まだまだ続く地獄の練習
熊田のあの無茶苦茶で過酷な練習は続いていた。繭は、大学の準備や引っ越しの準備で、ここ三日間、練習には出ていなかったが、その他のメンバーは、地獄の日々が続いていた。
「そういえばなんかみんなやつれたような・・」
いつもの練習場に揃ったメンバーを見て、改めて繭は思った。
「あいつほんと頭おかしいぞ」
野田が繭に向かって怒りを込めて言う。
「限度がないからな」
仲田が言った。
「というか、常識がないですよね・・」
志穂が呟く。
「なんか自分が何やってんのか分からなくなる時があるんだ」
野田が心底げんなりとして言った。
「それって、やばいじゃないですか」
繭が困惑気味に言う。
「この前練習の帰りに幻覚見そうになったよ」
仲田が言った。
「最近食欲がなくて・・」
志穂が続けて言った。
「それ、逆に弱ってるじゃないですか・・」
みんな大丈夫なのか・・?繭は心配になった。他の選手も、頬がこけ、目の奥に疲労感を宿しているのがありありと見えた。
「お前ら学生だからいいけど、あたしら、仕事だからね。昼間。もう、ほんと大変だよ」
野田が言った。
「そうそう、仕事どころじゃないよ。疲れ過ぎてさ」
仲田が言う。
「仕事中、寝そうになったよ」
「ミスして上司にめっちゃ怒られるし、同僚の嫌味な女たちには笑われるし」
「私のラインなんか立ち仕事ですよ」
志穂が、げんなりとした調子で言った。
「あっ、でも、宮間さんはなんか元気そうですね」
ふと宮間に目がいき、繭が宮間を見ると、他の選手たちとは違い余裕の表情をしている。
「ん?ああ」
野田がそれに答える。
「宮間さんも練習してたんですよね。みんなと」
「ああ」
「宮間さんの別名知ってるか」
その時、突然横から仲田が言った。
「いえ・・?」
「鉄の女だよ」
「鉄・・」
「さんざん朝まで酒飲んで、練習とか出れる人なんだよ。一睡もせずに試合出れちゃう人なんだよ」
「全く寝てないのに持久ラン、トップだよ。このチームで」
野田が怖い話でもするみたいに言った。
「そうなんですか・・」
「まともに付き合ったらマジ死ぬからな」
仲田が言った。
「最初、知らなくてさ。うちらも。それでまともに付き合っちゃって、みんな三日で倒れたから」
野田が言うと、隣りの仲田、志穂が同時にうなずく。
「志穂なんか、もう訳わかんなくなって、一人でうわ言みたいになんか呟いてたんもんな」
「あの時の記憶、ほんとないんですよね」
志穂が、首を傾げ言った。
「・・・」
「それにあの人働いてないし」
野田が言った。
「えっ、じゃあ、昼間何やってるんですか」
「謎だね」
「・・・」
このチームは、やはり知れば知るほど恐ろしい。繭は思った。
「あああああぁ」
野田がグラウンドにぶっ倒れながら呻いた。
「ぐおおおおっ」
仲田もぶっ倒れながら呻く。
「うううっ」
志穂もその隣りにぶっ倒れながら小さく呻いた。やはり、今日も見事なほどの、地獄の練習だった。
「まじで死ぬぞ」
さすがの宮間も、熊田にキレる。
「大丈夫じゃ。死んだらちゃんと埋めたるきに」
「埋めるな」
野田たち全員が一斉に突っ込むが、ボロボロの選手たちをしり目に、熊田は相も変わらずのほほんとしている。
「こんな練習してたら試合どころじゃねぇよな」
野田が呟く。
「試合前にボロボロになっちゃいますよ」
志穂が言う。
「ほんとだよ」
仲田がそれに同意する。
「さてっ、」
宮間がソックスを下げ、立ち上がる。
「帰るぞ」
宮間が野田たちに言った。
「何ゆうちょる」
「は?」
「まだ折り返し地点じゃぞ。練習はこれからじゃ」
「何~!」
選手たち全員の悲鳴にも似た叫び声がグラウンドに響き渡った。そのあまりの声に大きさに、隣りの公園で遊んでいた子供たちが一斉に何事かと振り向いた。
「あっ、めぐみちゃん」
繭が叫ぶ。熊田の言葉を聞き、繭の隣りに立っていためぐみが気を失ってぶっ倒れた。
「めぐみちゃん、めぐみちゃん」
繭が倒れためぐみの巨体を揺するが、口から泡を吹いて完全に白目を剥いていた。
「繭、繭」
早紀が、机につっぷす繭を揺り動かす。
「もう講義終わったよ」
他の学生たちは、もう講義室を出て行くところだった。
「う、うう~ん」
「どうしたの。最近、授業中寝てばっかり」
「う~ん、練習が、地獄の日々なんだよ」
「なんか文法がおかしくなってるよ。繭・・」
「うん」
しかし、繭はそう言ってまた寝てしまった。
「疲れてるんだな」
早紀はそんな繭を微笑みながら見つめた。
「こんな過酷な日々は高校以来だよ」
大学の帰り道、繭はため息交じりに空を見上げながら早紀に言った。
「まだ、ちょっと前じゃん」
「うん、あの過酷な日々が終わったと思ったら、もっときつい日々が待っていたよ」
「そうなんだ。でも明日休みなんでしょ。だったら気分転換に明日、買い物行かない。まだ大学で使うものとか色々欲しいものあるんだ」
「ごめん、明日試合なんだ」
「あっ、そうか。日曜日は試合なんだ。大変だね」
「うん・・」
いつもそうだった。友だちと遊びたい日はいつもサッカーの試合があった。
「だから私はサッカーやめたかったのに」
繭は空に浮かぶ雲に向かって呻いた。
「あっ、そうだ。じゃあ、私、明日、応援に行くよ」
「えっ」
「繭の応援に行くわ。私」
早紀は良いことを思いついたと、目を輝かして繭を見る。
「えっ、いや、いいよ」
「どうして?」
「えっ、なんだか悪いし・・」
繭はあのチームを早紀に見られたくなかった。
「そんなことないよ。私、女子サッカーって見たことないもん。あっ、そうだ。友だちも連れて行こ」
「えっ、友だちも!」
それは更に嫌だった。
「いや、サッカーなんてつまんないし、それに日に焼けちゃうよ」
「大丈夫だよ。日傘に日焼け止め塗っていくから」
繭の真意など全く伝わらず、早紀は一人盛り上がっている。この辺り、早紀は天然であった。
「・・・」
困った・・。内心繭は思った。
「絶対見られたくない・・、あのチームを・・」




