柴の話
繭は、次の日、今度はキャプテンの柴に相談してみることにした。柴はこのチームの中では一番理性的でまともな人間だった。繭は大学の帰りに商店街の柴の店に寄った。
「柴さんは、寮に入らないんですか」
繭は、店の奥の丸いテーブルに座り、柴を見る。
「私は実家が近いから、実家から通ってるの」
「そうだったんですか。いいですね」
「寮生活は嫌なの?」
柴が繭に訊ねる。
「いえ、寮生活自体はいいんですけど・・」
「由香ね」
柴は宮間のことを由香と呼ぶ。
「はあ・・」
柴は、さすがキャプテンだけあって鋭く見抜いていた。
「ふふふっ」
そんな繭の反応を見て柴は笑う。
「でも、由香もちょっと、強引なところはあるけど、決して悪い人間じゃないわよ」
「はあ・・」
どこをどう解釈しても、宮間は繭にとって悪い人間だった。というか邪悪な人間だった。
「慣れよ。慣れ」
「はあ・・」
慣れたくないなぁ・・。あの人たちに・・。繭は思った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
柴は繭にお茶を淹れてくれた。
「柴さんはなんでこのチームに入ったんですか」
淹れたばかりの香ばしい熱々の緑茶を啜りながら、繭は、向かいに座った柴に訊ねる。
「家が近かったから」
「なるほど・・汗」
非常に端的で分かりやすい理由だった。
「地元なんですね」
「うん、この町で育ったし、小さい頃から、金城町商店街にはよく来てたのよ」
「そうなんですか」
「改装されてきれいにはなったけど、今もあんまり変わってないわ。ほら、肉の金田とか。小さい頃から私たちよくあそこでコロッケ買って食べてたわ」
「ああ、あそこのコロッケ私も食べました。おいしいですよね。あれ、ころもがサクサクで」
「そう、他にも駄菓子屋のみつ屋とか、おもちゃのよろず屋とか、みんなでよく行ってたわ。だから、私にとっては、ほんとの地元っていう思い入れのあるチームなのよ」
「そうなのかぁ。だから、商店街に自分のお店も出したんですね」
「そう」
「若い頃は、私も他のチームからも誘いがあったりしたのよ。上のカテゴリーで」
「行かなかったんですか」
柴は小さく頷いた。
「なんかね」
「・・・」
「もう、みんな無茶苦茶なんだけど、離れるってなるとなんか寂しいのよね。このチームって」
「・・・」
一刻も早く辞めたいと思っている繭には、まったく分からない感覚だった。
「そのうち分るわ。繭ちゃんにも」
「・・・」
繭は絶対に分からないと思った。
「それにこのチームは、他のチームに比べたらとても条件がいいのよ。寮だってある、ユニホームも支給してくれる、練習場もある、それに仕事の紹介だってしてくれる。茜(野田)たちが働いているゴム工場もチームの紹介なのよ」
「そうだったのかぁ」
野田たち三人は、金城町の外れの丘の上にあるゴム工場で働いている。
「うん、女子サッカーのチームでこんなチームないわよ。ほとんどのチームが選手たちの手弁当で成り立ってるのが、今の日本の女子サッカーの現状よ。それは一部の実業団のチームもほとんど一緒」
「・・・」
「代表選手ですら、スーパーでレジ打ちやってる子だっているんだから。時給八百円とかで」
「・・・」
「男子はJリーグが出来て盛り上がってるみたいだけど、女子なんて、まだまだ酷いものだわ」
「・・・」
「でも、このチームは、それぞれ小額で、小規模ではあるけれど、商店街やこの町全体がスポンサーやサポーターになって支えてくれてる。地域リーグのチームで、ここまでのチームはちょっとないわよ」
「う~ん、そうなのか・・」
金城の赤いユニホームは、いたるところに小さなスポンサーの名前がいっぱい入っている。それは個人商店など、小口のスポンサーをたくさん集めているからだ。
「お金だけじゃないわ。寮の食べ物だってほとんど商店街の人や、金城町の農家の人たちが差し入れてくれているのよ」
「そうだったんですか」
そういえば、いつもたくさん出てくる料理の食材費用はどうしているのだろうと、繭は不思議に思っていた。
「寮の修理だって町の工務店さんが無償でやってくれたり、庭の手入れは町の植木屋さんがやってくれたり、商店街や町の人が、色んな形で支えてくれているのよ。こんなチーム、ほんと日本中探したってなかなかないわよ。女子のアマチュアチームでは」
「・・・」
そう聞くと、なんだか自分が恵まれているのだと感じてくる。実際、大学の寮が火事で焼失してしまった時の絶望を救ってくれたのは、金城サッカーチームの寮だった。
「そうかぁ・・」
もしかしたら、いいチームなのかもしれない。ちょっと思い直す繭だった。
だが、その日の夜。
「だから、なんで私の部屋なんですか」
この日も宮間、野田たちは、繭の部屋に集まりだべり始める。
「明日、私試験なんですよ」
「おおそうか。がんばれよ」
宮間が漫画を読みながら呑気に言う。
「がんばれよじゃなくてですね、宮間さんたちが気になって勉強できませんよ」
「気にしなきゃいいんだよ」
雑誌を読みながらこれまた呑気に野田が言う。
「そうそう、気にするな、うちらのことは」
仲田がアイスを食べながらがこれまた呑気に続く。
「・・・」
気にするなと言われて、気にしないですむわけがない。
「うううっ」
早速、思い直したことを後悔する繭だった。




