呪いの相手
「くっそうぅ、あいつは頭がおかしい」
やっと練習が終わり、選手たちがその場に崩れるように座り込むと、野田が真っ先に叫んだ。
「次の試合の前に壊れちまうぞ。このままじゃ」
「そうだよ。まったく」
仲田が言う。
「でも、あのトラップすごかったですね。ピタッと」
かおりが言う。
「そう、下駄でな」
仲田。その隣りで志穂も大きく頷く。
「なんかコツがあるんだろうな」
野田。
「あれは、多分、ボールのポイントじゃないですかね」
普段無口な静江が口を開くと、全員が静江を見た。
「ポイント?」
仲田が静江を覗き込む。
「どういうことだよ」
野田が訊いた。
「多分、何かボールを止めるポイントがあるんじゃないですかね。力とか技術じゃなくて、そのポイントに触れてやれば・・」
「ボールを止めるツボみたいなもんか」
「まあ、そんな感じですかね」
「なるほど、さすが静江」
「お前、分析は得意だもんな」
仲田。
「そうだてに東大出てないわな」
野田。
「えっ、東大?東大ってあの東大ですか」
かおりが驚く。
「そうだよ、あの東大だよ。東洋工業大学略して東大とかそういう安っぽい安易なジョークじゃないよ。マジの東大だよ。東京大学」
「そうだったんですか」
かおりは改めて静江を見る。あまりの極度の近視で合うコンタクトレンズがなく、競技用ゴーグルメガネをかけたその下の静江の目は、そんなこと大したことないわ、というように、まったくすましたままだ。
「静江、分析頼むぜ。あいつの鼻を明かしてやる」
野田が静江に言うと、静江は静かにそれでいて自信ありげに頷いた。
「ところで次の相手ってどこなんですか」
かおりが野田に訊いた。
「あっ」
すると野田が叫んだ。
「どうしたんです」
かおりがそんな野田を見る。野田は放心したように虚空を見つめる。
「どうしたんです。急に暗い顔して」
「う~ん、それがな・・」
「どうしたんです」
「次の試合な」
「はあ、次の試合がどうしたんですか」
「次の試合の対戦相手なんだが・・」
「対戦相手がどうしたんですか」
「呪われてんだよ」
「えっ、呪い!」
かおりは突然、縁起でもない言葉が飛び出して来て驚いた。
「次は鹿山だ」
「あっ、」
そこで仲田も叫んだ。
「どうしたんですか」
かおりが今度は反対側の仲田を見る。
「鹿山かぁ」
仲田は呻るように、腕を組んで顔を沈めた。
「鹿山がどうしたんですか」
かおりが仲田の顔を覗き込む。
「鹿山工業かぁ・・」
他の選手たちも、うねりながら腕を組みだした。
「どうしたんですか。みんな」
かおりは驚く。
「う~ん」
しかし、みんなうねるばかりで何も言わない。
「なんですか。鹿山工業って」
かおりがそれでも訊く。
「それがなぁ・・」
「それが?」
「う~ん」
「う~ん?」
「一回も勝ってないんだ」
「一回も?」
かおりが野田の顔を覗き込む。
「そう、この金城町商店街女子サッカーチームが創立して以来、二十六年間一度も勝っていない相手なんだ」
「へぇ~」
「へぇ~、じゃないよ。一度もだぞ。普通まぐれとか気まぐれでどんな強い相手でも、何回かやれば一回ぐらい勝つもんなんだ。それが一回もだぞ。一回も勝ってないんだぞ。しかもメンバーだって二十六年もやってりゃ全部入れ替わってるのに、それでも一回も勝ってないんだぞ」
「そう言われるとなんかすごい気がしてきましたね」
しかし、おっとりタイプのかおりはまだどこか呑気に考えている。
「しかも、引き分けもないんだぞ」
そんなかおりに仲田が言った。
「ええ!引き分けも。全部負けですか」
「そう、正に呪いだよ。これで分かっただろ」
野田が言う。
「はい・・」
かおりもさすがにそのすごさが分かった気がした。
「二十六年一回も勝てていないんだよ。正に呪いだよ」
野田。
「っていうか二十六年も歴史があるんですね。うちのチーム」
「ああ、意外と歴史があるんだ。戦後の闇市から二十六年前に金城駅に商店街として正式に出来て、その時に作ったらしいからな」
「へぇ~、二十六年前に女子サッカーですか」
「そう、サッカー自体が、まったく市民権のない時代に女子サッカーだからな。すごいよな」
仲田。
「へぇ~、すごいですね。歴史あるチームだったんですね」
かおりは感心した。
「ねえ、繭ちゃん」
かおりが隣りの繭を見る。
「・・・」
かおりが隣りの繭に話を振ったが、繭は心ここにあらずで、やはり一人ほけーっとマイナスオーラの中に沈んでいた。




