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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
94/122

万事休す

 熊田が一人熱くなったせいで、逆にピッチ上の選手たちは興ざめし、試合は落ち着いた。

「先輩はやっぱりすごいな」

 たかしは、その光景を見つめながら一人感心している。

「意図的だったんでしょうか・・汗」

 しかし、信子さんは懐疑的だった。

 そうこうしているうちに、花乃町が再び怒涛の攻め上がりをしてきた。そして、花乃町の左サイドのあの怪物アタッカーが、金城の右サイドをぶっちぎりに切り裂いて来た。ただでさえ無茶苦茶な相手に、もう、肉弾戦に疲れ切っていた野田も麗子も繭も誰もついていけない。花乃町のサイドアタッカーは、再度を切り裂いたその勢いのまま中央に切り込んでいく。そのあまりの勢いに、中央で構えていた柴もめぐみも止められない。そして、二人のセンターバックを吹っ飛ばすようにして、中央に切り込んだその相手選手は、慌ててフォローに入る静江と中央に絞った仲田をも吹っ飛ばし、飛び出したキーパーののり子をも軽くかわし、そのまま金城のゴールにボールを叩き込んだ。

「・・・」

 金城の選手たちはその嵐のような、ドリブルに手も足も出ず、呆然とするしかなかった。

「・・・、化け物か・・」

 野田が呆然と呟いた。

 金城は再び失点。またリードを奪われる。金城の選手たちはその場にへたり込んでしまった。

 やはり花乃町のパワーはすごかった。しょせん、金城が一時的にむきになって歯向かったところで歯が立つ相手ではなかった。

「やっぱり強いですね」

 信子さんがため息交じりに言う。

「うん」

 たかしも、表情が曇る。

 試合が再開しても金城の選手たちの表情は暗い。あまりの力の差に、選手たちは愕然としていた。勝てるという感覚を完全に失っていた。勝てる要素を何一つとして、見出すことができなかった。こうなってしまうと、戦意もくそもない。完全に負け犬モードに意識が固定化してしまう。

「もう、ダメだ・・」

 選手たちの誰しもの心に、そんな後ろ向きな考えが覆い始める。意識とは不思議なもので、負けを認めたとたん、本当はまだ力があったとしても、実際に力が出なくなる。

「ああ~」

 そして、たかしや信子さんを含む、ベンチメンバーからまた悲痛な叫び声が上がる。金城は再び失点した。試合を再開してすぐのことだった。もう、金城はボロボロだった。三部リーグ万年最下位争いの弱小チームの、その染みついた負け犬根性が、ここに来てまた選手たちの心を覆い始めていた。

「ダメかぁ~」

 たかしが、がっかりした表情で呟く。選手たちの表情を見ても、誰しもがもう戦える表情をしていない。

「何やっちょるんじゃ」

 そんな選手たちの姿を見て、熊田が怒りを爆発させ、ベンチの屋根の柱を思いっきり蹴りつけ大きな怒声を上げた。それによってベンチ全体が揺れる。座っていたベンチの選手たちも一緒になって小刻みに揺れる。

 退場になった熊田だったが、まったくそんなことなど意に介さず、ベンチ前に堂々と陣取っていた。

「せ、先輩ベンチ前にいるのまずいですよ」

 たかしが、おずおずと熊田に注意する。

「全員交代じゃ」

 しかし、当然、そんなことに耳を貸すはずのない熊田がさらに叫ぶ。熊田は怒り心頭だった。

「おまんら全員交代じゃ。戦えん奴はいらん」

 熊田はピッチ上の選手たちを指さしながら叫ぶ。

「先輩、交代は三人までです。それにうちには二人しか交代要員がいません」

「関係あるか、そんなもん。全員交代じゃ。全員クビじゃ」

「そんな無茶苦茶な」

「よしっ、おまんも試合に出ろ」

 熊田がたかしを見る。

「僕は男ですよ」

「関係あるか」

 熊田は退場しても、相変わらず無茶苦茶だった。

 ピ~ッ、そこに主審がやって来た。

「あなたは退場したんですよ。ベンチから出てください」

 熊田に女主審が言う。

「うるっさいのぉ、今はそんな場合じゃないんじゃ」

「主審の指示に従わないなら、後で、審議にかけますよ」

「せ、先輩、ここは」

 たかしと信子さんが慌てて、熊田をなだめ、とりあえずベンチ前から離れた所へと引っ張るようにして連れ出していく。それを見て、眉根を寄せてではあったが、主審もピッチへと戻っていった。

 そして、再び試合は再開された。しかし、金城の選手たちの間には、目に見えそうなほどの暗いオーラが漂っていた。試合の残り時間も十五分を切った。金城町は絶望的な状況だった。

「あれっ」

 しかし、その時、繭が何か異変に気づいた。後半も三十分を過ぎ、試合の終わりが見えてきた頃だった。急に今までの花乃町の勢いがなくなった。

「どうしたんだ?」

 繭は訝しがる。

「あっ」

 繭は分かった。よく見ると、花乃町の選手たちは息切れしていた。パワーはあるが、持久力は無かったのだ。十代前半の頃からの、酒やタバコといった悪行も祟っていた。強気な姿勢は崩していないものの、やはり、いくら隠してもそれは分かる。繭はいち早くそれを見抜いた。

「よ~し」

 繭はボールを持つとドリブルを始めた。今までは怖くてパスばかりを考えていたが、繭はあえて、相手選手の密集の中に突っ込んでいった。

 その姿に他の金城の選手たちが驚く。そんなことをしても無駄だろ。誰しもが思った。また吹っ飛ばされ、跳ね返されて、ボールを奪われるのがおちだ。

 しかし、繭の得意のドリブルは冴え渡る。相手の足は完全に止まっていた。大きな相手選手の間をするするとすり抜けていく。大きい選手は、足は長いが、逆に大股であるので、細かいところでは抜きやすかった。

 繭が、その勢いのまま、相手陣内をかき回す。

「交代じゃ」

 そこに熊田が叫んだ。その状況を素早く見て取った熊田は、すかさずかおりに代えて足の速いFwのかすみと、麗子に代えてドリブルのうまいサイドアタッカータイプの志穂を投入する。

 熊田は退場になったとはいえ、所詮、女子三部リーグ。厳格に、ベンチから遠ざけられるわけでもなく、とにかくベンチに座ってさえいなければいいということで、ベンチのすぐ横の草っぱらに、人のいい観客の一人に折り畳みの小さなパイプ椅子を借りて、どかりと座っていた。そこからたかしに指示を出し、たかしが熊田の指示通り選手を交代していく。

 ピッチに入ったかすみは、早速その足の速さで相手陣内をぶっちぎる。足の止まった花乃町の選手たちはまったくついていけない。左サイドからは志穂が切り裂く。花乃町はてんてこ舞いに舞い始める。

 さすが熊田は、たかしが言っていた通り、勝負所を見抜く力はすごかった。この交代のタイミングは絶妙だった。足の止まった花乃町の陣内を、交代した二人は切り裂き、ゴール前へと追い込んでいく。

 絶望的と思われた試合の流れが、ここで大きく変わった。その流れに気づいた他の金城の選手たちの足も再び動き始めた。

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