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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
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眠れない

「ううっ、寒い」

 繭はなぜか自分の部屋の前の廊下で寝ていた。春になったとはいえ、日中は暖かいが朝方はやはりまだまだ冷え込んだ。

「寒い~」

 しかも、この日は寒の戻りで朝方は真冬並みの気温まで下がっていた。更に廊下は板敷きで熱を奪われよけいに寒い。布団だけでは寝られないほどの冷え込みだった。

「なんで私がこんな目に・・」

 繭は泣きたい気持ちだった。

 祝勝会から一夜明けた次の日、繭の部屋は大惨事のままだった。畳には思いっきり大量のビールがしみ込み、猛烈な臭いを放っていた。窓を開けても匂いは強烈で、しかも外は寒く寒風が部屋に容赦なく入ってくる。仕方なく、繭は自分の部屋を諦めかおりの部屋に泊めてもらおうと下へと降りたのだが、この日は運悪くかおりは学校の飲み会でまだ寮に帰っていなかった。野田たちもどこかへ飲みに行っているのか部屋にいない。

 そして、やむなく繭は布団を引っ張り、廊下へと出ていたのだった。 

「ううっ、絶対にこの寮から出て行くんだ。このチームから出て行くんだ」

 繭は布団の中で念仏のようにうねった。

「絶対に・・、うううっ」

「わっ、おまん何やっとんじゃ」

 その時、突然、日の明けきらない薄闇に、男の野太い声が響いた。

「・・・」

 繭が寒さで鈍った体を起こし、ゆっくりと顔を上げる。

「おまんなんでこんなとこで寝とんじゃ」

 熊田だった。いつものようにどこかへ飲みに行って今帰って来たらしい。

「部屋が・・部屋が・・、畳のビールで、眠りが寒くて・・、臭いが・・」

 繭が泣きそうな声を上げる。

「・・・、よしっ、待っちょれ」

 熊田は、繭の言葉にならない言葉を動物的感でなぜか理解すると、素早く下へと降りて行った。

「これを使え」

 そして、あっという間に戻って来た熊田は、大きな円筒形の布の塊りを繭に差し出した。

「・・・?」

 繭が布団から這い出しそれを受け取る。

「なんだ?」

 繭は首を傾げた。

「あっ」

 それは寝袋だった。

「登山用の頑丈なやつじゃ。これならどこでも寝れるきに」

「ありがとうございます」

 熊田はそれだけ渡すとそのまま去って行った。

「・・・」

 熊田コーチって、ガサツなようで意外とやさしいんだな。繭は思った。繭は早速、寝袋を広げその中に入った。男性用のしかもかなり本格的な寝袋は小柄な繭にはかなり大きかった。

「あったかい~」

 しかし、それは確かに素材と作りがしっかりしていてとても温かかった。冬の寒さなど全く寄せ付けない勢いだった。

「これなら外でも寝られる」

 繭は思った。

「ふ~、極楽極楽」

 さっきまでの地獄の寒さが嘘のようだった。しかし、それもつかの間。

「うわっ、くさっ」

 熊田の寝袋は臭かった。

「絶対、買ってから一度も洗濯してないな」

 それほどに臭かった。

「ううっ」

 繭は再び起き上がった。

「ううっ・・」

 繭は部屋の匂いと寝袋の匂いを天秤にかけた。しかし、究極の選択。どちらも地獄だった。

「ううっ、仕方ない・・」

 しばらく悩んだ末、結局繭はそのまま寝袋で寝ることにした。

「あったかい」

 やはり熊田の寝袋は温かかった。やはり今の繭にはそれはかけがえのないものだった。それに、畳に沁み込んだビールの臭いとは違い、寝袋の臭いは、どこか野生的な臭いですぐに慣れていった。

「これなら、なんとか寝れる」

 繭は今まで寝れなかった分すぐに眠りについた。


「もう、部屋がビール臭くて寝れないですよ」

 翌朝、繭は食堂に集った野田たちに文句を言う。昨日飲みに行ってそのままなのか今日は宮間もいた。

「私、廊下で寝たんですよ」

 しかし、酔い疲れか全員ぐったりして誰も聞いていない。

「廊下で寝たんですよ・・」

 繭は泣き出してしまった。

「おいっ、泣くことないだろう」

 さすがの宮間も、これには慌てた。

「ううっ、廊下は寒くて暗くて・・」

 繭は自分で話しながら、昨日の惨めさが込み上げてきた。

「分かった。分かった。悪かった」

 宮間が繭の肩を叩く。

「やっぱ、部屋でビールかけはやっちゃだめだな」

 宮間が呟く。

「当たり前ですよ。もう、どうしてくれるんですか」

 繭が顔を上げる。

「分かった。分かった。ちゃんとみんなで掃除するから、なっ」

「ほんとですよ」

「ああ、ほんとだ」

 宮間が胸を張る。

 その日の午後は、仕事や学校から帰った者全員で繭の部屋の掃除をした。大勢で掃除をすると、狭い部屋はあっという間にキレイになっていった。

「どうだ。見違えただろ」

 いつになく真面目に掃除をしていた宮間が繭を見る。

「来た時よりも、きれいになった感じ」

 きれいになった部屋を見回す繭も機嫌を取り戻しつつあった。が、しかし・・、

「こりゃ、ダメだな」

 野田が畳を見下ろし呟く。

「ああ・・」

 仲田も畳を見下ろし呟く。

「畳は、外で洗ってしばらく干さないとダメだな」

 野田が眉をしかめ言った。

「ああ・・」

 畳に浸み込んだビールは、雑巾で拭いたぐらいでは全くどうにもならなかった。

「そうか、じゃあ、外に運ぶか」

 宮間が言うと、全員で手分けして重い六枚の畳を銀月荘の二階から玄関前まで運び出し、日当たりの良い場所にそれぞれ二枚を三角に合わせ立てかけた。

「引っ越しレベルだな」

 野田が額に汗を浮かべ隣りの志穂を見た。

「はい」

 志穂もなんで私がこんな・・、という顔で答えた。

 そして、手分けして外に出した畳にホースで水を掛けながら畳丸ごと洗った。

「よし、これでばっちりだ」

 玄関前に並べた洗い終わった畳を見つめ、畳を洗っているめぐみちゃんや野田たちを脇で見ていただけの宮間が満足げに言った。

「でもしばらく畳なしですよ」

 繭が言った。

「まあ、しょうがない板の間で寝てると思えばいいだろ」

 宮間が言った。

「ううっ、畳・・」

 繭はここに引っ越してきてから、一か月も経たないうちに、自分の部屋の畳全部を失った。

「しばらくの間だ。なっ」

「はい・・」

 しぶしぶ納得する繭だったが、やはり不満顔だった。

「繭ちゃん、私の部屋来る?」

 かおりが見かねて言った。

「ううん、悪いからいいよ」

 熊田の寝袋もある。何とかなるだろうと繭は考えていた。熊田の寝袋は畳を洗っている脇で繭自ら何度も何度も洗濯し、干してあった。

「うううっ」

 しかし、部屋に戻った繭は、畳の無い閑散とした部屋に一人立ちうねった。底板の広がる部屋はやはり独特の悲しさを醸していた。

「なんで私がこんな目に・・」

 繭は一人部屋で呟いた。

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