花乃町女子サッカー部
「あ~あ、今度の相手は花乃町か」
いつもの夕方の練習の合い間の休憩中、地面に座り込む野田が心底嫌そうに呟く。
「ああ、やだな、あいつら凶暴だからな」
隣りの仲田も眉間にしわを寄せる。
「凶暴?」
繭がその漏れ聞こえてくる話に反応した。
「ああ」
野田が繭を見る。
「凶暴って何なんですか」
繭はそのワードが気になった。
「まあ、見れば分かるさ」
「?」
繭には何のことやら分からなかった。
「まあ、覚悟はしといた方がいいぞ」
野田が言う。
「なんの覚悟ですか」
「まあ、最悪入院?」
「はい?」
「よくて骨折かな」
「えっ?よくて骨折?」
ますます言っている意味が分からない。
「ほんとあいつら無茶苦茶するからな」
仲田が言う。
「そうそう」
それに野田がうなずく。
「えっ、入院とか骨折って、サッカーの話ですよね」
繭が二人を見る。
「そうサッカーの話よ」
「???」
繭は二人の言っていることが全然分からなかった。
そして、その週の日曜日。今日もきれいに晴れ渡った、金城町の女子サッカーチームのホームタウンの、いつもの市民グラウンドに金城の選手たちは集まっていた。
普段おチャラけてはいるが、さすがに試合当日、金城の選手たちの表情には緊張感が漂っていた。
「あ~、今日もだりーなぁ」
そんな中、宮間が吠えるように一人叫ぶ。この人だけは試合前でも緊張感が全くない。
「それにしても休みがねぇってどういうことだよ」
そして、宮間は、隣りにいる熊田にあてつけるように、怒りを込めて言う。通常なら試合の次の日は練習が休みだったのを、熊田が宣言した通り、その休みはなくなり、金城町女子サッカー部はフル稼働状態だった。
「引退したら死ぬほど休めるじゃろ」
熊田が言った。
「今欲しいんだよ。今。休みが」
宮間が言い返す。
「今はサッカーをする時じゃ」
熊田は有無を言わせない口調で言い切った。
「ぐぐぐぐっ」
宮間はうなる。熊田とはまったく話にならない。
「それって、睡眠不足の人に、死んだら死ぬほど眠れるぞって言ってるようなもんですよね・・」
そんな二人の隣りで、志穂が一人、呟くようにツッコむ。
「・・・」
が、その声は小さすぎて誰も聞いていなかった。
「あっ、プロレスラーの人たちがいますよ」
その時、繭が市民グラウンドの入り口わきの方を指差す。見ると、一際ガタイのデカい派手な髪色やメイクをした女たちが、市民グラウンドに到着したマイクロバスから降りてくる。
「近くで、公演があるんですかね」
繭が呑気に隣りの野田に言う。市民グラウンドの隣りには市民体育館があった。
「ばか、あれが、今日の対戦相手だ」
「えっ!」
繭は目を丸くする。
「え、ええ」
繭は、花乃町のメンバーを改めて見る。が、やはりどう見てもプロレスラーにしか見えない。
「あれがサッカー選手ですか?」
繭が再び野田を見る。
「そう、あれでサッカー選手なんだよ」
「・・・」
繭はもう一度花乃町サッカーチームの選手たちを見る。だが、やはり、どう見ても女子プロレスラーだった。
「あの人たちと戦うんですか」
繭は再び野田を見る。
「そう、あの人たちと戦うんだよ」
「・・・」
よくて骨折という昨日の野田の言葉が、繭の頭に浮かんだ。
「どんなチームなんですか?」
繭の隣りのかおりが恐る恐る野田に訊く。
「まあ、見た目通り、そんなにうまい選手はいないんだが・・」
「いないんだが?」
「まあ、見た目通りパワーが強烈なんだ」
「パワーですか・・」
「まあ、なんていうか、ゴリゴリ来るタイプがいっぱいいる感じかな」
「プロレスのようなサッカーをして来るんだ」
仲田が付け足すように言った。
「プロレスみたいなサッカーって何ですか」
繭が訊く。
「プロレスみたいなサッカーだよ」
野田が答える。
「・・・」
繭とかおりは言葉がなかった。
「まあ、あれは、サッカー以前だな」
野田が言う。
「ああ」
仲田が同意する。
「特にセットプレーはすごいからな。気をつけろよ」
野田が繭に言った。
「気をつけろってどう気をつけるんですか」
「それは知らん」
「いい加減だなぁ・・」
繭は呟く。
「まあ、覚悟しとけよ」
野田が言う。
「今日はほんとの意味での戦いになるからな」
野田がさらにダメ押すように言う。
「まさに戦いだな」
仲田も言う。
「・・・」
繭はあらためて、花乃町女子サッカー部の、その大きなガタイの面々を見て一人息を飲んだ。
「おっしっ、今日はやったるぞぉ」
そこに自分の両腕を鞭のように交差させ、自分の背中をバシバシ叩きながら宮間が叫んだ。さっきまでのけだるい感じが嘘のように、宮間は一人気合が入っている。
宮間は戦いが大好きだった。
「あ~、今日は試合出たくないわ」
だが、その隣りでは麗子が、一人サッカー選手としては絶対に言ってはいけないセリフを呟いていた。




