1週間前、ドンブラ湖のちょうど真ん中で起こった出来事について
さて、王よ。
貴方は今、『最期に何か言い遺すことがあれば、言ってみるがいい』とおっしゃった。
『何かひとこと』ではなく、『言い遺すことがあれば』と。
つまり私に言い遺すことがあれば、無限にしゃべり続けても良い、ということだな?
ハハハ、もちろん無限にしゃべり続けるつもりなどはないさ。
私はこう見えて口下手でね。
ホラ、魔女ってのは、基本的に引き籠りだからさ。
他人とまともに会話したのなんて、今回を除けば、もう何千年も前になるんじゃあないかな?
なあんちゃって、ジョーク、ジョーク。
魔女のジョーク、魔ジョークさ、大爆笑だろ? アハハハハ!
おおっと、話が飛んだようだ。
えーっと、どこまで言ったっけ……そうそう、『無限にしゃべり続けるわけじゃない』の下りだった。
そりゃあ、無限にしゃべるワケじゃないけどさあ。
ただね、こっちだって、言い遺したいことは、たっくさんあるんだ!
時間にすると、そうだね、多分、10分か20分、もしかしたら30分くらいになるかな。
長いけど、ちゃあんと、喋らせてくれる、と。
王様、そう言う事だね?
うん?
よし、言質は取ったよ。
それじゃあ、話させてもらおう。
さあて、私の斬首刑見たさに集まった賢明なるドンブラ国国民の皆様!
私は、裏の森の最奥に棲む、魔女である。
ドンブラ国とは、浅からぬ縁があってね。
50年前、この国にぐるりと巨大な防壁を作ったのは、私だ。
40年前、疫病から国を救ったのは、私だ。
30年前、国の大半をしめる毒土を栄養たっぷりの腐葉土に変えたのは、私だ。
20年前、不治の病にかかった王妃を治療したのは、私だ。
10年前、大量発生したイナゴを滅ぼしたのは、私だ。
そして今年、干ばつに苦しむドンブラ国に、雨を降らせたのは、私だ。
大いに感謝されて、しかるべきじゃないか?
もちろん、タダではない。
毎回、対価を貰っている。
今回は、1億ゴールド出すなら雨を降らせる、と王に話をし。
王は『雨を降らせることができたなら、1億ゴールド出す』と約束をしたんだ。
なのに王と来たら、約束通り雨を降らせたのにも関わらず、やれ『たまたま偶然降っただけだ』だの、やれ『金額が高すぎる』だの。
結局『詐術を使い、人心を惑わせた罪』とやらで、私はこうして、斬首刑にされようとしているわけだ。
……なに?
『確かに助けてくれたのはありがたいが、いくらなんでも値段が高すぎる』、だって?
ああ、賢明なるドンブラ国国民の皆様!
言っておくけど、私、魔女の中ではゲロ甘に優しい方だからね!
だって、魔法の対価が、ただの、お金だよ?
呪いもかけないし、命も取らないし、人間を小鳥にしたりもしない。
ドンブラ国には少なからず思い入れがあるから、お金を取るだけにしてあげてるんだ。
それを……ぐあッ!
ちょ……なんだよオイ、人が話している最中だぞ、勝手に斬りつけるなよ。
ああん?
私の首が斬れるわけないだろ、魔法で硬くしてるんだから。
どうしても斬りたければ、この首と同じ太さの鉄が斬れるヤツを呼んできたら良いよ。
なぁ……あのさぁ、王よ。
さっき、言い遺したこと、喋っても良いって、言ったよね?
また、約束破るのか?
まぁ、良いや、斬首したくたって、この辺の兵士では無理だからね。
私は私で、勝手にしゃべらせてもらうさ。
さて、どこまで話したっけ……ああ、そうそう、『魔法の対価が高い』のところだったね。
だってさぁ、雨を降らせるのって、要は、餓死から多くの人々を救ったってことだぞ?
あったりまえじゃん、高いのなんて!
いや、1億ゴールドっていうお金にしてもさぁ。
ホントのこと言うと、手間賃すら取ってない、ボランティアなんだよ?
今回、雨を降らせるのに集めた材料は、モチロン無料じゃない。
いくつか挙げていくと……えーっと……ペンギンの風切り羽に、カエルの臍のゴマに、ホヤの手足に、アノマロカリスの肉片に……。
つーか、ぶっちゃけ、アノマロカリスの肉片だけで、末端価格1億ゴールド余裕なんですけど!
2億取っても、余裕で赤字ですわ!
私ってば、マジでゲロ甘すぎ!
……さて、というわけで、私がなんでこんなに怒っているのか、賢明なるドンブラ国国民の皆様は、理解してくれたかと思う。
そして。
当然私は、おとなしくここで殺されるつもりは……ぐえッ!?
……。
……。
……うっわー……えー……すっごい……マジで驚いたわ。
まさか本当に、斬鉄できるヤツがいるなんて、なぁ。
ああん?
なんで死なないかって?
首を落とされただけで死ぬわけがないだろ?
私は魔女なんだぞ?
ったく、毎回毎回、話の腰を折ってくるなよ、なぁ、王様?
……おいおい、どうしたんだよ、そんな青い顔をして。
まさか本当に、『ドンブラ国の森の魔女』を殺せると思ってたのかい?
なるほど、これがキングのジョーク、ジョーキングか、大爆笑だね、アハハハ!
……さてと、何を話そうとしてたんだっけ。
ああ、そうそう、思いだした。
そんなわけでさ、流石の私も、この国に、ほとほと愛想が尽きかけていたのよ。
だから、ちょっと、こんな復讐を、考えてみたんだ。
せっかく、今回の魔法を使う材料でペンギンの風切り羽に、カエルの臍のゴマに、ホヤの手足に、アノマロカリスの肉片なんかが余ったからさ。
この国に、大雨を降らせてやろうとおもっていたんだ。
まずは魔法で防壁の門を固く閉ざす。
国の外へは一人も逃がさない。
そんな状態で、海をひっくり返したような大雨を、七日七晩降らせよう。
雨だけじゃ、つまらないかな。
霰に、霙に、雪崩も降らせちゃおう。
溺死なんて、生ぬるい。
この国にある固形物質は、欠片も残さない。
家も。
田んぼも。
城も。
王も。
防壁も。
そしてもちろん、賢明なるドンブラ国国民の皆様も。
一人残らず、一つ残らず。
みんな仲良く、藻屑に、なるんだよ。
……なあんちゃって、ね。
そうは言っても、やっぱり私はこの国に思い入れがあるし、多分世界で一番ゲロ甘な魔女だ。
私の条件を聞いてくれれば、今回のことは、全部なかったことにしてあげようと。
そんなことを、考えていたわけだ。
フフフ、どんな条件か、聞きたい?
それはね。
私の罪状を取り消して、斬首をしない、というものさ。
……ん?
どうしたんだい、王も、国民も、皆でぽかんとして。
え、既に、私の首と胴体は、離れているだろう、って、言いたいのかな?
あ、ちょっと、何か勘違いがあるみたいだから、言っておくね。
私、言ったじゃん?
『……さてと、何を話そうとしてたんだっけ。
ああ、そうそう、思いだした』って。
うん。
斬首される前は、『私の罪状を取り消して、斬首をしなければ、復讐は行わない』って思ってたのさ。
『斬首される前は、そんな話をするつもりだったなぁ』って、思いだしたんだよ。
……ん?
まだ分からないって顔をしている人もいるね。
まあいいや。
それでは、賢明なるドンブラ国国民の皆様に、最期に教えておこう。
今から、1週間後。
つまりは、来週に。
この場所にあるのは、国ではない。
おおきな、おおきな……湖だ。
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