫の体を乗っ取る…この場合は憑依って言うのか、兎に角実体を持った危ない存在が俺達に狙いを定めて襲い掛かろうとしているのだ。こんな状況、どんな奴だろうと冷静でいられる訳がない。
(だ、だけど…だからこそ冷静にならなきゃ!)
だがこんな状況に陥ろうと主人公のはやりと言うか流石と言うべきかそれでも冷静さを保とうと気を張っている。対する俺は、ぶっちゃけるとあの更に巨大になり最早“猫”とすら呼ぶのも烏滸がましくなってきた化け物の放つ異様な殺気に当てられ腰を抜かしかけた。それも無理はない。この異常事態は最早、俺達だけが周知しているものじゃなくなっており、登校中だった生徒達が会社に出勤途中のサラリーマン達、そして近所に住む住人達の目にも当然、例の化け物の姿がくっきりハッキリ見えておりその姿を見るや否や声にならない悲鳴を上げながら蜘蛛の子散らすが如く逃げ惑っている。中には俺同様…俺以上に腰を抜かしてしまい友人達に肩を貸され逃げる奴や、泡を吹いて倒れ込む奴らまで出てくる始末。俺はそんな、情けない奴らとほぼ同類になっている。
それでも、俺は違うと。こんな奴らとは少しは違うと言える。何故なら、俺の隣には辰己がいるからだ。
俺だって、1歩あるけばコンクリの地面が凹む程の重量で、両手には石段、ガードレール、電柱なんかを発泡スチロールみたく切り裂く鋭利な爪を携えて、ギョロギョロとした目からは背筋が凍る程の殺気を放ちながら俺達を睨んでる化け物に襲われたら間違いなくチビって腰抜かしてから気絶するだろうさ。絶対にな。
だけど、コイツ…辰己がいると何故かそんな恐怖もほんのちょっぴりだけ和らぐんだ。辰己の瞳の底にある諦めてたまるかって言ってるような燃えるような目を見てると、不思議と“自分でも何か出来るんじゃないか?”とか“なんとかなるかもしれない”って根拠の無い自信が心の奥底に沸いてくるんだ。勿論、こんな事を思う自分がいるなんて思いもしなかったし、柄じゃないってこと位、良く分かってる。でも、それでもそう思わせる何かが辰己にはあることを俺は、アイツの親友だから肌で感じてるし信じてもいる。
まるで主人公さ
そして、俺は…身の程知らずにも、そんな主人公に―――
嫉妬している。
*
「…見つけましたよ。私の相棒に相応しい魂の器をっ!」
丁度その頃、猫の化け物が彼ら2人を襲い始めた光景を遠目から見ていた者がいた。
電柱の頂上に仁王立ちの如く陣取り、ちょっと時代遅れなピンクの柄のセーラー服を身に纏い、シルクのような白い髪と血を連想させる深紅の瞳、そして目立つの頭に生やした長いウサギ耳。
この女、端から見ればイタいコスプレ美少女と侮ることなかれ!この女の介入により、この物語の序章は一気に急☆展☆開!?…を迎えることとなる。
これは運命?否!?運命成!!!
おはおは、また明日の7時に
それではまた。