パスに一番大事なもの
「わあああっ」
金城の右サイドから叫び声が響き渡る。失点し、劣勢に立たされる金城をさらなる猛威が襲っていた。
花乃町の選手たちは全体的にパワフルですごいのだが、その中でも花乃町の左サイドのアタッカーが、またすごかった。色黒で少し太り気味の体格なのだが、フィジカルに加えスピードが桁違いで、金城の右サイドをぶっちぎっていく。麗子が追いかけ、野田が挟みに行くが、二人掛かりでも止まらない。
「いたたたっ」
その、暴走ブルドーザーのような走りにふっ飛ばされた麗子が腰をさすりながら起き上がる。
「大丈夫ですか麗子さん」
一緒に吹っ飛ばされた野田が麗子に声をかける。
「うん・・」
まったく大人と子どものケンカのごとく、二人掛かりでもまったく歯が立たない。まさに超高速ブルドーザーだった。
「化け物か・・」
野田が振り返り、走り去っていくその背中に呟いた。
「繭っ」
また、繭が宮間に怒鳴られた。
「また、私?」
「お前も行くんだよ」
「えっ」
繭は、フォワードだったが、右利きのためか右サイドからが得意なためか、いつもだいたいやや右に寄っていた。
「三人でいけば止まる」
「うううっ」
宮間にそう言われ、繭はさらなる試練に向き合わざるを得なくなった。
そして、右サイドでその花乃町のアタッカーにボールが入った。
「えええいっ」
もうヤケで後ろから繭は突っ込む。だが、繭が飛び、麗子が飛び、野田が飛んだ。三人がかりで行ってもその高速ブルドーザーは止まらなかった。相手選手はそのまま猛然と右サイドを切り裂いて行ってしまった。
「どんだけなんだよ・・」
もう、茫然とするしかない三人だった。
右サイドをいいように突破され、金城はさらになるピンチに何度も陥る。それは相手の技術と決定力の無さで助けられたが、金城の防御陣は、もう目も当てられないくらいボロボロだった。
「走れ、足を動かせ、パスを回せ、相手に捕まるな」
熊田が叫ぶ。フィジカルで圧倒されている相手には、広くスペースを使い、そこでパスを回し、相手に捕まらないというのは、一つのやり方である。
「パスを回さんかい」
しかし、いかんせんそれには足元の技術と、連携、チームワークが必要だった。今の金城にはそういった高度な戦術はまだ無理だった。それに何といってもそういう練習をしていない。基本走ってばかりの体力トレーニングが中心だった。端から無茶な話だった。
「おまんらやる気あんのか」
だが、やっとのことでハーフタイムに入ると、いの一番に熊田がボロボロの試合内容の選手たちに思いっきり怒鳴る。
「もっと戦わんかい」
「でもなぁ・・」
「戦う以前だよ・・」
選手たちは口々にぼやく。
「おまんらなんでそんなに下手クソなんじゃ」
心底情けないと言った表情で熊田がその思いを絞り出すように言う。
「そこまで言うな」
仲田がキレる。
「あんな闘牛みたいな連中に追い掛け回されてパスがつなげるか」
野田が言い返す。
「情けないのぉ。ほんまおまんらは」
「けなしてばっかいんな。自信を与えろ自信を。褒められて伸びるんだようちらは」
野田が言う。
「そうだそうだ」
仲田が同調する。
「パスで一番大事なことは何か分かるか?」
「無視かよ」
野田がツッコむ。選手たちの文句をまったく聞くことなく、熊田はマイペースに自分の話を進める。
「キックの精度だろ?」
宮間が即座に答える。
「違う」
「視野の広さとか?」
野田が答える。
「全然違う」
熊田が大きく首を振る。
「まったくおまんらはなんも分かっちょらん」
「じゃあ、なんだよ」
宮間が怒鳴る。
「愛じゃ」
「愛?」
「そう、ラブじゃ」
「・・・」
選手一同唖然とする。
「おい、またなんか言いだしたぞ」
宮間が隣りの野田を肘で小突く。
「わ、私に言わないでくださいよ」
野田が慌てる。
「愛なくして良いパスは出せん」
しかし、熊田は青春映画で夕日に叫ぶ主人公のように遠くを見つめている。熊田の目にはそこに夕陽が見えているのだろう。熊田は決まったといった表情で一人自分のセリフに酔っている。選手一同感動に包まれているに違いないと確信し、熊田は自分で自分の言葉に心酔する。
「・・・」
しかし、選手一同は全員呆気にとられ、時が止まっていた。
「愛じゃ。出し手の愛と、受け手の愛があって初めて良いパスが通るんじゃ。分かったか」
熊田が選手たちに向き直る。
「分かるか」
野田が叫ぶ。
「愛のないパスは、ただの玉転がしじゃ。おまんらは愛がないからパスが通らんのじゃ」
「どんな理屈だ」
仲田と野田が同時に叫ぶ。
「昭和の精神論以上に酷いな・・」
宮間が呟く。
だが、後半、不思議なもので熊田の話を聞いたせいなのか否か、選手たちがパスに愛を込めたからか否か、選手たちのパスの精度が上がった。そして、ボールが滑らかに回るようになる。
「不思議ですね・・汗」
信子さんが呟くようにして言う。
「うん、理屈は無茶苦茶なんだけど・・汗」
たかしも不思議がった。




