前門の虎後門の狼
金城は花乃町に押し込まれていた。足元の技術は金城の方が圧倒的にあるのだが、パワーと体格の差がやはりあり過ぎた。技術や足技など、圧倒的フィジカルの前に、まったくの無力だった。
「やっぱり苦戦していますね」
信子さんが心配そうに隣りのたかしを見上げる。
「うん」
たかしも渋い顔で答える。
「何やっちょうんじゃ。あいつらは。ほんま情けないのぉ」
その隣りでは熊田が一人ふがいない選手たちに怒っている。
「あんなやつらガンとやって、ガガってやったらしまいやないか。のお、たかし」
熊田がたかしを見る。
「え?ああ、はははっ、そうですね」
たかしは困惑する。信子さんも目をぱちくりさせる。
「い、意味が分からない・・汗」
熊田の言語感覚が分からないたかしと信子さんだった。
「繭、いけっ」
ピッチでは、宮間がビビってなかなかプレッシャーに行かない繭に向かって怒声を上げていた。
「前からガンガンプレッシャーに行くんだよ」
「うううっ」
そう言われても、繭は相手の体格にビビっている。だが、繭は花乃町の選手も怖かったが宮間も怖かった。
「行くしかない・・」
もう結局行くしかない。まさに前門の虎、後門の狼だった。繭は覚悟を決めた。
「ナムサン」
繭は花乃町の選手に突撃して行った。
「当たって砕けろぉ」
繭は飛び込むようにボールを持つ花乃町の選手にプレスをかけた。
「わあっ」
だが、当たりに行った繭の方が逆に吹っ飛んでいってしまう。やはり、ちょっと体を当てられただけで、繭の小柄な体など、かんたんに吹っ飛んでいく。
「うううっ」
繭はお尻をさすりながら起き上がる。
「何やってんだよ。もっと強くいけ」
だが、宮間は容赦なくさらに言う。
「つ、強くって・・、思いっきり体当たりしたんだけどなぁ・・」
繭は起き上がると、再び意を決して、今度は渾身の力を込めて、体当たりした。
「わあっ」
が、結果は同じだった。しかも、繭に当てられた相手選手は蚊ほどにも感じていない。一方繭は、ぶつかった勢いでコロコロと後ろにでんぐり返しで転がってゆく始末。
「何やってんだ。お前は」
繭は再び宮間に怒鳴られた。今度は呆れられた感じまで加わっている。
「うううっ、むちゃだよ~、こんなの~」
後ろに三回転してやっと止まった繭は、地べたに尻もちをついた状態で嘆いた。繭と花乃町の選手とでは子どもと大人の差だった。
試合展開も、そのままズルズルと花乃町の強靭なフィジカルに押される形で、金城は自陣で防戦一方の状態になる。花乃町は力にものをいわせ、勢い込んでガンガン攻め込んでくる。金城はその攻撃に苦しむ。ゴール前にアバウトなボールを放り込まれるだけで、ゴール前で花乃町の高さとフィジカルに圧倒される金城はクリアするのがやっとだった。
それにやはり、フィジカルコンタクトがが強いので、精神的にどうしてもビビってしまい、引いてしまう。精神面でも金城の選手たちは負けていた。
「ほんま情けないのぉ。もっとガンガンいかんかい。当たって砕け散れ」
熊田が怒りを滲ませ叫ぶ。
「砕け散ってはいけない気が・・汗」
たかしが熊田を見て小さくツッコむ。
そして、何度も何度もゴール前にボールを放り込まれると、金城の守備も耐えきれなくなってくる。ついにクリアしきれないボールが、花乃町の選手の前にこぼれた。それを、ここぞとばかり、花乃町の選手がシュートする。
「ああっ」
決められた。誰しもが思った。だが、相手のシュートと同時に、めぐみと柴が必死にスライディングしてギリギリ足を出し、なんとかシュートブロックした。そのこぼれ球にも花乃町の選手たちが突進して来るが、それをゴール前まで戻っていたウィングの志穂が何とかボールを掻き出し、コーナーに逃げる。
「ふぅ~」
金城の選手たち全員が安堵のため息を漏らす。
「ふぅ~」
繭も安堵のため息を漏らしていた。
「今のは危なかった」
繭は、呟いた。
そして、コーナーキックの守備のため、選手たちはそれぞれの位置につく。繭も決められたポジションにつく。繭はFWで背も低いため、普段前線に残るのだが、この日は、相手に押されていることもあり守備に入る。
「ん?でも、セットプレーに気をつけろと、野田さん言ってたような・・」
セットプレーのポジションについた繭は、そこではたと野田の言葉を思い出した。
「ん?」
その時ふと視線を感じてその方を見ると、その中でもひときわ体が大きく、闘牛のような凶暴な顔をしている花乃町の選手が繭をものすごい形相で睨みつけている。
「わわわっ」
それは明らかに繭を狙っている目だった。その視線は繭一点だけを見据えている。しかもその目は野獣の目だった。
「な、なんで私なんだよぉ~」
小柄な繭は、一番狙いやすいと目をつけられたのだろう。肉食動物も、まずはその群れの中で一番弱い存在を狙う。しかも、繭は完全にビビっている。肉食系のこういう人たちは、そういう相手の弱さを見抜く嗅覚も異常にすぐれていたりする。
「わわわっ」
繭はさらにビビる。
そして、コーナーキックは蹴られた。
「うをぉおおお」
それと同時に、花乃町の選手たちが、繭たちの方にものすごい勢いで一斉に走り込んでくる。それは、まるでラグビーのタックルのような勢いだった。しかも、やはり、さっきの怖い相手選手は、ボールというより繭に向かって一直線に突っ込んで来る。
「わああっ」
繭はそのあまりの勢いに、ぶつかる瞬間、思わずよけてしまった。
どか~ん
そして、その繭のよけたスペースを使われ、花乃町の選手に思いっきり頭で合わせられてしまった。
「あああ・・」
ベンチ前でたかしと信子さんの落胆の声が漏れる。その一撃で、ついに金城は失点してしまった。
「何やってんだよ繭」
宮間が、こめかみの血管を浮き上がらせ、ものすごい形相で繭に向かって怒鳴る。
「だ、だって・・」
「だってもくそもねぇ、体張ってでも止めるんだよ」
宮間は仁王様のような顔で繭を見下ろす。
「無理ですよ」
繭は泣きを入れる。そう言われても、繭の小柄な体では、確実に無理な体格差だった。
「無理でもやるんだ」
「そんな無茶な」
繭は嘆く。
「次、よけたらあたしがぶっ飛ばすからな」
だが、宮間はそうきつく言って、行ってしまった。
「絶対無理だよ・・、死んじゃうよあんなの」
繭は呟く。花乃町の選手には何度も吹っ飛ばされ、宮間には怒鳴られ、繭はもう泣きたい気分だった。




