繭襲われる
「ああ、腹がもたれるな」
野田が自分のお腹をさする。
「あんなに食べるからですよ」
かおりが言う。
「お前も食べてただろ」
「はい・・」
かおりも自分のお腹をさする。
結局、みんな食べだすと止まらず、レインボー羊羹二箱とも練習前に全部食べ尽くしてしまった。
当然、練習が始まっても野田たちだけ動きが重く鈍い。しかも、やはり今日も練習は序盤から走り込みがメインだった。
「ああ、めっちゃしんどい」
まだ練習は始まったばかりだというのに、すでに野田たちはうめき声を上げていた。
「何やっちゅうんじゃ、おまんら」
熊田がそんな野田たちをすかさず見つけ、怒鳴る。野田たちは慌てて走る足を速めるが、やはり、足は重い。
しかし、その中で繭だけは動きが変わらない。
「あいつの胃はどうなってんだろうな」
そんな繭を見て、野田が呟く。
「何かお腹ん中で飼ってんのか?」
仲田が呟く。
「ものすごいのがいたりして・・」
志穂が呟く。繭のことを少し不気味がる四人だった。
「?」
すると、繭がそんな遅い四人を振り返る。
「何してんですか、早く走らないと」
しかし、そんなことには全く気付くことなく、繭は今日もマイペースに練習をこなして行く。
「やっぱあいつは化け物だ」
野田が言うと、全員無言でうなずいた。
「うわっ」
宮間に良いパスが通りかけた時、急にボールがそれまでの軌道を大きく外れるバウンドをした。
「あったく、邪魔だな」
宮間が、グラウンドの真ん中でボコりと盛り上がった野球用のマウンドを蹴りつけながら、苛立たし気に言う。練習は試合形式の練習に移っていた。
「ほんとですね」
隣りにやって来た野田も、腰に手を当てマウンドを見つめる。
「ここだけ盛り上がってるからな」
仲田もやって来て言う。
やはり、そこだけ盛り上がっているマウンドはサッカーの練習にはかなり邪魔だった。いい感じでボールが繋がっても、そこだけ、起伏が大きく違い過ぎて、違うボールの跳ね方をする。それにそこだけ思いっきり走りにくい。
繭やかおり、志穂もやって来て、マウンドを見つめる。確かに誰が見ても思いっきり邪魔だった。
「削っちまうか」
宮間が言った。
「いや、それは・・」
野田が止める。
「さすがに怒られますよ」
仲田も止める。
「黙ってやっときゃ大丈夫だろ」
「絶対ばれるでしょ」
野田がツッコむ。
「おまんら何やちゅうんじゃ」
そこに熊田がやって来た。
「何やっちゅうんじゃって、これが邪魔で練習になんねぇよ」
野田が言う。
「あ?なんじゃこりゃ、邪魔じゃのう」
熊田も、下駄でマウンドを蹴りつける。
「野球用のマウンドです」
隣りのたかしが言った。
「なんじゃそりゃ」
熊田がたかしを見る。
「野球のピッチャーがですね・・」
「削っちまうか」
たかしの解説も話途中で熊田が言った。
「だからダメだろ」
野田がツッコむ。
「なんでじゃ」
熊田が野田を見返す。
「なんでって・・」
そこで、全員が黙った。
その夜だった。
「おいっ、おいっ」
部屋で寝ている繭を誰かが呼ぶ声がする。繭は練習の疲れと大食いで爆睡していた。
「おいっ、起きろ」
繭は寝ぼけ眼でうっすらと目を開ける。すると、目の前の薄暗い中に熊田の顔があった。
「わぁ~」
繭は思いっきり叫んだ。
「しーっ、しーっ」
熊田は、左手で繭の口を押さえ、右手の人差し指を口にあてる。
「ううっ、うっ、あ、あの、あの、私なんか襲っても、全然、魅力もないし、あのあの」
繭は恐怖のあまり声にならない声で必死に訴えた。
「胸も小さいですし、私なんか、ダメですよぉ~ダメダメダメ」
繭は全身で必死に叫んだ。と、その時、急に部屋の電気が付いて、部屋が明るくなった。
「おい、早く着替えろ」
熊田の後ろから声がする。繭が熊田の後ろを見ると宮間がいた。
「あれっ?」
宮間の後ろには、野田、仲田、志穂といつもの三人が控えている。繭はわけが分からず、茫然と宮間たちを見つめていた。
「早く着替えろ。行くぞ」
「えっ、着替えるって?行くってどこへ?」
繭は何が何やらわけが分からなかった。
「グラウンドだよ」
宮間が言った。
「グラウンド?」
「マウンド削りに行くんだよ」
「ええ~、今からですかぁ」
繭は叫んだ。しかし、繭の悲痛の叫びも虚しく、それはもうすでに揺るぎなく決定されていた。
繭は布団からしぶしぶ起き上がり時計を見る。まだ、深夜の二時だった。
「・・・」
眠過ぎて頭と体が痺れている。
「わしは先に行っとるぞ」
熊田は、繭が起きると、さっさと部屋を出て行った。
「・・・」
仕方なく、繭は、ふらふらと立ち上がると着替え始めた。
「ところで、どうやって私の部屋に入ったんですか?鍵は閉めたと思ったんですけど・・」
「ああ、それはかんたんかんたん」
そう言うと、野田がポケットから、一枚のカードを取り出した。繭は不思議そうにそれを見る。
「これをこうやって」
野田がそう言うと、持っていたテレホンカードをドアの隙間に差し入れた。
「あっ」
繭はその瞬間全てが分かった。部屋のカギは、明治時代から変わらず、単に金具を上から引っ掛けるだけの簡素なものだった。それをこのカードを差し入れて、下から上に持ち上げれば、簡単に鍵は開く。
「私にプライベートはないのか・・」
繭は着替えながら、げんなりとそう思った。そして、自分のこの呪われた生活を呪った。




