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 黒木朔也は自分が個性の薄い何処にでも居る高校生であると確信している。


 両親が海外で仕事をしているだとか、家は潰れた協会を外観そのままにリフォームして住居にした所だったりとか、人より少しばかり金銭的に余裕があるだとか、余所様との違いは確かにあるが、それは環境が幾らか特殊であるだけで、自らの特異性には含まれまい。

 外見的な話をするとしても、身長体重は平均値、女子力高めの父と男勝りな母の容姿を丁度1:1の比率で掛け合わせた様な顔立ちは、年相応の幼さと相成ってパチ宝塚とでも言うべき女顔だが、ランク付けするなら中の上か上の下が精々だしトレードマークの一角獣の様なアンテナ付きのツンツン頭はただの毛髪で、見た目ほどの鋭さは無く特に突き刺さったりもしない。何なら髪質は柔らかい位だ。

 日常生活においてもサクヤの普通さは留まる事を知らない。

 生きがいとも呼べる趣味であるゲームをやる時間が多くなりがちではあるが、数少ない友人と駄弁り、時には少し悪い事もしちゃったりなんかして、テストが近付けばサボりのツケを支払う様にヒーコラ言いながら一夜漬け。

 優等生とは言えないが、不良という程荒れてもいない。

 どっちつかずというよりは誰かに褒められたい訳じゃないから好きに生きるが、悪人ではないからそれ程酷い事にもならないという極々普通の男子高校生をやっているのだ。


 故にサクヤは確信していた。

 こんな没個性野郎には山も谷も無い何の面白味も無い普通の人生が待っていると。



 ◆



 それはそれとして、今日は厄日だ。超厄日だ。

 朝謎起きて朝食の用意をしようと冷蔵庫を開けると調味料と生牡蠣しか入っておらず、ご飯を炊くのも忘れていたせいで朝食は貝一個。エネルギー補給が不十分なままに登校すれば通学路で謎生物に体当たりを食らい、顔面を打ち付けながらも死守したゲームはしかし衝撃でデータが飛んでいた。

 壊れてこそいなかったものの、盛大に意欲を削がれたサクヤは珍しく教室でゲームをしていなかった。



 代わりにメニュー画面を開いていた。


 メニュー画面を開いていたのである。

 ゲームじゃ必須ともいえるアレだ。

 厚さ〇ミリ、真横から見るとそこには何もないのに、正面から見ると二〇インチ程度のメニュー画面が表示され、RPGにありがちな『アイテム』『スキル』『装備』『ステータス』『ヘルプ』『オプション』とそれらしい項目が並んでいる。

 『ゲーム終了』は無かった。

  理解不能な超常現象に芽生える疑問、集まる視線、それ等を完全に無視して操作するそれはタッチパネル方式だった。

 通り過ぎる振りをして、後ろからガン見するクラスメイト、しかし話しかけたりはしない。

 サクヤは孤立していた、友達は片手の指で事足りるし、本人は自宅の犬や猫を勘定に含めてかさ増しさせようとする悲しい奴だ。


(『アイテム』『スキル』は何も無し、『装備』は……学生服になってる外したらどうなっ――――やっべ、全裸なった)


 厳密にいえば装備に含まれていなかったボクサーパンツや靴下、カテゴリ的に別枠の靴は脱げなかったので半裸だが、直ぐに装備し直して僅かな女子の悲鳴で事無きを得る。

 これから着替えが滅茶苦茶楽になるなー、とか呑気に考えるサクヤだがこれも超常現象である。

 次に開いたのは『ステータス』だが、これは如何にもRPG的な仕様だった。


 NAME:黒木 朔也 Lv.1 BLESS:最高神

 CLASS:ノービス

 HP50/50 MP50/50

 ATK:10+200% INT:10+200%

 DEF:20+200% RES:20+200%

 AGI:10+200% LUK:1+200%


 如何にも、とは言っても数値的にどんなもんかは全然わからないし、特に意味も無い。現実じゃこの数値がどれ程高かろうがコミュニケーション能力がモノを言うのである。

 取り敢えず、最高神とかいう存在に呪われたのと、LUK(幸運値)だけは間違いなく低い事だけは分かった。


(LUKだけ謎補正あっても二しか無いとかどういう事なんですかね。いや、平均値とか知らないんだけどさ)


 でも二が低い事だけは間違いなかった。

 それは兎も角『ヘルプ』である。

 なんならこれを最初に開くべきだったのではないかという位この現状に適した選択肢である。

 サクヤはそれらしい項目を斜め読みして行き、


「……何だそりゃ」


 思わずそう零した。

 声を出すつもりは無かったが、出てしまった。

 書かれていたのはこの現象がどういう事であるかと、これからどうなるかという事。

 余りに突拍子が無く、現実味も無い。なのに奇妙な信憑性がある。

 

 いや、信憑性というか今目の前にある超常現象がリアリティを齎しているだけなのだけれども。

 ここに書かれている事が本当であると仮定して動くなら、ここで授業を受けてる場合では全くない、今のうちに準備すべき事が山ほどある。


「黒木」


「我颯? おはよう」


 頭を悩ませるサクヤに声を掛けたのは筋骨隆々な二メートルの大男。

 覇刃鬼 我颯である。

 筋骨隆々、と四字熟語で説明してしまうのは簡単だが、サクヤのウエスト我颯の腕の太さが同じ位であるといえば、その存在の異常さが伝わるだろうか。

 常識離れした肉体と、癖の強い長髪から覗かせる肉食獣の如き鋭い眼は堅気のそれでなく、事実として我颯は堅気と言い難い。

 日々喧嘩に明け暮れているだとか、悪い奴の仲間だとか、そんな次元の話ではないのだ。

 そもそも、喧嘩を売れる奴がいない。

 相手に1%の勝率も思わせない。

 不良どころか、ヤクザでさえ手を出すことを躊躇わざるを得ない存在が我颯という男なのだ。


 ただ、サクヤからすればそれらをひっくるめてただの友人である。


「……其れ、何だ?」


「これ? メニュー画面だけど」


「メニュー画面」


 我颯に反復されても、サクヤは首を傾げるばかりである。

 何か変な事を言っただろうか、と。


「いや……俺が聞きたいのは其れが何であるか、という事なんだが」


「ボクも知らないけど」


 『えぇ……』と、盗み聞きしていたクラスメイト達から思わず声が漏れる。

 聞き耳立てる位なら自分達で訪ねてくればいいのにとサクヤは思うのだが。

 まあまるで自分のモノであるかのように操作しておいてなんだが、何も知らないと即答出来てしまう位には何も知らないのだが。


「――黒木に聞く方が間違いか」


「いや、そのリアクションは流石に酷いわ」


「知らんのだろう?」


「知らんのだけれどもさ」


 我颯は本当に結論を出し終えたらしくそれ以上説明を求める事をしなかったので、後にはクラスメイト達のモヤモヤだけが残った。


 チャイムが鳴り、HRが始まっても、一限目の授業が始まってもサクヤはメニュー画面の『ヘルプ』を読み続ける。そして時が経つにつれてそれが必要であるという確信になる。


「せんせー、黒木君のメニュー画面が気になって黒板が見えません」


「黒木、他の生徒に迷惑だから授業中はメニュー画面を仕舞いなさ……なんだメニュー画面って」


 先生、そいつメニュー画面が気になってるだけで別に邪魔にはなってないです。

 サクヤは 実体の無いメニュー画面を半分だけ机にめり込ませる感じで配置して前に教科書を立てて置くことでメニュー画面を隠した。

 まるで早弁である。


 一限目の授業が終了すると同時にサクヤは言う。


「先生、体調不良で早退します。もしかしたら何日か休んでしまうかもしれないです」


 真顔である。

 尚、その顔色は健康そのものであった。


「何を馬鹿なことを言ってるんだ、見るからに元気じゃ」

「――我颯」


 教師の言葉を遮ったサクヤの呼びかけに応じて立ち上がるのは、見る人によっては鬼にでも見えたのだろうか。

 そして()()がサクヤに誰も話しかけない理由でもある。


 サクヤにとって我颯がただの友人である事と、他の人間が抱いている感情はイコールじゃない。

 むしろ、我颯の悪評に引っ張られる程度の印象しか周囲に与えられないサクヤが我颯の付属品の様な扱いを受け、我颯と親しげに接すれば接する程に他のクラスメイト達との距離は開いて行く。


 サクヤの人成りは決して無条件に避けられるようなものではないが、誰だってリスクは背負いたくないから近付かないのだ。


「ひっ……!」


 教師から悲鳴が漏れる。

 自分が教師で相手が生徒であるという事など問題にならない、生物としての本能が訴える死への潜在的恐怖が全身を震え上がらせ、無意識のうちに体を後退させる。

 教室内が静まり返った、我颯が角の席から悠々と駆けつける足音だけが響き渡る。


 ちょっと動くだけで怯えて縮こまる周囲に嫌気がさしたような顔をしながら我颯は問う。


「どうした、黒木」


「ボク、やらなきゃならない事あって早退するけど我颯は――」


「手が必要なら早退しよう」


「話が早くて超助かる」


 因みに、サクヤが我颯の名前を呼んだのは当たり前だが威圧の為じゃない。

 サクヤの中では、あの堂々とした仮病宣言で教師との会話は終了しており、次の要件に移っただけだったのだ、まあ否定的な発言をしようとした教師からすれば暴力で威圧されたようにしか思えないだろうが。


 二人が教室を出ていくと刺すような空気が和らぎ、そこをねらったかのようにサクヤはこんな言葉を残して学校を後にする。


「あ、今迄と変わらぬ価値基準で今後も生きて行きたいなら今日中に日本を出た方が良いよ。それじゃあね」



 ◆



 まさか二時間にも満たない時間で帰宅する羽目になるとは思わなかったサクヤだが、この時間も無駄にしている暇はないと、『ヘルプ』で読んだ内容を口にする。


「明日正午、世界がRPGみたくなる」


「……は?」


 ぶっちゃけサクヤに講習の才能は皆無なので、『ヘルプ』を直接閲覧して貰った方が速そうではあるのだが、あのメニュー画面はサクヤにしか触れなかったので取り敢えず状況把握できればいい位の気持ちで説明する。どうせ明日には同じものを見れるようになるのだろうし、今はそれでいいだろう。


「取り敢えず、進化を促す試練とやらがどんな感じになるかまでは載ってなかったし対策の立てようもないけれど、始まる前に絶対やらなきゃならないことがある」


「それは?」


「――バナナだ」


「……は?」


「あ、いや、話とは全然関係なく、あそこにバナナの皮が落ちてるなって」


 サクヤが指さした先には確かに、バナナの皮が定番の形で落ちている。


「……転ぶなよ?」


「いや、バナナの皮で転倒とかベタ過ぎるわ。てかリアルじゃそんな滑らんだろ」


 一昔前のギャグマンガだと、まるでスケートリングの上に居るが如く盛大に転倒する要因となるバナナの皮だが、実際は裏に油でもぬっとかなければ例え踏んづけてもどうにもならない。

 それを証明するように小走りでバナナの皮を踏んづけに行き、


「ほら、現実はこんなんじゃ転ばな――後ろ受け身ッ!」


 転んだ。

 とっさに受け身を取らなかったら、後頭部をコンクリートへ強く打ち付けただろう盛大な転倒だった。


「…………ちゃうねん」


「……――黒木!」


 言い訳を口にしようとしたサクヤの頭上に謎の模様――魔法陣が一瞬展開されたかと思った次の瞬間、サクヤの目には鉄塊にしか見えない、しかしながられっきとした人間が重力に逆らう事なく落ちて来た。


「ふぎゃ!?」


 下敷きになるのは、こんなところで寝そべっていたどこぞの阿呆。

 ただ、振って来た物が笑い事じゃない程に高重量であった。


 それは美しい白銀の金属鎧。

 プラチナよりも白く、黄金よりも輝かしい、おおよそこの世のモノとは思えない存在感を放つそれは落下の衝撃に耐える様な呻き声を上げて、上半身を起こし、辺りを見回していた。



「お、親方ぁ……空から女の子、が。――ガクゥ」


 その下で踏みつけにされた下敷きは為すすべなく力尽きた。

評価して下さった方ありがとうございます。


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