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銀狼姫  作者: ひととせ
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第一章 一節 訣別

 

 クリサンセマム王国立学園高等部、その応接室。


 破裂音にも似た、大きな音が部屋に響く。

 頬の痛みと衝撃。柔らかな絨毯に倒れ込んで、私は自分が()たれたのだと漸く気付いた。


「シルヴィ・ウィステリア。まさか、お前ともあろうものがアリスを虐げていたとはな」


 嘲るような視線を向ける彼の名ははヴァイス・エル・クリサンセマム。クリサンセマム王国を統べる王家の第一王子であり、十歳の頃より婚約を結んでいた。

 とは言ってもその実態は私の父ゴルド・ウィステリアと国王陛下が勝手に決めた政略結婚であって、私達の間に恋愛感情は無かったのだが。


 今この部屋には、ヴァイスの他に二人の男が私を囲うようにして立っている。


「君はもう少し思慮深いものだと思っていたけれど……失望したよ」


 若くして宮廷魔道士の資格をもつ天才ルーク・ロータス。

 数少ない魔法適性持ちとして、互いに同志と呼び合う程度の仲ではあった筈だ。が、そんな彼の表情から読み取れるのは、紛れもない軽蔑の意である。


 そして。


「………………」


 騎士団長の息子にして私の幼馴染であるローシュ・カメリア。

 私が最も信頼し、密かに愛していた男。

 彼ならば或いは。そう思ってローシュの顔を見上げた私は、直ぐに後悔する事となる。


「シルヴィ、何故だ……ッ!」


 彼は悲痛に顔を歪ませながら、私を睨んでいた。


 ────約束だ。俺はこの先何があってもクラリスを信じ、守り抜くと誓う。


 幼い頃の記憶が脳裏を(よぎ)る。

 信じてくれなかった。守ってくれなかった。彼は私より殿下の言葉を信じ、私を害するものとなったのだ。

 ヴァイスでなく、ルークでもなく、何より一番信じていたローシュによって私の心は砕かれた。


 沸々と湧き上がるこの感情は、何だろうか。憎悪か、悲しみか。

 心の内で渦巻き荒れ狂う激情を辛うじて抑えつつ、私はヴァイス殿下を睨んだ。


「お言葉ですが、殿下が何を仰っているのか私には分かりません。…ただ、公爵家に名を連ねる私を打ったという事は、相応の根拠があると?」

「根拠、根拠だと?この期に及んでよくもまだそのような戯れ言を吐けたものだな」


 だが、良いだろう。殿下はそう言うと、背後のテーブルに積んでいた書類を私目掛けてばら蒔いた。

 その内の一つを手に取り、書かれた文章に目を通す。


「………なるほど、捏造(ねつぞう)にしてはよく出来ているようですね。無論、身に覚えはございませんが」

「まだ認めないか…往生際の悪い女だ。まあいいさ。何にしても、これでお前との婚約も解消されるだろう」

「そう、ですか」


 王妃という立場に興味がなく殿下を愛してもいない私にとって、婚約解消は寧ろ有難い。しかし、より大きな権力を欲していた父は激怒するだろう。勘当も有り得る。


「シルヴィ!!!」


 と、漸く立ち上がったばかりの私はまたもや仰向けに倒される。

 眼前には怒りに目を潤ませ顔を赤く染めたローシュ。

 私は、彼に押し倒されたのだと気付く。


「お前が殿下を愛していない事は分かっていた!婚約を快く思っていない事も!だが何故ここまでする!?婚約解消のためにアリスを虐める必要がどこにあった!?」

「ローシュ……」


 もう私の言葉など届かないのだろう。幼い頃の約束も誓いも、忘れてしまった彼には。


 仕方が無い。と、彼の胸に掌を宛てがう。


「ッ離れろローシュ!」

「遅い」


 私とローシュが同時に、逆方向へと突風に吹き飛ばされる。ローシュは私の、私はルークの魔法を受けたのだ。

 私の方が早く発動したにも関わらず同時に届くとは、流石ルーク。なんて、壁に体を叩き付けられながら考える。

 内臓を傷付けてしまったらしく、口から赤い液体が吐き出された。

 床に染みる血液を見たルークがはっと目を見開く。


「しまった、加減が……!」


 一方、ローシュは壁に叩き付けられる事無く見事着地していた。


「シルヴィ、お前!?」

「先に手を出したのはローシュ、貴方よ」


 仮にも騎士を志す者が感情に身を任せて、本来守るべき民に暴力を振るう。その意味を考える事すら、彼は出来なくなってしまったのか。


 ───と。扉が勢いよく開かれる。


「シルヴィ様!」

「シルヴィ!」


 現れたのは二人。

 一人は件のアリス。聖域から突如として現れた異界の人間で、手の甲に聖痕があったため聖女として王家の庇護を受けることになったという。

 そして、私の実兄アラン・ウィステリア。


「シルヴィ様、ごめんなさい!私のせいで……」


 アリスの肩を借りつつ立ち上がる。

 視線の先では、兄がヴァイス殿下に詰め寄っていた。


「殿下!これはどういう事です!?女一人を男三人で囲って…これが由緒あるクリサンセマム王家のやる事ですか!」

「な──何を!此奴はアリスを虐げていたのだぞ!聖女であるアリスを!」

「私はシルヴィ様に虐められた事などありません!」


 私の隣で、アリスが怒りに顔を歪ませる。

 いつも穏やかに、笑顔で皆と話していた彼女の初めて見る表情だ。


「私を閉じ込めたのも、制服を引き裂いたのも、階段から突き落としたのも、全て別の人がやったものです!シルヴィ様は寧ろ私を気にかけ、誰よりも率先して助けて下さいました!」

「───ッそもそも何故お前が今ここに居る!?用事があると言って先に帰ったのでは無かったか!?」

「それは───」


 答えようと開かれた口を、兄の掌が塞ぐ。


「それは、教える必要の無い事です。……行こう、アリス」

「………はい」


 アリスが扉を潜り応接室を出ていく。当然、私も彼女に連れられる形で出ていく事になる。


「待て!話がまだ───」

「いいえ、ここまでです。……殿下、これ以上は陛下の許可を得て下さい」


 そう言って、兄もまた応接室を後にした。

 閉じられた扉が再び開かれる事は、無かった。


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