第1章–過去の記憶– 一編 僕の家族だったモノ②
閲覧ありがとうございます!
誤字等々ございましたらご報告ください。
年末も近くなり、寒さがより厳しくなって来た頃、父が帰ってこなくなった。もう4日は経つだろう。
相変わらず母は銅貨を置いてまた何処かに行く暮らしを続けていた。
父がいつ帰って来てこの銅貨を使って酒を買ってこいと言うのがわからないから、むやみに使うこともできない。少し日が立ち、角の方に黴の生えた硬いパンを少しずつ食べていた。
帰ってこなくなって7日経った頃、家の食べ物がなくなり、買わざるを得ない状況になって銅貨に手をつける事を決め、ダメの目立つ着古した麻の外套を羽織り、家を出た。
(外套、要らなかったかな...)
その日は北のこの都にしては珍しい、比較的暖かい日だった。パンをいくつか買った後、黴くさい家で食べるよりは...と街から外れたところを流れる川のほとりで食事することにした。
1人、川の隅で散策していると手頃な座れそうな岩を見つけるとその上に外套を敷き、腰を下ろし、パンを取り出した。川のせせらぎと小鳥だろうか可愛らしい声も聞こえる。
(こんな場所あったんだ...気持ちが安らぐのはいつぶりかな?)
普段家からほとんど出歩かない僕がいつになく心が軽くなる時だった。
少しして食べ終わろうかとしたところ
「おや、先客とは珍しいこともあったもんだね」
不意に後ろからしわがれたような、それでいて気丈さも感じる声がした。
「っ!?」
驚き、岩から飛び退いて声のした方を見る。そこには杖をつき、僕の外套とは比べることもおこがましい艶のある外套に身を包んだ老婆の姿があった。
「...すみません。おばあさんの場所でしたか?すぐ退きます。」
「こんな場所に私の場所もあるかい。ここは私のお気に入りの場所でね。お昼でも食べていたのかい?いい場所だろう?」
矢継ぎ早に言われてすぐには答えられなかったが、
「......はい。とても綺麗で落ち着く場所です。」
だろ?と目を細めながら得意げな表情を見せる老婆に少しばかりの心地よさと安心感を覚えた。
「どうぞ。座って下さい。」
「悪いね。最近脚もなかなか言うことを聞かなくなってきたから座らないとどうも落ち着かないのさ。でもこの場所に通うのは日課なんだよ。」
よく気がつく子だねと褒められたのも、穏やかな表情を向けられたのも。ここに来てから久しく感じなかった嬉しさに戸惑いと名残惜しさを胸に秘めながら帰り支度をしていると、
「もう帰るのかい?少しばかり話をしようじゃないか。」
何か用事でもあるのかと問われたが断ることもできずおばあさんと話をすることになった。
「まずは自己紹介からしようかね。私はシェリー。シェリーさんでもおばさんでも好きなように呼んでくれて構わないよ。」
「...僕はレンと言います。」
そうかい、いい名だねと相槌を打った後に
「レンはここに来るのは初めてかい?ここに来る人はなかなか見ないからね。」
「初めてです。1人だったからどこかで食べたいと思って歩いてたら...」
取り留めのない会話が続く。
「シェリーさんはいつも来られるみたいですけどここで何を?」
「これだよ」
と懐から少し厚めの本を取り出した。
「ここで読むのが一番心に入って来るのさ。本はいいよ。生きるための武器にも原動力にもなる。レンは本読んだことあるかい?」
「...いえ、字が読めないので」
「今いくつだい?そろそろ幼年学舎に行ってる頃だろうに。童話とかも無いのかい?」
「今は6歳です。貧民街の人は学舎に行く人はほとんどいないですから。」
シェリーさんは少し納得したような仄暗い顔を見せ
「その割にはきちんとした話し方をしているじゃないか。誰かから教わったのかい?」
「...父が、気に入らない!と、この話し方をしろと言ったので必死に覚えました。」
暗くたどたどしい口調で僕が言ったものだからシェリーさんは察したが、家庭の事情にまでは踏み込んで来なかった。
「とにかく!字を覚えようじゃないか!この時間にまたここにおいで。いいかい?約束だ。」
それだけ言うと、パタンと本を閉じ街の方へシェリーさんは歩いて行った。
日も暮れ始め、暖かだった陽気も薄れ冷たい風が肌を撫でる。
薄い外套を羽織り家へと向かう。
やはり家には誰もいない。
黴の匂いだけが僕を出迎える。