ビビる繭
「ううっ」
今日は絶対にスタメンは嫌だなと思っていたが、今日も見事にスタメンに名を連ねてしまった繭が、目の前に整列する花乃町女子サッカー部の選手たちを見上げる。実際に相対すると、見た目以上にデカく、威圧感があった。小柄な繭からするとさらに迫力を感じた。平均身長は、金城とゆうに十センチ以上は差がありそうだった。しかも、上にデカいだけでなく、骨格から何から体全体がデカかった。
「こ、こわい」
しかも、目つきがみな一様に鋭い。さらに、目の前に並ぶ花乃町の選手たちは、眼光鋭くガンを飛ばすように繭たちを見下ろしてくる。
「ゴクッ」
繭は息を飲んだ。
「それでは本日もフェアプレーで行きましょう」
試合前の選手同士のあいさつが終わると、女性主審の掛け声で、選手はピッチに散る。
「やっぱり怖いです」
繭は近くにいた野田にすがるように言った。
「ビビるな。ビビったら負けだぞ」
そんな繭に宮間が横から鋭く言う。
「でも・・」
「まあ、気持ちは分かる」
野田が言った。
「なんか怖すぎですよ。なんか、すんごい目で見てくるんですよ」
繭は完全にビビっていた。ちょっと前まで高校生だった繭は、こういった相手にまったく経験も耐性もない。
「まあ、大丈夫。死ぬことはないだろ」
野田が適当な慰めを言う。
「全然慰めになってないですよ」
繭は悲痛な声を出す。
「あれは人を殺す時の目ですよ」
繭は眼光鋭くこちらを睨みつけている花乃町サッカー部の面々を指差す。
「まあ、みんな元レディースだからな」
「えっ、レディースって、暴走族とかの?」
「そう」
「なんで暴走族がサッカーやってんですか」
「もともと、荒れていた花乃町の若者たちの更生プログラムで始まったのが、花乃町女子サッカー部なんだ」
「なんで、暴走族の更生がサッカーなんですか。他にも色々あるじゃないですか。プロレスとかボクシングとか、そういう人たちにふさわしそうなスポーツが」
「まあ、その辺の事情は知らないけど、なんかそうなったんだ」
「・・・」
「だから、攻撃性も高いんだ」
「戦闘能力も高い」
そこに、仲田が付け足すように言った。
「・・・」
聞くんじゃなかった・・、繭は思った。
「まあ、今日は生き残ることだけを考えろ」
野田がまた適当に言う。
「は、はあ・・」
もはや、繭は言葉もなかった。
ピ~ッ
そして、ゴングは鳴った。もとい、ホイッスルは鳴った。
「ボール来るな。ボール来るな」
繭は、祈るようにピッチに立つ。だがこういう時に限って、やたらと繭の下にボールが回って来る。
「わあっ」
そして、繭がボールを持った瞬間、二人、三人と花乃町の選手たちがものすごい勢いで一斉に繭にプレスをかけて来た。その迫力が尋常じゃない。
「殺される」
繭は思った。繭は、ボールを置いて逃げ出したいような衝動にかられた。だが、逃げるわけにもいかない。とにかくパスだと、周りを見回す。するとちょうど、近くに野田がいた。繭はすかさずパスを出す。
だが、野田はまたすぐに繭にパスを返して来た。
「えっ、ちょっと」
繭は驚く。やはり、みんな怖いのだ。
「うううっ」
繭は慌てて再び周囲を見回す。そこで麗子と目が合った。繭はすぐに麗子にパスを出す。
「あっ」
だが、またすぐにボールは繭の下に戻ってきた。
「ちょっとぉ、麗子さんっ」
こういう時、人はみな薄情になる。
「うううっ」
そして、繭は再び周囲を探す。今度は前線でかおりを見つけた。そこに繭はすかさずパスを出した。だが、かおりも、プレスをかけられた瞬間、ビビってまた繭にボールを戻して来た。
「かおりちゃんまで・・」
みんな薄情だった。
「わっ」
そこで、ついに、花乃町の選手に繭は捉えられた。そして、一斉に花乃町の選手たちは繭に襲いかかる。
「わああっ」
三人に囲まれた繭は、かんたんに吹っ飛ばされ、ボールを奪われた。吹っ飛ばされた繭は、後頭部から思いっきりこけた。
「繭、何やってんだよ」
宮間が怒鳴る。
「うううっ、いてててっ」
繭は頭を押さえ起き上がる。
「かんたんにボール取られてんじゃねぇ。繭」
さらに宮間が怒鳴る。
「うううっ、そんなぁ・・」
吹っ飛ばされ、宮間にも怒鳴られ、繭は、もう踏んだり蹴ったりだった。
「ううっ、もううちに帰りたい・・」
試合開始早々、半べそで、子どものような泣き言を言う繭だった。
そして、花乃町の攻撃が始まった。猛然とガタイのデカい花乃町の選手たちが一斉に野生のヌーの群れのように、金城陣営に襲いかかる。その迫力に金城のディフェンスラインはそこで一気に下がってしまう。
「何やっちょる。下がるなっ」
熊田がすかさず叫ぶ。だが、金城は押しとどまることが出来ない。花乃町はさらに勢いを増して攻め上がる。
それでも、ボールを持つ花乃町の選手に金城の選手たちも果敢にプレスに行く。だが、特にテクニックもない、緩急もない、直線的なドリブルなのだが、なぜか誰も止められない。
「うわぁっ」
そして、ブルドーザーがポルシェのエンジンを積んで突き進むような力強さに、金城の選手たちはみんな次々吹っ飛ばされていく。
「相手の選手って、そんなにうまいわけではないのに、なんか押されてますね」
いつものように、ベンチ前で試合を見ていた信子さんが隣りのたかしを見上げる。
「フィジカルの差は大きいんだ」
たかしが真剣な表情で試合を見つめながら言った。
「そうなんですか」
「うん、よく言われる例えは、滅茶苦茶うまい小学生のサッカーチームとまったくサッカーをやったことのない中学生のチームが試合をやったらどっちが勝つのか」
「ああ、なるほど」
「やっぱり、中学生が勝つんだよ。やっぱり、フィジカルとか体格差っていうのはとても大きいんだ」
たかしはいつにない険しい表情で言った。今日のこの試合の厳しさをたかしは知っていた。




