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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
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銀月荘玄関前

 改めて見る銀月荘は、最初に見た時以上に奇妙に見えた。その場所だけ時間が止まっているようなというか、時間に取り残されたような独特の雰囲気を醸している。なんだか、怪しげなお伽話の世界が目の前のそこに、実際あるような錯覚さえ感じた。

「こ、ここかぁ」 

 繭はまた、昨日の試合観戦の時の、言い知れぬ不安に襲われた。

 繭は重厚な鉄の門扉を恐る恐る開けた。それはまた重く、しかもちょっと傾いていて、開けていくとそれに合わせてなんとも不気味な、ギギギ~っという音が鳴った。

 門扉を人が一人何とか通れるほどに開けると、繭は恐る恐る銀月荘の敷地内に入った。  

 敷地は外から見た以上に広く、繭は住宅街にこれだけの土地が空いていることは、なんだか贅沢のような気がした。

 敷地に生えている巨木の下まで来ると、繭はそれを見上げた。

「・・・」

 それは下から見ると更に大きく、神秘的にすら見えた。

「すごいなぁ。いつから立ってるんだろう」

 繭は、森のような庭を抜け、敷地中央に立つ奇妙な建物の玄関前に立った。だが、その奇妙な建物からは物音一つなく、人の気配すらなかった。本当に人が住んでいるのか疑わしいほど静かだ。

「誰もいないのかなぁ」

 繭は片側だけ、なぜか開け放たれている両開きの分厚い木造の玄関扉の脇から、恐る恐る中を覗き見た。

 広い古風な石畳の玄関に、大きな太い玄関がまち、薄暗い古いお寺のような黒光りした板張りの廊下が奥へと伸びている。玄関を上がって直ぐの左手には傾斜のきついこれまた古風な作りの階段が上に伸びていた。

 繭はしばらく中を覗いていたが、やはり全く人の気配を感じない。

「やっぱり、誰もいないのかなぁ」

 玄関の石畳の上には、玄関にはめ込まれたステンドグラスの淡いカラフルな模様が、独特の色彩を映し出していた。

「声を掛けてみようかな」

 繭は、薄暗い廊下の奥を覗き見ながら迷った。玄関チャイムは、どこを探しても無い。

「う~ん、でも、なんか怖いな」

 繭は躊躇し、迷った。やはり、なんだか気軽に声を掛けられる雰囲気では明らかにない。

「誰?」

 その時、突然繭の背後で声がした。不意に声を掛けられ、繭は飛び上がらんばかりに驚いた。

「あ、あの、私は、決して怪しい者ではなくてですね、あの、なんて言っていいか、その、あの」

 繭は必死で、自分を説明しようとするが言葉が出てこない。

「ああ、繭ちゃんね」

「えっ、あ、はい」

 そのやさしい声音に、繭が落ち着いてその人物を見ると、大きなポニーテールが後ろに揺れる、心底人の好さそうに、にこにこと笑みをたたえた女性が立っていた。

「昨日、監督の隣りにいた人だ」

 繭は思った。

 それはマネージャーの信子だった。もう体に染みつき、骨格までがそうなってしまったかのように、繭の前でにこにことやさしい笑みをたたえている。

 繭は信子さんのやさしそうな雰囲気と昨日見た人ということで、瞬時に安心し、ほっとした。

「話は聞いてるわ。期待の大型新人なんですってね」

 信子さんがにこにこと嬉しそうに繭に話しかけた。

「い、いえ、そんな大したことは」

「十七歳で代表に呼ばれたとか」

「いえ、あれもただ呼ばれただけで、何も・・・」

「ほんと嬉しいわ。あなたみたいな子が、うちに入ってくれるなんて」

 信子は本当にうれしそうに言う。

「いえ、ほんと大したことは」

 そんなに期待されても困るなぁ。心の中で繭は思った。

「今着いたの?」

「は、はい、あの、誰もいないみたいなんで、どうしようかと・・」

「ああ、そうなの。よかった。繭ちゃん来るって聞いてたから、ちょっと寮の方覗いてみようと思ってこっちに来たの」

「そうなんですか」

「誰もいないはずないんだけどなぁ」

 信子は繭の後ろから、寮の中を覗き込む。中は相変わらず静かだ。

「ほんとだ。誰もいないみたいね」

 信子も首をかしげる。

 繭も一緒に中を覗き込む。やはり誰もいる気配はなく、中はし~んと静まりかえっていた。

「やあ、繭ちゃんだね」

 その時、背後からまた声がした。今度は男の声だった。

 二人が振り向くと監督のたかしがこれまたにこにこと、信子さん同様人のよさそうな笑みをたたえ立っていた。

「ああ、監督」

 信子が笑顔で答える。

「繭ちゃんだね」

 たかしはその心底人の良さそうな笑顔で繭を見た。

「はい」

 繭は少し緊張して答えた。

「そうか。本当に来てくれたんだね。いやあ、君みたいな子がうちに来てくれるなんてね」

 たかしは、本当に満面の笑みを浮かべて信子と同じことを言った。たかしは本当に嬉しいらしい。

「い、いえ」

 繭は、自分がものすごく期待されていることに少々戸惑った。

「ところで、どうして寮に?」

 信子がたかしに訊いた。

「いや、午後からの練習もあるしちょっと覗いてみたんだ」

「ああ、そうなんですか」

「午後からの練習は出れるんだろう?」

 たかしが繭の方を見た。

「えっ、あ、はい。大丈夫です」

 繭は、今日は寮を見るだけで帰るつもりでいたが、勢いで即答してしまった。ここ最近ボールすら触っていないし、スパイクも持ってきていなかった。しかし、答えてしまった以上出るしかない。

「いやあ、すごい、戦力だよ」

 たかしはそんな繭の気持ちなど気づきもせず、本当にうれしそうに一人繭を見て興奮している。繭は余計、やっぱり出れませんとは言えなくなってしまった。

「これで今年初勝利と行きたいところだね」

「そうですね」

 たかしが元気よく言い、信子さんが答えたところで、二人は今年まだ一勝もしていない事実に気付き、今までの興奮から一転、お互い沈鬱な表情になってうなだれた。

「・・・」

 完全な自滅であったため、繭はどうすることも出来ず、ただ気まずく二人を見守るしかなかった。

 その時だった。

「ぎゃー」

 突然、寮の中から鋭い叫び声が響いた。

「な、なんだ」

 三人は顔を見合わせた。


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