マウンドの無いグラウンド
「ふぅ~、こんな感じでいいんじゃねぇか」
額の汗を拭いながら宮間が言った。もう、日は昇りかけ、空の端は白み始めていた。
「そうですね」
他の選手も、マウンドのあった辺りを見渡す。グラウンドはきれいに真っ平になっていた。
「終わりましたね」
繭がその真っ平になった部分を見つめながら言った。もう眠気と疲れで意識は朦朧としている。
「ああ」
隣りの野田も、疲れ切った顔で答える。他の選手たちも全員、疲れ切って半分眠ったような顔をしていた。
「深夜にこんな土木作業する私たちって何なんですかね・・」
繭が呟く。
「だから、それは言うな」
野田が、力なく怒る。
「さっ、帰って寝ようぜ」
宮間があくび交じりに言った。
「はい」
宮間の言葉に、選手たちは、スコップやツルハシを手に持ったまま、ぞろぞろとグラウンドの出口に向かって歩き出した。
「お前たちは学校だからさ、机に座ってりゃいいけどさ。あたしたちはこれから労働だよ、労働」
野田が、繭とかおりに向かって、心底うんざりと言った顔で言った。
「ほんと明日きつそうですね・・」
志穂がぼそりと言った。
「もう、今日だけどな・・」
眠そうな声で仲田がツッコむ。三人は、金城町の丘の上にあるゴム工場で働いていた。
「さあ、思いっきり寝るぞ」
そんな時、先頭を歩く宮間が歩きながら思いっきり伸びをして吠えるように言った。
「宮間さん、仕事休みなんですか?」
繭が野田を見る。
「宮間さんはその辺が謎なんだ」
「はいっ?」
「宮間さんの私生活はうちらでも知らないんだ」
仲田が言った。
「えっ?知らないんですか」
「うん」
宮間の取り巻き三人衆が同時にうなずいた。
「おいっ、権蔵どこ行くんだよ」
その時、野田が熊田を見た。グラウンドを出たところで、熊田が急に方向を変えた。熊田は一人、銀月荘と逆の方に歩き出している。熊田はいまだに銀月荘の食堂にテントを張って生活していた。だから、もちろんねぐらもそこだ。
「どこって、何ゆうちょる、飲みに行くに決まっちょろうが」
熊田が振り向いた。その顔には、笑みが浮かんでいる。飲みに行けるのがうれしいのだろう。
「は?」
全員が目を点にして声をそろえる。だが、熊田は、意気揚々と、鼻歌交じりにそのまま駅前に向かって、長い下り坂を一人下っていった。
「あいつは化け物か・・」
選手全員がその背中を見守る中、野田が呟く。
「じゃあ、お休み」
選手たちは銀月荘に着くと、そのまま眠そうな顔で、各自の部屋に消えたていった。時刻は午前五時ちょっと前。起きるのは、銘々、大体六時くらいだった。それでもちょっとでも寝ようと、選手たちは布団に入った。
「なんで私の部屋なんですか」
だが、繭だけは一人部屋で叫んでいた。
「なんかここがいいんだよ」
宮間はなぜか繭の部屋に転がり込んで、そのまま寝転がる。しかも繭の布団で。そして、そのまま寝てしまった。
「うううっ」
繭は立ち尽くし、うなった。
その日の練習。
「やっぱり、マウンド無いとやりやすいですね」
繭がきれいに整地されたマウンドのあった辺りを見ながら言った。選手たちは夕方、再びグラウンドに集合していた。
「だろう」
宮間が得意げに言う。
「がんばった甲斐がありましたね」
かおりが言う。
「でも、最初に言い出したの、権蔵だけどね」
野田が隣りから言う。
「まあ、あいつもたまには、役に立つこと言うな」
宮間も今回は熊田の意見を認める。
その日の練習が終わり、繭たちがグラウンドの片隅で帰りの準備をしていると、次の時間帯に予約していた、いつもここで練習している草野球チームが現れた。繭たちは、顔を見合わせる。
「バレますよね。やっぱり」
繭が直ぐ隣りの宮間に聞く。
「そりゃあ、バレるだろ。だってマウンドないんだもん」
しかし、宮間は平然としている。この辺、宮間は度胸が据わっている。
「そうですけど・・」
しかし、繭は気が気ではなかった。
「さ、さっさと帰って、あかねに行こうぜ」
宮間が立ち上がると、野田たちも一斉に立ち上がる。繭もそれにつられて立ち上がった。
「えっ、ていうか飲み行くんですか!」
野田が宮間を見る。
「当たり前だ」
宮間は繭の部屋で心ゆくまで眠ったが、他の選手たちは、一時間ほどしか寝ていない。繭に至っては、宮間に布団を取られ、畳の上でちょっと横になっただけだった。
「さっ、行くぞ」
だが、野田たちのそんな反応などお構いなしに、宮間はさっさと先へ行ってしまう。
「・・・」
その背中を、野田たち三人と繭とかおりが茫然と見つめた。
グランドを後にした繭たちの背中に、突如、グラウンドの方から野球チームとおばしき大きな声が上がった。繭は振り返る。だが、そんなこと気にする風もなく、宮間たちはどんどん先へ行ってしまう。
「本当に大丈夫ですかね・・」
今度は、繭は隣りを歩いていた熊田を見る。やはり、繭は心配だった。
「あ?なんのことじゃ」
熊田が繭を見下ろす。
「昨日マウンド削ったじゃないですか」
「ん?・・、ああ、そんなこともあったな」
熊田に至っては、削ったこと自体忘れていた。
「・・・」
そして、熊田はそのままやはりどこかまた飲みに行くのだろう。意気揚々と駅前の商店街の方に消えて行った。
「・・・」
繭は一人、みんなの神経の図太さに茫然とした。




