後夜祭
日はほとんど暮れ、外は薄暗くなっていた。
天井の照明が落とされた体育館では、大勢の生徒が次は誰かと舞台を見つめている。
これが最後の舞台、そう思うと寂しさが緊張を通り越して、逆に落ち着くようだ。心は軽い。僕は司会に名を呼ばれ、袖の階段を登り始める。
舞台の中央に佇むは古いドラムセット、僕の相棒だ。ゆっくりと近づき、司会からマイクを受け取る。
「驚いてる人が多いかもしれません。」
「そもそも僕を知らない人もいると思います。」
小さく僕は言葉を出す。客席は静まりかえって、訝しむ目でこちらを見ている。
「後夜祭っていうすっごい大事な時間を、僕一人なんかがその少しでも奪ってしまうことを最初に謝ります。」
そこで、ちらほらと「さめるわー」 だの「誰あいつ」だの聞こえてくるが、僕にはそうなることがわかっていた。より一層マイクを強く握って言葉をつなげていく。
「僕がこんな大事な舞台に相応しくないって、みんなが思ってると思う、それは僕が一番わかってんです。」
「でも、それでも、どうしても、ここに僕は立たなきゃダメなんだ。僕に与えられた10分の時間だけ、どうか耳を傾けてください。」
客席はだんだんと静かになってゆく。
これで僕の舞台は整った。熱をこめて僕は喋り出す。
「皆さんには何かにジシン、ありますか。」
「自分を信じると書く自信、その自信です。」
「運動に自信があるとか、勉強に自信でも、なんでもいいですが、自分が胸を張れるもの、ありますか。」
ジェスチャーで促すが誰も手を挙げない。
「僕にはあります。僕はその自信が勘違いではないと証明するために、今ここにいます。」
そこまで言ったとき、客席から高校生特有の、馬鹿にするような、囃し立てるような声が上がってくる。まったく腹が立ってしょうがないが、こんな奴らに今から一発かましてやるためにこんなことをしているんだと自分を立て直す。
「僕にはこの学校で一番ドラムが上手いっていう自信がある。」語気を強める。
「軽音部の他のどのバンドのドラマーよりも、技術なら僕が一番だって、胸を張って言ってやる。」口調が崩れてゆく。
「内輪で盛り上がって人気取りして、それだけで満足してるダサい奴とは演奏者としての根本が違う。」
学年のスターを悪く言われた客席は、明らかに僕を敵視し始めたようだが、気にせず続ける。
「他のドラマーだけじゃない、お前らみたいに周りの目を気にして自分の自信事さえも隠してるような臆病な奴らに、到底できないことを今から僕がやってやる。」
僕はそのとき、感情を抑えきれずにだんだんと口が悪くなっていたのにも気づかず、言いたいことを全部言いきった満足感を感じていた。
やがて、たくさんの照明が僕を照らした。僕だけを、照らした。ざわついていた客席も照明のおかげか落ち着き初め、体育館は再び静寂に包まれた。
これから7分間のドラムソロ、構成なんて考えていない、全部アドリブだ。
値踏みするような目でこちらを眺める者、先の僕の演説に気圧されて口を開けている者、明らかに敵意を向けている者、様々な馬鹿供へ向け、僕の感情を、この学校で過ごしたつまらない2年半分の感情を全て出し切り、この臆病者たちをあっと言わせてやる。
恐れなど最初からない。不安も緊張もない。
何故なら僕はこの学校で一番のドラマー、臆すなど、自分の自信を疑うことと同じだ。
ゆっくりとスティックを構え、人生で一番の舞台が幕を開けた。
物静かに見えて、心の内は激しい人って結構居ると思うんです。そういうことを考えながら書きました。