玉手箱
「な、なんだろう・・」
繭が言った。
「う、うん・・」
それに、かおりが困ったように返事をする。
銀月荘に帰って来た二人は、繭の部屋で、もらった重箱を畳の上に置き、それを睨むようにして見つめていた。中央に一本巻かれていた帯紐のような紐は解いたのだが、蓋は開けられずにいた。
「玉手箱だったりして」
かおりが不安げに言う。
「おばあさんになるの」
繭がかおりを見る。
「うん、おじいさんを助けたらお屋敷に連れていかれて、玉手箱をいたたきましたって・・、浦島太郎に似てるよね」
「まさか」
と言いつつ、繭もちょっと開けるのをためらう。
「小判かも」
今度は繭が言った。
「まさか」
「でも重かったよ」
「確かに、ずっしりとしてた」
「・・・」
二人はそこで重箱を見て、しばし黙った。
「すごいお屋敷だったよね」
繭が再び顔を上げかおりを見る。
「うん、すごいお金持ちっぽかった」
「・・・」
二人はまた重箱を見る。
「お前たち何やってんだよ」
そこに野田と仲田と志穂のいつもの三人が入ってきた。
「練習だぞ。急げよ」
「いや、これ・・」
繭が野田を見る。
「何だよこれ」
野田が畳の上の重箱を見る。
「これは・・」
「なんかすごい箱だな」
と言いながら繭たちが説明しようとする矢先、野田はいきなり、その重箱の蓋を開けた。
「あっ」
と繭とかおりが叫んだ時にはもう重箱は完全に開いていた。
「なんだこれ」
中をのぞいた野田が素っ頓狂な声を上げる。
「わわっ」
繭とかおりは、煙に当たるまいと後ろにのけぞる。
「おっ、これは羊羹だな」
横から仲田が中をのぞき言った。
「えっ」
玉手箱だったらと、体をのけぞらせていた繭とかおりの二人も前に乗り出し、重箱の中を覗き込む。中は、色とりどりのカラフルな羊羹が詰め合わされていた。
「なあ~んだ」
二人はほっと胸をなでおろす。
「これ、水木屋のレインボー羊羹じゃないですかね」
その時、志穂が野田と仲田の間から顔を出し、重箱を覗き込みながら言った。
「レインボー羊羹?」
野田が志穂を見る。
「はい、すごい高級羊羹ですよ」
「えっ、そうなの」
全員がもう一度、重箱の羊羹を覗き込む。
「私小さい時に、一回だけ食べたことあります」
志穂が言った。
「すんごい高いんですよ。これ。うちの親が言ってましたもん。次いつ食べれるか分からないから良く味わって食べろって」
「へぇ~」
四人はあらためてレインボー羊羹を覗き込む。
「これがねぇ」
野田が呟く。確かにカラフルで他では見ない羊羹だが、しかし、見た目はやはりただの羊羹だ。
「どうしたんだよ。これ」
野田が二人を見る。
「これもらったんです」
繭が言う。
「もらった?」
「はい」
そこで、二人は今日助けたおじいさんの話をした。
「あのおじいさんは何者なんですかね?」
繭が首を傾げる。
「多分、金白さんじゃないかな」
野田が仲田を見る。
「ああ、話の感じだと、その感じだな」
仲田が頷く。
「かなしろさん?誰なんですか」
野田に二人が訊く。
「金城町商店街の会長だよ」
「えっ」
二人は驚く。
「要するにうちらの大スポンサー」
仲田が言う。
「ええっ」
二人はさらに驚く。しかし、それだとなぜ二人が、金城町サッカー部の選手だと分かったかも説明がつく。
「どういう人なんですか」
かおりが野田と仲田に訊く。
「謎だな」
野田が言う。
「謎なんですか」
「なんかこの辺の大地主らしいけどな」
仲田。
「確かにもんのすごい大豪邸でした」
繭が言う。
「金白城あるだろ」
野田が繭を見る。
「はい」
「あれの城主の末裔って噂もある。本当かどうか知らんけど」
「へぇ~」
「この銀月荘もあのじいさんのものらしい」
「えっ、そうなんですか」
「ああ、もともとはあのじいさんの別荘だったんだ」
「うちらが務めてるゴム工場だって、あのじいさんがオーナーだって噂だぜ」
仲田が言った。
「そうなんですか。すごいですね」
かおりが感心する。
「何もんなんだろうな」
野田も首を傾げる。
「この辺では名士ですよね」
志穂が言った。
「そう、有名だよな。うちらも時々見かけるんだよ。いつも着物姿だから目立つんだ。でも、何者なのかは誰も知らない」
仲田が言った。
「しかも、名前が金白なんですよね」
志穂が言った。
「金城?そういえばこの町と同じ名前だ」
繭がそこでそのことに気付き、はたと驚く。
「字が違うんだけどな。この町ももともとは金白町で、金白城の城下町ってことでいつの間にか縮んで、金白が金城になっちゃったんだ。白が城で同じ読みだからってことなんだろうけど」
野田が言う。
「この町は金白家の納めていた土地だったからな。苗字が同じってことはやっぱお殿様の末裔なのかな」
仲田が首を傾げながら言う。
「やっぱり、ただ者じゃないよな。あのじいさん」
そう呟きながら野田が、レインボー羊羹を一切れつまむ。
「あっ、これから練習ですよ」
かおりが驚き、慌てて言う。
「ちょっとくらい大丈夫だろ」
「それもそうですね」
かおりもすぐに納得した。そして、全員が手を伸ばす。
「あっ、うまい」
最初に食べた野田が驚く。
「確かにうまいな」
仲田も続いて驚く。
「品がありますね」
かおり。
「うん、味に奥深さがある。やっぱ全然違うな」
野田が唸る。
「手間かかってるって味だな」
仲田。
「これこれ、これですよ。私が小さい時に食べた味です」
志穂が懐かしそうに、その味に舌鼓を打つ。
それぞれ感想を呟きながら、みんなもしゃもしゃと食べる。
「熊田コーチ呼んだのもあの人らしいですよ」
その時、レインボー羊羹を食べながら、繭が何の気なしに言った。
「何!マジか」
「えっ!」
それを聞いて、野田と仲田と志穂はひどく驚いた。
「はい、自分で言ってましたよ」
「・・・、マジで何者・・、っていうか権蔵も何もんなんだ。なんで金白さんと知り合いなんだ」
その事実はかなり衝撃的で、三人は顔を見合わせる。
「確かに謎ですね」
しかし、言い出しっぺの繭は、三人の驚きをよそに、二切れ目に手を伸ばしながら呑気に言う。繭の関心は今、レインボー羊羹に移っていた。




