繭の苦悩
「だからなんで私の部屋に集まるんですか」
繭が宮間たちに向かって叫ぶ。今日も宮間たち、いつものメンバーは繭の部屋にたむろしていた。
「なんでって、なあ」
野田が仲田を見る。
「なあ」
仲田は志穂を見る。
「えっ」
志穂は困惑する。
「なんか居心地いいだよな。やっぱ」
野田。
「そうそう、なんかな」
仲田。
「新しい畳も入ったし」
野田。
「なんかいいよね、この新しい畳の匂い」
仲田が鼻をクンクンさせる。
「汚さないでくださいよ。せっかく新しい畳が入ったんですから」
繭が釘を刺す。
「分かってるよ」
野田がジュースを飲みながら適当に答える。
「あっ、言ってる端からジュースこぼさないでくださいよ」
「えっ」
「えっ、じゃないですよ」
繭は慌ててそれをティッシュで拭く。
「あっ、もう、ポリポリお菓子の屑こぼさないでくださいよ」
と、拭きながら今度は宮間の方を見る。
「ん?」
野田たちの脇で、寝ころび漫画を読みながらポテチを食べていた宮間が繭を見る。
「ん?じゃないですよ。ポテチの食べ屑がポロポロ畳に落ちてますよ」
「あっ」
「あっ、じゃないですよ」
「いいだろ、このくらい後で掃除すりゃ」
「ダメです」
「お前案外神経質なんだな」
「新しい畳なんだから汚されたくないんです。ああ、だから、こぼさないでくださいよ」
そう言っている端から、宮間はまたポロポロと食べかすを落とす。
「あっ」
「あっ、じゃないですよ。あっ、ちょっと仲田さん」
今度は、野田の隣りで仲田がクッキーの食べ屑をポロポロ落としている。
「ああ、チョコが・・」
チョコ入りのクッキーで、中のチョコチップが畳に落ち、溶けて沁みになっている。それを繭は慌ててウェットティッシュですぐに拭く。
「そんな神経質にそう騒ぐなよ。せっかく忙しい一日も終わって、みんなくつろいでんだからさ」
宮間が、そんな慌てふためく繭を見て、呑気に言う。
「騒ぎますよ。新しい畳がせっかく入ったんですから。ていうか、くつろがないでください。人の部屋で」
「お前なぁ、誰のおかげで、新しい畳入ったと思ってんだよ」
するといきなり宮間が逆ギレした。
「はい?」
繭は訳が分からない。言っている意味が分からなかった。そもそも、畳を失ったのは宮間のせいだ。それで大変な思いをしたのだ。
「結局、あたしのおかげでこの新しい畳が入ったんだろ」
「はい?」
「あたしがここの畳を完膚なきまでにボロボロにしたからこその、この真新しい畳だよ」
宮間は無茶苦茶な理屈を言って、ドヤ顔をする。
「感謝して欲しいね」
「・・・」
繭はあまりの物言いに言葉もなかった。
「おいっ、誰か酒かって来いよ。ここで飲もうぜ」
そして、そんな繭の反応などお構いなしに、宮間は今度は酒を飲もうと言い出した。
「ダメです」
それには繭が鋭く叫ぶ。
「なんでだよ」
宮間が繭を見る。
繭が険しい顔で壁を指差した。あの日から、繭の部屋の壁には大きく「ビールかけ禁止」と書いた張り紙が貼ってあった。その隣りには、「お酒厳禁」とこれまた大きく書かれた紙が貼ってあった。
「お酒禁止です」
「固いこと言うなよ」
「もう絶対ビールかけはさせませんからね」
繭は断固として譲らない。
「まあまあ、繭ちゃん、ちょっと飲むだけだからね」
すると、宮間は今度は猫なで声で繭に肩を組みながらすり寄って行く。
「ねっ、繭ちゃん」
それに連動して野田と仲田も繭にすり寄って猫なで声を出す。
「ビールかけはもうしないからさ」
「そうそう、ちょっと飲むだけだからね」
「晩御飯食べたばっかりじゃないですか」
「お酒は別腹」
宮間が言った。
「かんぱ~い」
そして、十数分後、宮間たちの高らかな声が繭の部屋に響き渡る。
「うううっ」
繭はうなる。
結局、繭の作ったルールなど関係なく、その日、酒盛りは始まった。
「はあ~」
繭は大きくため息をつく。周囲は、授業の始まる前の青春に花咲く生徒たちの元気いっぱいの笑いと喧騒に包まれていた。そんな中、繭は一人机に突っ伏すようにして、頭を抱えていた。
「どうしたの」
早紀が、そんな頭を抱える繭の横顔を覗き込む。
「青春が削られていく・・」
繭が顔を上げることなく呟く。
「私の大切な青春が・・」
繭は悲痛な声で嘆く。
「みんなが青春を思いっきりおう歌させているこの大事な時期に、私は毎日毎日、練習練習。休みは無くて、休みの日は試合があって、しかも連日飲みに連れてかれて・・、部屋にまでやって来て・・、毎日たむろして、宴会して・・」
「いいじゃない」
早紀は呑気に言う。
「みんなが、サークルだバイトだ、恋愛だって青春を謳歌している時に、私は・・」
繭はそのまま机に突っ伏す。
「結構楽しそうだけどなぁ。そういう青春も」
「全然楽しくないよ」
繭はガバッと顔を上げて、早紀を見る。
「そう?」
早紀がとぼけ顔で、繭を見返す。
「早紀ちゃんは呑気だなぁ」
「そんなに嘆かなくても・・」
「早紀ちゃんは分かってないんだよ。あの人たちのトンデモ感が」
「それも青春じゃない」
「絶対違う。あんなの青春じゃないよ」
繭は完全否定した。
「そうかなぁ」
しかし、早紀は首をかしげている。早紀とは全然話が噛み合わなかった。
「かおりちゃん、どう思う?」
繭はその日、大学から帰ると、かおりの部屋に行った。宮間たちの無茶苦茶を知るかおりなら分かってくれると思った。
「何が?」
かおりは繭を見る。
「この寮生活、私はもう限界だよ」
「そう?私は楽しいよ」
かおりが不思議そうに繭を見る。
「ええっ!でも、だって・・」
「まあ、いろいろ、個性的な人も多いし、宮間さんたちは無茶苦茶だけど、でもなんか楽しいよ」
「えええっ!」
繭は二度驚く。
「私こういうドタバタした感じに憧れてたんだ」
「・・・」
絶対分かってもらえると思ったかおりとも話が合わなかった。
「うううっ」
繭はうなった。
「誰も、誰も私の苦しみなんか分かってくれないんだ・・」
私は天涯孤独な悲しい少女だわ。かおりの部屋を出ると、繭は一人思った。




