マウンドを削る選手たち
深夜二時過ぎ、暗闇の中から、ザクッザクッという土の削る音が不気味に響く。
「本当にいいんですかね」
繭が隣りで、つるはしを振る宮間を振り仰ぐ。
「大丈夫だよ。マウンドなんか無くたって野球は出来るだろ」
宮間は全く気にする風もない。
「そうなんですかね」
「そうだよ。あんなもん、ただボール投げて棒振り回すだけだろ?」
「ま、まあ、そうですけど」
「そんなことの為に、グラウンドの真ん中にこんな土盛り上げやがって、贅沢だってんだよ」
宮間はそう言って、怒りを込めるように、ツルハシを思いっきりマウンドにふるった。
「・・・」
なんだか宮間にそう言われると、繭もそんなような気もしてきた。
「みんなの使うグラウンドのど真ん中にこんなもん作りやがって、ふざけんなってんだよ」
宮間はさらに力を込め、ツルハシをマウンドに突き刺す。
「あっ、かおりちゃん」
そこにかおりとめぐみ、のりちゃんもやって来た。三人共やはりひどく眠そうな顔をしている。多分、繭と同じように夜中に叩き起こされたのだろう。
「みんな駆り出されてるんですね・・汗」
繭が呟く。これで寮の人間はほぼ全員駆り出されて来た。
「みんなでやった方が早いだろ」
宮間は当たり前のように言う。
「ま、まあ、そうですが・・」
しかし、何かが間違っている。
「でも・・、でもですね、深夜に突然駆り出されるっていうのは、人権とかプライベートとか、プライバシーとかそういったものの配慮が全くないといことで、それはやっぱり、現代社会の常識として色々と問題ではないかと思うわけで・・」
繭が訴えるように言う。が、しかし、宮間はおろか野田たち、周囲の人間も、誰一人として聞いていない。
「うううっ」
繭は、一人うなる。
「ごたくはいいから手を動かせ手を」
そんな繭に、宮間が怒鳴る。
「は、はい・・」
宮間に理屈は全く通用しなかった。
「この寮に、人権とかプライバシーなんて概念はないからな」
さらに、隣りの野田がそんな繭にとどめを刺すようにさらりと言った。
「うううっ」
繭はさらにうなった。
「でも、なぜこんな深夜に・・」
「ああ、うちらがあかねで酒飲んでたら、権蔵が来て、急にこういう話なったんだ」
野田が言った。
「それで善は急げって、そこだけ権蔵と宮間さんの息が合っちゃってな」
仲田が言った。
「それに巻き込まれたと・・」
繭はほとんど災害に巻き込まれたような気分だった。
「・・・」
繭は仕方なく、手に持つスコップをマウンドに力を込めて突き刺した。結局、もうやるしかない状況だった。
そして、後からやって来た他の選手たちも、手に手にスコップやシャベルを持ち、マウンドを削り始めた。
「ふぅ~」
かおりが額の汗を拭う。広いグラウンドの中では小さく見えるマウンドだったが、やってみると意外と重労働だった。さらに深夜で寝不足ということもあり、みんな疲労の色が濃くなっている。
「アフリカでやった井戸掘りを思い出すのぉ」
しかし、そんな中、熊田は一人どこか楽しそうにスコップで、マウンドの土を掻き出している。
「エンチョラビ~、モウソ~、ウチャビラリ~♪」
しかも、何やら言語不明の、音階も西洋音階ではない奇妙な歌を歌い出す。あまりに聞いたことのない歌に、音程も合っているのかズレているのかすらが分からない。
「お前はアフリカで何やってたんだよ」
野田が熊田を見る。
「井戸掘りまでやってたのか・・」
仲田も熊田を見る。
「さあ、みなさんも。エンチョラビ~♪」
「歌うか。っていうか歌えるか。そんな言語不明な歌」
しかし、野田たちのツッコミにもまったく動じることなく、熊田は変な歌を歌い続けながら、一人陽気にスコップでマウンドの土を掻き出していく。
「よく鼻歌なんか歌えるな」
野田と仲田も呆れる。
「というか、こんな深夜に私たち何やってんですかね・・」
繭が汗を掻き掻きスコップをマウンドに突き刺し、土を掻き出しながら呟くように言った。
「それは言うな」
それに対して、隣りの野田が厳しく言った。
「それは言っちゃだめだ」
仲田も隣りから言った。
「悲しくなるだろ」
仲田が続けて言った。
「はい・・」
確かにそんなことを考えていると、繭もなんだか悲しくなってきた。
「・・・」
それから、繭はもう何も言わなかったし、考えることもやめた。ただ黙々と体を動かした。他の選手たちも全員、誰も何も言わず、黙々とマウンドを削るという単純作業を繰り返していった。
深夜のグラウンドの闇の中に、ザクッザクッという、土を削る音だけが響いた。




