そして試合は始まる
「うううっ、それにしても、なんて嫌な奴」
何とか宮間をおしなだめると、普段穏やかなかおりが憤慨して言った。
「あんな嫌な奴ほんとにいるんですね」
かおりは怒りを通り越して驚いていた。
「いるんだよ」
野田が答える。
「漫画とか映画だけかと思ってましたよ」
かおりはあらためて憤慨した。
「ほんと、なんかめっちゃむかつく奴らですね」
「そう、完全にうちらをなめ切ってるんだ」
「今日は、絶対勝ちたい」
かおりはいつになく闘志を燃やした。しかし、その隣りで小さいのとバカにされた繭は、まだ畳喪失から立ち直れず、呆けたままだった。
ドカンッ
「宮間さん、物に当たるのはやめてください」
その時、強烈な破壊音と共に、志穂の悲痛な叫び声が響いた。宮間は、まだくすぶる怒りを、試合に使う備品を入れたバックにキックという形でぶつけていた。
「まあ、あの双子は滅茶苦茶性格悪いし、宮間さんはあの気性だろ。毎回
あんななんだよ」
野田が宮間を振り返りながらかおりに言った。
「なるほど・・」
「うわっ」
その時、グラウンドに突然突風が吹き荒れた。
「な、なんだ」
風はどんどん強くなる。
「わぁ~」
ついに吹っ飛ばされ、ゴロゴロとグラウンドを転がる選手まで出て来た。
「おーっ、ほっ、ほっ、ほっ」
すると、どこかで聞き覚えのある笑い声が辺りに響いた。
「また、あいつは」
「えっ」
宮間が強風にびくともせず腕を組み、あきれ顔で空を見上げている。それにつられてかおりも上を見た。
「あっ!」
そこには巨大なヘリコプターが、飛んでいた。
「あ、あれは・・」
長い髪を抑えながら、かおりは驚く。
「まったく、あいつは、毎度毎度」
「えっ?」
宮間が怒りを滲ませ呟くと、かおりはヘリコプターの窓を見た。
「れ、麗子さん」
その窓から顔をのぞかせていたのは麗子だった。
ついにヘリコプターはグラウンドに降り立った。そして、麗子は颯爽とそのヘリコプターから降りて来た。
「間に合ったわね」
周囲の大迷惑などどこ吹く風で、麗子は颯爽とグラウンドに降り立ち、金城の選手たちの方に歩いてくる。
「お前なぁ」
宮間が、そんな麗子に呆れながら怒りを滲ませる。
「ちょっと、支度に手間取って遅れてしまいましたわ。おー、ほっ、ほっ、ほっ」
「おー、ほっ、ほっ、ほっ、じゃねぇよ。まったく、どうせ、そのうざったい髪をくるくるくるくる巻いてたんだろ、何時間もバカみてぇに」
宮間が呆れる。今日も麗子の長い金髪の髪は、中世の貴族よろしく、見事に巻き上がっていた。
「今日は髪のノリが悪かったのよ」
「やっぱ、そうなのかよ・・汗」
宮間が呆れる。その隣りで、かおりは巨大なヘリコプターに驚いていた。向こうの方では鹿山の選手たちも驚いている。
「麗子さんて何者・・汗」
かおりは、ヘリコプターと麗子とを見比べながら呟いた。
試合の準備を整え、改めて金城の選手たちはグラウンドに集まった。グラウンドの周囲の草っぱらには、鹿山工業側の観客がちらほらと座り込んでいる。多分、家族関係者か、仕事仲間か、職場の付き合いで仕方なくか、会社の動員が掛かって応援に来ているか、そんな人がほとんどなのだろう。人数が多い割にはあまりやる気は感じられない。しかし、相手側の観客が多いというのはやはり金城の選手たちにはアウェイ感があった。
「アウェイって感じだな」
「うん」
野田と仲田が言葉を交わす。普段アウェイと言っても客自体がほとんどいないので、アウェイもくそもなかった。
「でも私、ユニホームはこっちの方が好きだな」
かおりが自分の着ているユニホームを、上から覗き込むようにして見ながら言った。アウェイ用のユニホームは白地に薄っすらと花の模様が入っている。今日はアウェイで、相手も同じ赤系統のユニホームなので、金城のメンバーはアウェイ用の白いユニホームを着ていた。
「何の花なんですかね」
かおりが隣りの野田を見る。
「さあ」
野田は首を傾げる。今までそんなこと誰も気にしたこともなかった。
「知らないんですか」
「ああ、そういえば誰も気にしなかったな」
仲田も首を傾げる。
「見たことない花だよな」
野田が志穂を見る。
「はい」
志穂が頷く。
「そう言えば、確かになんの花なのかしらね」
柴も自分のユニホームを覗き込む。
「・・・」
かおりも改めてユニホームを見る。かおりは、なぜかこのユニホームに織り込まれた花が妙に気になった。
時間になり、ピッチ上に選手たちがチーム同士で一列に並ぶ。お互い睨み合うように目を合わせながら、挨拶をする。
もちろん、この時も麦島姉妹はあのニヤニヤとした何とも言えない嫌味な笑いを口元に浮かべ、宮間を挑発するように見ている。
「ぐぐぐっ」
もちろん、宮間はそれに猛烈に反応し、こめかみの血管をミミズのように浮き上がらせ、ぴくぴくと本当に何かの生き物のようにのたくらせた。
「楽しんでいきましょう」
最後にベテランとおぼしき女性主審が笑顔でそう言うが、誰も聞いてはいなかった。
挨拶が終わると選手たちは各ポジションに散っていった。
「いよいよですね」
「うん」
ベンチ前では信子さんとたかしが、期待と不安に胸を膨らませながら選手たちを見つめていた。
「くそっ、今日はぜってぇ、やってやる」
宮間は猛烈に気合が入っていた。
「ぜってぇ、失点すんなよ」
宮間は後ろを振り返ると、キーパーののり子や、センターバックの柴とめぐみ、両サイドバックの仲田と志穂を指さし叫ぶ。
「失点しなきゃ負けねぇんだからな」
宮間はさらに叫ぶ。
「また、由香は無茶言うわ」
柴が呆れながら隣りのめぐみに呟く。それに対しめぐみも困惑気味に頷く。柴は宮間のことを下の名前の由香と呼ぶ。
その時、宮間がふと背後で何か不穏な空気を感じて振り返った。
「うをっ」
そこには、宮間を見つめる繭の怨念のこもったどす黒い目があった。
「うっ」
繭のその何とも言えない怨念のこもった目に、宮間がたじろぐ。
「あいつ最近目つき悪くなったな」
宮間が隣りの野田を見る。
「いや、宮間さんが・・」
「最近口も利かないしな」
畳と顔の落書き以来、飲みには仕方なく付き合うものの、繭は宮間と口を利いていなかった。
「いやだから宮間さんが・・」
「なんだよ」
宮間は不思議そうに野田を見返す。
「いえ、もういいです・・」
繭のその強烈な怨念のオーラは、モクモクとダークな煙のように背後から立ち昇り周囲を漂った。
「繭ちゃん・・汗」
隣りに立つかおりも、そのただならぬオーラにたじろいだ。
ピーッ
そして、両者、そして、金城町商店街チーム内部にも不穏な空気を醸したまま、試合開始のホイッスルは鳴った。




