パスは愛情
「クソッ、ボール練習まで辿り着くのに、どんだけかかってんだよ」
野田がキレながらボールを蹴る。ボール練習を始める頃には、選手たちの足は、生まれたばかりの小鹿のようにプルプルと震えていた。
「どんだけ走らせんだよ、まったく」
仲田もキレる。長短織り交ぜた熊田の考案したランニングメニューは、選手たちの筋肉を徹底的に追い込んでいた。
「クソッ、しかもめっちゃ基礎的なパス練習ばっか延々してるし」
走り込みが終わると今度は、二人対面でのパス交換という、ものすごい超基礎的な練習を、かれこれ三十分以上も延々と選手たちはやらされていた。
「パスは愛情じゃ。愛が大事なんじゃ」
熊田が選手たちの間を歩きながら語り聞かせるように言う。
「何が愛だよ。まったく」
野田が毒突く。
「愛のないパスは、パスやない。相手の足元に愛を込めろ」
熊田は選手たちの間を歩きながら、鼻歌でも歌うように言う。
「お前の指導に愛がないだろ」
仲田が毒突く。
「蹴る止める。止める蹴る。全ては愛じゃ」
熊田は機嫌よくしゃべり続ける。
「愛で止める。愛で蹴る。これじゃ。ボールにも愛情を込めろ」
熊田はまるで自分の言葉に酔っているかのように話していく。
「???」
しかし、選手たちはちんぷんかんぷんだった。
「愛とか言われても・・」
さすがに、まじめで従順な柴やめぐみたちも困惑していた。
「これが出来ない奴は、サッカー以前の話じゃ。話にならん」
しかし、選手たちは困惑するばかりで、熊田の言っている愛のあるパスの意味が分からない。
「おまんらは、なんでそないにパスが下手なんじゃ」
選手たちのあまりのふがいなさに、ついに熊田は業を煮やして怒り出した。
「そうか?ちゃんとやってるだろ」
野田が言い返す。
「全然なっとらん」
熊田は全然認めない。
「今まで何やっとったんじゃ。おまんらは。こんな基本的なことも満足に出来んでサッカーやっちょったんか。ちくとわしにパスだしてみい」
熊田が一番近くにいた野田を見た。そう言われて野田は、半ギレで意地悪く強めにパスを出した。荒れた土のピッチにボールは複雑なバウンドをしながら熊田の足元に勢いよく転がっていく。見ているだけでまともなトラップなど出来そうもないのが分かった。
ピタッ
しかし、まるで暴れ馬が瞬間冷凍したみたいに、ボールは熊田の足元でピタリと止まった。
「おおっ」
思わず選手たちから声が漏れる。
「どうじゃ、これが愛じゃ。愛があればピタリと止まるんじゃ」
「うううっ、すごい。しかも下駄で・・」
さすがに選手たちは、ぐうの音も出なかった。
「今日はおまんらが、このボールへの愛を掴むまでひたすらこの練習じゃ」
「ええええっ」
選手全員が、大仰にのけぞりながら叫んだ。
「おまんらはドリフか」
熊田が珍しくツッコミを入れる。
「先輩、いきなり先輩みたいにはいきませんよ」
そこにたかしが割って入って、助け舟を出す。
「そうか、う~ん、そうかのぉ」
熊田は大きく首を傾げる。
「難しいですよ。いきなりは」
「うん、まあ、そうじゃな。わしは天才じゃからのぉ。なんでもすぐに出来てしまうんじゃ。確かに、天才のわしと一緒にしてしまってはこいつらがかわいそうじゃ」
「そうですよ」
「うん、そうじゃ、たかしの言う通りじゃ。おまんもたまには良いこと言うのぉ。がっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
「うう、なんかめっちゃバカにされてるぞ」
野田が隣りの仲田を見た。
「ああ、しかもなんかめっちゃむかつく感じでバカにされてる」
仲田が顔を歪ませる。
「普通にバカにされるより、なんかすごい屈辱感・・」
志穂が呟く。
「なんか惨めですね。私たち・・」
かおりが隣りの柴を見る。柴はそれに対して静かにうなずいた。
「あっ、宮間さん」
そこに遅れて宮間がやって来た。
「おおっ、やってるな」
宮間は呑気だ。
「宮間さん何やってたんですか」
野田が言う。
「ヒーローは遅れて現れるってな。はっ、はっ、はっ」
「なんかどこかで聞いたセリフですね・・」
志穂。
「やっぱ権蔵とキャラ被ってるな・・」
仲田。
「ああ・・」
野田。
「宮間さん、私伝えましたよね」
志穂が言う。
「うん、ああ、まあ、ちょっとな」
「絶対忘れてたな」
付き合いの長い、野田と仲田と志穂はすぐに確信した。
「さて、あたしの相手は誰かいないか」
宮間がさっそく、パス練習に加わろうとした。
「何ゆうちょる」
そこに熊田が、割って入った。
「何ゆうちょるってなんだよ」
宮間は熊田を見る。
「おまんはまず走らんかい」
「走る?」
宮間が怪訝な顔で熊田を見返す。
「宮間さん、私たちは走って走って走りまくって、やっとこの練習に辿り着いたんですよ」
志穂が言う。
「そうそう、死ぬほど走ってやっと、この練習に辿り着いたんですよ」
仲田。
「何?」
宮間が驚いて二人を見る。
「そうよ、私たちはちゃんと走ったのよ。あんたも走りなさいよ」
麗子が宮間に向かって人差し指を力強く突き出す。
「て、てめぇ・・」
宮間は麗子を睨みながらも、呻く事しかできない。
「分かったらさっさと走らんかい」
熊田がそんな宮間に叫ぶ。
「うううっ」
全員が走ったとあれば宮間も逆らうわけにはいかない。
「おまんは遅れたから、プラス十周じゃ」
そこにさらに熊田が付け加えた。
「何ぃい!」
「くっそぅっ、あの野郎・・、調子乗りやがってぇ・・、くっそぉ・・、麗子・・、覚えてろ・・」
その後、グラウンドの周りでは、一人走りながら恨み節を呟く宮間の影があった。




